01.問題無いなら問題無いもの
あたしはソフィエンタに神域へと呼んでもらった。
元々ジェイクに呪いをかけて逃亡したアイザックとか言う元神官について、魔神さまと話がしたかった。
完全に私情なので、巫女の責務としてはどうなのだろうと思っていた。
それでも件の元神官は、魔神さまが人間だったころの弟子だったと知った。
あたしはジェイクの件でけじめをつけさせるために、決闘をすることになると思う。
デイブには闇討ちはやめとけとか言われたし。
だから、魔神さまの弟子だった人とどの程度戦えるか分からないけれど、決闘の中で元神官をブッ飛ばしていいのかは相談したかった。
些細なことかも知れないし、とても気にするかも知れない。
そう思っていたのだけれど、話をしたらお願いをされてしまった。
元神官を殺さないこと。
元神官に絶技・識月を使わないこと。
あたしとしては相手を猛省させるために、ブッ飛ばせればなんでもいい。
加えて、元神官は王都地下の古代遺跡調査にキーマンになるそうだ。
だから魔神さまのお願いは、あたしとしては厳守しようと思う。
それとは別に、ソフィエンタもまた『優先度が低い確認事項』があって、そのことで話がしたかったらしい。
あたしはそれを確認してみた。
「じつはその元神官の子だけれど、サイモンくん――ウィンの友達のプリシラちゃんのお父さんね。彼と同様に、ちょっとした問題があったの」
「サイモン様と? それってまさか……!」
「ええ、最初期の魂魄感染型ウイルスの感染者だったみたいなのよ」
それを聞いて、あたしは眩暈のような感覚を覚えた。
いや、ただ気持ち的に衝撃を受けただけだ。
サイモン様のときには妙な気配が飛び散ったと思ったら、秘神セミヴォールが現れた。
「あのときみたいに、秘神が出てくるの?」
「ううん、大丈夫と思っているわ」
「ホントに?」
「ええ。具体的話をすると、元神官の子にはワクチンを打ってあるの。それが上手く効いているかをチェックしたいのよ。それがあたしの『確認事項』ね」
「なるほど、そうなのね」
すでにソフィエンタが認識していて、サイモン様のときと同じようにしないために手を打っているということなんだろう。
「それって、秘神がなにか元神官に関与してるってことなの?」
あたしの言葉にソフィエンタが頷く。
「そうね、そこも含めて状態を検証したいのよ。あたしとしても彼が生きててステータスが大きく変化が無い方が助かるかしら」
「分かったわ」
あたしの返事に満足そうに微笑むと、ソフィエンタは魔神さまに視線を向ける。
「そういうことなのでアレスマギカ、問題のあなたの弟子のアイザックという子ですが、ちょっとお借りしますね?」
「分かりましたソフィエンタ先輩」
「すこしだけ霊的にバラバラに腑分けするけれど、さっきディアーナちゃんが言ってた通り『最後に直せば問題無い』わよね?」
そう言ってソフィエンタは笑う。
あたしとしては微妙に『なおす』のニュアンスに引っ掛かったのだけれど、確認するのが怖かったのでスルーした。
「やっぱり薬神さまもそう思われるのですね! すばらしいです!!」
「ええ、問題無いなら問題無いもの」
なにやら盛り上がっているソフィエンタとディアーナだったけれど、あたしはこっそり魔神さまに問う。
「あの、ホントに問題無いんですよね?」
「あ、うん。たぶん生き物のことなら、ソフィエンタ先輩なら大丈夫じゃないかな、――――たぶん」
「そ、そうですか」
あたしはお仕置きの話で気勢を上げるディアーナと、それをニコニコと聞いているソフィエンタを目の当たりにしながら息を吐いた。
「ところで魔神さま、一ついいですか?」
「どうしたんだい?」
ここまで話をしてきて、何か聞き漏らしていることは無いかを考えると、直ぐに思いついたことがあった。
「けっきょく問題の元神官の人が『竜担当』と言ったのは、何を意図していたんですか? 『精霊同盟』とか名前を付けたのもその人みたいですし」
あたしの問いに魔神さまは「ああ、その話か」と呟く。
