04.相談できたのは良い話だ
寮の自室で日課のトレーニングを行っていると、デイブから魔法で連絡があった。
ジェイクに呪いをかけて失踪した元神官に会ってきたらしい。
模擬戦もしたとのことで、その時の話を聞くことができた。
「――それじゃあ、ポイントは光魔法への対処かしら」
「そうなるな。基本的に目を閉じてても動けなけりゃ、視覚を奪われて後手に回るだろう」
そのくらいなら何とでもなるか。
我がマブダチとのナゾの特訓で、目隠しをしてスパーリングをした時期がある。
元々はミスティモントで母さんからのメニューに、視覚に頼らない訓練というのがあった。
気配や魔力感知、周辺の空気の動きとか、そういう自分を取り巻く環境の皮膚感覚的な変化を察知する訓練だ。
母さんの話では、それが出来なければ月明かりの無い夜の森だとか、光源の無いダンジョンで詰むことがあるらしい。
その話をうっかりキャリルにしてしまったのだけれど、彼女がそれを体得するまで延々と付き合わされてしまった。
月転流のワザの指導はしていないけれど、気配の取扱いの延長ということで、キャリルに教えていいことになったのだ。
「それなら母さんから教わってるから平気ね」
「さすがだぜ姐御は……。まあいい。基本的には魔法を斬ってれば何とでもなる相手だが、決闘本番では魔道具とか絡め手を使うかも知れねえ」
「分かったわ、気を付ける。用件はそれだけかしら?」
あたしの言葉に少しだけ間があってからデイブは応える。
「――そうだな。『竜担当』に関する話も多少は聞けたんだが、詳しい話は要領を得ねえんだ」
「そう、なら………………」
あたしがデイブは伝えようとした言葉は、発言する前に『待った』が掛かってしまった。
正確には、言葉にしようとすると、端からそれが思考から溶けて行ってしまうような奇妙な感覚がある。
認識しているものが、言葉としてアウトプットしようとした段階から意味を失っていくというか。
デイブには、『魔神さまの弟子だったから、魔神さまが人間だったころの計画が関係しているのかもね』と伝えようとしただけだ。
大した内容でも無いけれど、でもそれが出来ない。
「お嬢? どうした?」
たぶんこれは神々の秘密扱いで、自分からは伝えることはできないんだろう。
デイブが自分で気付いたら、また違うだろうか。
「そうね。詳しい話が分かったら教えて? あと決闘を申し込みたいんですけど?」
「ああ。分かってるぜ、決闘の件もな。おれが調整するから、もうちっと待ってくれや」
デイブが仕切ってくれるのか。
冒険者の揉め事の解決方法で決闘は行われるみたいだし、デイブは冒険者ギルドの相談役だ。
彼に頼んでおけば、一先ずは大丈夫だろう。
「分かったわ。それから、折角だし教皇さまに相談してきた話をするわ――」
あたしが教皇さまの家を訪ねて、『薬神の巫女』であることを相談してきた話を伝えた。
宗教勢力の関係で、困ったことがあったら直接相談していい。
そう言われたことを伝えたらデイブは「良かったな」と言ってくれた。
確かに教皇さまに相談できたのは良い話だ。
でもデイブにはモフの話が引っかかったようだ。
「使い魔はともかく、『モフの巫女問題』ねえ……。あの方はまた何かあさっての方向に走り始めやがったか」
「なにか問題があるの?」
「うーん……、月輪旅団としては大丈夫だと思うんだが。爺様も悪乗りしてデリック様に付き合うが、最終的にはケツを拭くのを手伝って国教会に貸しを作ってるし……」
「ゴッドフリーお爺ちゃん、また王都に来るかしら」
「確定だろそれ」
それはまた、リーシャお婆ちゃんが怒りそうな気がするな。
「分かったわ、早めに母さんとリーシャお婆ちゃんに手紙を書くわ」
ちょうど夕食のときに、アルラ姉さんと手紙を書く話をしていたんだよな。
「あー、そりゃ間に合わねえな。おれのほうでアードキルに魔道具で連絡しとくぜ。手紙は手紙で書いてやればいいさ」
「分かったわ、お願いね」
デイブが遠距離通信の魔道具でアードキル伯父さんに連絡してくれるなら、その方が確実だろう。
「爺様もアードキルもリーシャ婆様もリアも、あの一家は揃ってモフモフ好きだから、一斉に王都にやって来るんじゃねえかな、たぶん」
