12.厄介な機構が眠っている
今後あたしが関わる王都地下の古代遺跡調査について、ジェイクに呪いをかけた元神官の知識が必要になるだろうとのことだった。
その予想は魔神さまだけでは無くて、ソフィエンタも把握しているみたいだ。
「王都地下の遺跡調査でキーマンになるかも、っていうのはどういう事なんですか?」
あたしが魔神さまとソフィエンタに交互に視線を送りつつ問うと、魔神さまが告げる。
「うん、魔道具の知識と呪いの知識が両方必要なんだ」
「魔道具と、呪い……?」
古代遺跡の調査で魔道具の知識が必要というのはまだ想像しやすい。
調査するのに使う何かの検知の魔道具だったり、遺跡の中にある古い魔道具に似た機構の理解のためにという話だろうか。
でも呪いか。
「呪いというものを整理すると、四大属性などの特定の属性魔力によらず、世界そのものに満ちる魔力に働きかける技術なんだ――」
魔神さまが呪いについて、基本的なところを話してくれた。
呪いをかける対象に魔力が流れた時の、その魔力波長を把握する。
魔力波長からは『存在のあり方を規定する部分』を読み取る。
それをきっかけに魔力感知を深めると、対象に関わる事象の選択肢がある程度選べる場合がある。
それを『このケースではこういう魔力操作』、という風に儀式や手順として積み上げたものが呪い、とのことだった。
「一部の魔獣はこれを本能的に行って、呪いを使いこなすんだ」
「「ふーん」」
あたしとディアーナは魔神さまの説明で考え込んでしまう。
魔族流の例え話連発では無いので、少し安心しているけれど。
でもあたしとしては、もっと具体的な話で説明して貰いたいんですよ。
それを察したソフィエンタが口を開く。
「ウィン、例えば指輪に『魔力を吸い取る呪い』を掛けるとするじゃない?」
「あ、うん。その場合は指輪に魔力が流れるわね。その魔力を検知して魔力波長を把握するってこと?」
「ええ。もっと具体的にいえば、指輪に意識を向けるだけで、属性に分かれていない魔力が向けられるわ。気配と同じで、人間が注意を向けるだけで魔力は流れるの」
それは月転流を修めているので分かりますとも。
「指輪に意識を向けて、それで魔力がながれる。そのことで人間は、指輪が指輪らしいということを認識できるのは知ってるわよね?」
「うん」
ソフィエンタによると、五感による情報とは別の、第六感のようなものに近いらしい。
「それに集中すると、どこに外部から魔法的に手を加えられるかが見える場合があるの」
「……その『どこをいじればどこに変化がある』を集めたものが呪いってこと?」
「ものすごくカンタンにいえばね。実際には……」
そこまで言ってソフィエンタは魔神さまを見る。
魔神さまは頷いて、説明を引き継いだ。
「単純な魔力の操作だけじゃあ無くて、呪いの使い手の意識の向け方とか、どういうイメージで集中するかとか、色んなノウハウがある」
意識の向け方でも影響が出るのか。
武術でもそういう側面はあるから、大変さは察することはできるんだけれど。
「聞けば聞くほどややこしい技術ですけれど、魔獣には呪いを呼吸するように行う者もいますよね?」
ディアーナが魔神さまに訊くけれど、そういう説明もさっきしていたな。
というか、いわゆる『人を呪わば穴二つ』的な呪いだと、同じようなメカニズムになるんだろうか。
あたしが口を挟むとややこしくなりそうなので、ちょっと黙っていたけれども。
「そうなんだ。そして古代遺跡の封印を解除したり、生きている機構を制御するのに、アイザックの知識が必要なんだよ」
「……呪いの知識、ですか」
あたしは思わず呟いてしまった。
「古代遺跡を作った人たちの技術は、呪いも魔道具に組み込んでいたんだ。正確には、魔力以外も動力源に使う機構だね」
「正直、よく分かりません……」
魔神さまが適当なことを言うはずはないだろう。
王都地下の古代遺跡には、そういう厄介な機構が眠っていると教えてくれているわけだ。
それはいいのだけれど、あたしとしては思いついたことがある。
「ただ、宮廷魔法使いにも、呪いの研究をしている人がいますよ?」
「そうだね。でも、彼らはアイザックほどには魔道具の扱いに通じていない」
「そうなんですか?」
あたしの問いに魔神さまは頷く。
魔道具の専門家は王都にもたくさんいる。
