03.最後の一押しをしたのよね
魔神さまから話を聞けたけれど、例の神官は魔神さまが人間だったころの構想を実現するために動いているらしい。
確かにそれは単純に竜を討伐して回るとかいう話とは違うだろう。
むしろどこから手を付ける話なのかは想像もつかない。
ただ竜に関する構想の実現が本格的にヤバいなら、魔神さまだけじゃなくてソフィエンタも把握するだろう。
あたしとしてはそこまで整理できた段階で、今回の相談は満足できた。
ちなみに視界の隅ではディアーナが魔神さまに心酔したような表情を浮かべながら、絶賛するような言葉をさっきから繰り返している。
たぶん魔神さまが告げていた、(竜だけじゃなくて)『人間も自由であるべきだ』という言葉に感じ入ったんだろう。
「まあ、あたしの用件は整理されたかしら」
ディアーナと魔神さまのやり取りを伺いながらそう呟くと、ソフィエンタからじとっとした視線を感じる。
「ここまでであらかた話は済んだけれど、ウィンは何かあたしに話は無かったかしら?」
「話? 何の?」
はて――
なにか急ぎの相談とかあっただろうか。
「あなた教皇くんに相談しに行って、モフの話をしたわよね? それをあたしに丸投げしなかったかしら?」
「え、それはあたしのせいになるの?」
たしか教皇さまの話では、『薬神さまの権能は癒しであるゆえ、モフモフもその範囲に含むべき』という議論があったとかだったか。
「ぜったいあたしのせいじゃあ無いと思うけれども」
そこんとこどうなのよ。
あたしがスルーする気全開でソフィエンタに告げると、我が本体は不服そうな表情を浮かべる。
「『押すなよ! 絶対押すなよ!』と言ってるところで、あなたが最後の一押しをしたのよね?」
「だから何の話よそれ?! 知らないわよ。元々モフのことは教皇さまたちはソフィエンタに相談するつもりだったみたいだし――」
「でも決定打は――」
そうしてあたしとソフィエンタは、無限に広がる神域の一角で、しばし答えの出ないなすりつけ合いをしたのだった。
それでも話が動かないことにため息をついて、ソフィエンタはあの後の教皇さまの動きを教えてくれた。
具体的にはあたしが帰った直後に、王都のモフの連絡網に情報を回したらしい。
そして直ぐに王都のモフモフ愛好家たちの有志が、下町の庶民の地区にある小規模の教会で緊急集会を全力で行ったようなのだ。
全力でというのは、教皇さまに加えて国教会幹部のモフラーはもちろん、神学者の神官にも声をかけまくってガチな祈祷を行える人員を揃えたらしい。
とにかくものすごい勢いで関係者が集まったそうだ。
「なんだかよく分からないテンションで、あたしへの祈りで必死だったのよ。ホントに何ごとかと思ったわ」
そう言ってソフィエンタは首を横に振る。
「祈りって……。何の祈りだったの?」
「あたしの権能にモフモフへの加護があるか、あるならその事実を示せってのを、もんっっっのスゴく遠回しに要求してたわね」
「うわぁ……」
それって教会でやるような内容なんだろうか。
いや、実行した人たちがいたから、ソフィエンタが今くたびれた顔をしているんだろうけれども。
「なんかあたしが無視しても、断食して不眠不休で祈祷を続けそうな勢いだったのよ?」
「うへぇ……」
なんでも渇水のときの雨乞いみたいな必死のテンションで、モフに関する要求を突き付けてきたそうです。
雨乞いなら妥当なんだけど、確かにそれはちょっとソフィエンタに同情する、だろうか。
「それって、どうしたの……?」
「仕方がないから、ミントちゃんを急行させたわ」
「誰それ?」
「ハトちゃんよ。ミスティモントの奇跡のときにあたしに破壊神属性があるんじゃないかって議論になったの。いきなり破壊神にされてもたまんないわよね? 仕方がないからあたしが自ら祝福したスペアミントを、ハトちゃんに運んでもらったの! その子にまた今回、あたしが祝福した植物を運んでもらったわ!」
何やらソフィエンタが半ギレ気味である。
「植物をハトに運んでもらった……。なにを運んでもらったの?」
「アカシアの枝よ。花言葉に友情とかあるし、無難でしょう?」