「アイザックには『精霊と魔法』のことを重点的に教えたんだ。彼の祖父が、ぼくを知る人物と知り合いでね」
「そうだったんですね」
その辺りはあまり関心は無いけれど、デイブにも情報は積み重ねだと言われたんだよな。
話して下さっているのが魔神さまだし、こちらから話す機会を頼んでいる。
あたしは集中して聞くことにしたけれど、あたしの様子を見て魔神さまは微笑む。
「まあ、気楽に聞いてよ。――未到遺跡に潜る魔族がいるのを知って、自分の孫を鍛えさせられないかと考えたようでね」
「それで『精霊と魔法』ですか? 才能があったってことですか?」
「そうなんだ。加えてぼくが初めて会ったとき、アイザックは不安定に感じたんだ――」
魔神さまによれば、最初にあったのは本人が十歳ころだったという。
あたしと変わらないような年齢だったけれど、その頃には呪いの専門書に手を出していた。
加えて四大属性魔法も上級魔法を覚え始めていて、住地にある私塾では教えることが無くなりつつあったようだ。
何より決定的だったのが、本人に精霊魔法の才能があったことだったという。
「総じて、アイザックは魔法に関する才能に秀でていた。ただ彼は冒険者の両親をダンジョンで失っていてね。それで精神的に不安定なところがあった」
「それを見かねて、ですか」
「まあね。ただ、不安定さの根にあるもの――ひと言でいえば『命への態度』と言っていいかな。それについて、自分で気づかせることには成功した。彼は手段の是非は後回しにして、自分が信じる『誰かの幸い』のためなら力を尽くすべきだと考えるようになった」
そう言ってから魔神さまは、「だから彼は国教会に入ったんだとおもう」と告げた。
「その人がどういう人間かは何となく想像できます。でもブッ飛ばしますけど」
「あ、うん」
「それはそれとして、魔神さまは『精霊と魔法』を教えたんですよね? その過程で王家の秘密にも触れたんですね?」
「そうだよ。きみはすでにソフィエンタ先輩から竜とディンラント王家の話を聞いているようだし、ディアーナもこの話は知っている」
「はい。『竜が神性龍になって、この星の環境魔力を調節する』って話ですよね?」
だから世界には竜を神聖視する人がいて、場合によっては竜殺しを請け負うディンラント王家を『神殺し』呼ばわりして敵視されるかもという話だった。
「その調節の方法が、『世界に存在する大精霊と連携して、環境魔力を整える』という方法なんだ」
「それは……、いちおう聞いたことがあります」
でも、確か具体的な話は聞いていなかった気がするんだよな。
「そうね、ウィンには前に少しだけしか話したことは無かったと思うわ。元々は神々の都合も絡む話なのよ」
「神々の都合? もしかしてけっこう難しい話なの?」
あたしはいつもソフィエンタが、ドヤ顔で展開する神々の裏話を警戒する。
そんなあたしを見てソフィエンタは苦笑いを浮かべた。
「そこまで警戒しなくてもいいわよ、単純な話だから。でも神々の秘密ではあるわね」
「神々の秘密……。要するに人類は知る人がいないってことね?」
「巫女や覡の中には知っている子もいたけれど、いま現在は居なかった気がするわ」
そういうことなら、あたしも誰かに気軽に議論できるような内容では無いってことなんだろう。
あたしの表情を伺いながらソフィエンタは微笑む。
「大精霊は元々の設計では、あなたたちに分かり易くいえばゴーレムみたいな存在だったの」
「それは想像しやすいです!」
ディアーナがそう言って頷く。
確かに一気に分かりやすい話になったな。
「神々が意図したお仕事のみを、意志を介さずに淡々とやり抜く担当者。それが大精霊たちだったの。ところが大精霊を何者かが暴走させる事件が起きたの」
「「暴走 (ですか)?!」」
「ええ。時期的には約三百万年前だから、いまいる人類は誕生してないし、多分神々の誰かの関与があったんでしょう。実行犯は捕まらなかったけれどね」
そう言ってソフィエンタは苦笑いを浮かべた。
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