あたしの知るところだと、上位の仙人に至った人が――マーゴット先生のことだろう――長く魔道具を研究している。
でも彼らは呪いは知識としてしか持っていないと告げた。
呪いを知る宮廷魔法使いも、今度は魔道具の回路を設計できるほどの人間はいないそうだ。
「――だから、ウィンたちが古代遺跡の調査を進めるときには、ザックが必要になるだろう」
「そういう話なんですね」
ここまでの話はあたしでも、いちおう理解は出来た。
魔神さまの口ぶりでは、あたし達に王都地下の古代遺跡をうまく開封して欲しいみたいだ。
その理由を聞いてみるとキチンと教えてくれた。
「古代遺跡に残っている『生きている機構』が、王国やこの世界の魔法の発展に有益だからだよ」
「あー、そういうお話だったんですね」
そういうことなら確かに協力しなければ。
魔法が発展すれば、あたし達がふだんの暮らしで出来ることは増えるだろう。
それは巡り巡って、あたしが地球にあった様な医薬品を研究するのにも助かるかも知れない。
まあ、気の長い話ではあるんだけれども。
「ウィン。ディアーナもだけれど、あなた達にとっては、かなり早くにメリットがあるかも知れないわよ?」
「え、どの話が?」
ソフィエンタが何やら補足してくれた。
「古代遺跡を調べて見付かるものの話よ。詳しくは見付けるまでのお楽しみね」
「「はーい」」
個人的には調理器具とかだったら嬉しいな。
レンチンとかスゴいありがたいんじゃないかと思うけれども。
そこまで想起してソフィエンタの表情が変わるか見ていたけれど、ニコニコ笑っているだけで参考にならなかった。
あたしのやり口が読まれてるな、本体だし。
「それで、アイザックについてはお願いしている通りなんだ」
「承知しました魔神さま」
「わたしからもお願いします、ウィンさん」
そう言ってディアーナは微笑む。
件の元神官をお仕置きする話は、どこまで行う予定なのだろうか。
「さっき例の元神官は『あまり話をした事が無いけど見所がある人』って言ってたわよね? それでもお仕置きはするのね」
「勿論です」
ディアーナは返事と共に笑顔を倍増しにする。
その笑顔の明るさが、いまは怖いです。
「実際にアイザックさんと話した時のことを思いだすと、根はいい人だと思ってるんですけどね」
「む……。そうかなあ……。そのひとはジェイク先輩に呪いをかけたのは事実だし……」
「その話も、魔神さまから詳しい話を聞いています。彼はジェイク先輩を、王家から護りたかっただけなんです」
「ええと、どういうことかしら?」
「うん。実はアイザックはジェイクという子を将来、自分の右腕にするつもりだったみたいでね。色々と鍛えていたんだ――」
魔神さまが話してくれたけれど、件の元神官は『精霊同盟』で自分の目標のために活動するうえで、ジェイクを部下のように使いたかったらしい。
そのために色々と教え込んでいたけれど、その中には竜に纏わる秘密もあった。
そしてその秘密は王家の秘密でもあり、それがバレればジェイクは殺される可能性があった。
だから万一の場合は呪いが発動し、王国から危険視される部分の記憶は消すようになっていた。
「そういう話なんだ」
「いや、でもそれってそんなヤバい記憶を教えるなって事じゃあ無いですか? 少なくとも、ジェイク先輩が成人するまでは待っても良かったような」
「確かにそうなんだよね。アイザックはそういう気遣いができない子なんだ。」
魔神さまはそう言って笑うけれど、あたしとしては知ったことでは無いんですよ。
「うーん、それにしても勝手ですよね? だって呪いで記憶をいじるんですよ? ふつうにヤバいですよね?」
「そこをなんとか 決闘で許してあげなさいウィン」
ソフィエンタが割って入るけれど、決闘自体は止められなかった。
「あ、うん。あたしはブッ飛ばせればなんでもいいの」
ここだけを切り出せば色々と戦闘狂な発言だけれど、事実だから仕方ないんです。
でも妙な弄られ方をする前に、ソフィエンタに訊いておきたい話はある。
「それでソフィエンタが言っていた、優先度が低い確認事項って何?」
「そうね、――その話もしましょうか」
ソフィエンタは紅茶を一口飲んでから頷いた。
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