「それって……。大騒ぎになったんじゃない?」
「そうねえ、無視するわけにも行かないし、困ったわよホントに」
ソフィエンタはそう言って重く息を吐く。
それを見つつ、あたしとしては思わず苦笑いが浮かんでしまう。
なんだかんだで真剣な想いは見捨てないんだな、ソフィエンタは。
「明日の新聞は大騒ぎね?」
「他人事じゃなくて、あなた巫女なんだし、仕事回すわよ?」
そう思っていたら何やら絡まれています。
「あたしは管轄外なんですー、知らないんですー」
「はあ……。まあ、そのうちモフの巫女が出てくるわよね」
あたしの必死のアピールにそう言って、ソフィエンタはぐったりしていた。
一方魔神さまとディアーナは、あたし達のやり取りをいつの間にか観察していた。
「神々って色んなお仕事があるんですね」
「世界の全てが仕事場だからねえ」
平和そうに二人はそんなことを言い合って、カフェオレを飲んでいた。
それに気づいたソフィエンタがやっぱりくたびれた表情を浮かべて、テーブルに山盛りの大判焼が乗った大皿を出現させ、ドカ食いを始めていた。
魔神さまとディアーナを交えて、相談する機会をソフィエンタに作ってもらった。
最後はいろいろとモフの件で場が荒れたけれど、いちおうあたしが気になっていた話を聞くことは出来た。
あたしは他の方々と一緒にソフィエンタが出した大判焼を頂いて、かなり満足してしまった。
「ごちそうさまソフィエンタ」
「別にいいわよ、気にしないで。それにしてもモフ対応ホントにどうしようかしら」
あたしとしてはここで何か言ったら、手伝うことを認めることになりそうだったので沈黙を守った。
あたしは『薬神の巫女』であって、『モフの巫女』では無いのですよ。
その様子に軽く息を吐いてソフィエンタは告げる。
「まあいいわ。元神官の子のことはお願いね」
「その件はぼくからもお願いするよウィン」
「心配しなくても、わたしもお仕置きはしますから!」
ソフィエンタの他に、魔神さまとディアーナからも声を掛けられた。
「あ、はい。あたしはブッ飛ばせればいいだけなので……」
そこまで言葉を絞り出してから、あたしは他の方々にお礼を告げて現実に戻してもらった。
「はあ……、食べ過ぎたわ」
気が付くと自分の部屋だったけれど、神域でソフィエンタに付き合って大量に食べた大判焼でお腹いっぱいになっている。
「これは日課のトレーニングは……、魔法から始めますか」
あたしはそう呟いて、日課のトレーニングに取り掛かった。
そうしないと満腹感でゴロゴロしそうだったのですよ、うん。
いつもよりは気持ちユルい感じで日課のトレーニングを片付けていると、デイブから魔法で連絡があった。
神域で聞いたけれど、元神官の話だろうと思う。
「――こんばんはお嬢、ちょっといいか?」
「こんばんは、どうしたの? 大丈夫だけれど」
「お嬢が気にしてた元神官だが、見付けて会ってきたぜ?」
「……そうなのね? もう見付けたの?」
あたしの反応にデイブが不思議そうに問う。
「ああ、割とあっさりとな。なんだお嬢、もっといきなり荒ぶるかと思ったぜ? ハハハ」
いやまあ、確かにそうなんだけどさ。
でも神域で割と明確にクギを刺されてしまったんですよ。
ソフィエンタから、やり過ぎるなって言われたことだけは伝えておくか。
「じつは少し前に、薬神さまからお告げがあったのよ。デイブが件の元神官を見つけるけれど、やり過ぎてはいけませんってね」
「あー……、そういう話か。やっぱりアレかね、薬神さまの巫女となると、斬った張ったをやり過ぎるのは対外的にマズいのか?」
「そういうワケじゃあ無さそうだったけれど、なにか理由はあるみたいだわ。詳しくはこれから分かるんじゃないかしら」
うん、ウソは言って無いぞ。
「そうか。まあ……、おれの方で軽く模擬戦をしてみたんだが、その話は聞くか?」
「教えて」
魔神さまの話では、『身体を動かすのが苦手と言って、模擬戦をするのを逃げる』と言っていた。
あたしとしてはデイブの実感を聞いておくことにした。
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