リアというのはアードキル伯父さんの奥さんで、要するにあたしの伯母さんだ。
母さんの義理の姉だけれど、おっとりしているイメージがある。
お爺ちゃんの楽器職人仲間の娘さんで、冒険者だったらしいけど月転流は使えないようだ。
でも風牙流の皆伝者らしい。
「それは……どうなるの?」
「心配しなくても、爺様が一人で来るよりは大分マシだ。リーシャ婆様がお目付け役になってくれるからな」
それを聞いてあたしは安心した。
「そういえば、オーロンさんに会ったわよ」
「ん? どこでだ?」
あたしが場所を伝えると、オーロンは何をしていたんだと言われた。
「何か屋台を調査していたみたい」
「………………」
デイブにそう伝えると、どうしてかは分からないけれど魔法越しなのになぜかデイブの怒気が伝わってくる気がする。
「あのオッサン……、『屋台の調査』だと?! また真昼間から屋台メシで飲み歩いてたのか?!」
いや、ちがうんだが。
どうしよう、仙人夫婦の話はデイブに言うつもりは無いんだけれども。
いちおうオーロンが真面目に調べていた話だけは伝えておくか。
「ええと、何を想像したのかは分からないけど、『 赤の深淵』の関係で商会を追っていて、その関係で屋台を調べていたみたい」
「…………ホントか?」
「ウソは言って無かったみたいだけど」
「ということは、ウソを言わないように煙にまいてやがったか! またあのオッサンは!」
どうにもオーロンは、デイブにとってどこまでも油断がならない相手であるようだ。
あたしとしては普段の二人のやり取りが察せられる言葉だったけれど、ここはスルーしておくことにした。
「そ、そういえば冒険者ギルドに顔を出したら、レイチェルさんに気を使わせちゃったわ」
「ん? レイチェル?」
「うん。学院で尾行された件で、再発防止をお願いしに行ったの」
ホントは苦情を言いに行ったのだが。
それでもあたしの言葉に、少しだけデイブが落ち着く。
「そうか。あの件はもう片付いてるしな。月輪旅団の連絡網で情報だけは流してある。北部貴族なんかと揉めることも無いだろうし、再発とかも無いだろう」
それを聞いて思わずホッとする。
月輪旅団で情報が共有されているなら、話がヘンな伝わり方をして月輪旅団と貴族の揉め事が起こるようなことは避けられるだろうし。
「ありがとう。ホントに助かってるわ」
「気にすんな。まえにも言ったが、他の奴のことで手が足りないときに手伝ってくれ」
「うん、分かってる」
べつに月輪旅団のみんなのために手伝えというなら、あたしとしては断る理由は無いんだよな。
デイブ達は基本的に、自分たちに火の粉が降りかかるのを払うために戦うのだし。
やっぱり『身内のため』っていう基準は、傭兵団の戦略としては分かりやすいとおもう。
「そういやあ……。なあお嬢、冒険者ギルドに行ったっつったよな?」
「うん。レイチェルさんと職員の人が平謝りだったわよ?」
「それはいいが、レイチェルはオーロンのオッサンのことは何か言ってたか?」
それはどう応えたらいいものやら。
正直に伝えておくのが一番無難だよね。
「たしか『こんな時こそ責任者なら頭を下げないと』って言ってたわね。それでオーロンさんの話をしたら『またシメるか』とか言いだして困ったわよ?」
「そりゃ普段が普段だからな。そんで?」
「さっきも言ったけど、『赤の深淵』を調べてたって話を伝えておいたわ」
「そうか……。まあいいだろう」
「レイチェルさんには、『黒幕についてはデイブにも相談して』って言っておいたわよ?」
あたしの言葉にデイブは嘆息し「分かった」と応えた。
もう一度あたしはお礼を言ってから、デイブとの連絡を終えた。
オーロンの件については「お嬢は何も気にすんな」という言葉を繰り返していた。
非常に気になるのだけれど、あたしとしてはどうしようもないわけですよ。
「つづきをしよう……」
思わず呟いてから、あたしは日課のトレーニングの続きをした。
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