11.程々にしようね
神域に呼ばれたあたしがソフィエンタと共にラウンドテーブルで席について待っていると、魔神さまとディアーナが現れた。
反射的にあたしは立ち上がり、一礼する。
「こんばんは魔神さま。今回はあたしのお願いを聞いて頂き、ありがとうございます」
「ああうん。大丈夫だよ。こんばんはウィン」
「こんばんはウィンさん」
「こんばんはディアーナ。あなたもまき込んじゃったのね。ごめんなさい」
あたしがディアーナに頭を下げると、彼女は首を横に振る。
「いいえ。魔神さまの第一の巫女として、魔神さまが決めたことを手伝いたかったから大丈夫です。巻き込んだなんて言わないでくださいよ」
そう言って彼女は微笑むけれど、他人行儀に聞こえたなら確かに反省しなきゃかな。
「そうね。べつにディアーナを仲間外れにしたいワケじゃあ無いのよ。ただ元々の話は、ジェイク先輩に呪いをかけて失踪した神官をブッ飛ばしたいって話なの」
「ええ。聞いています。そしてそれが魔神さまの弟子だったという話ですよね。わたしにとっては兄弟子の行動ですから、お仕置きするなら手伝わなければいけません」
そう言ってディアーナは右拳を握り込み、怪しげな気配を漂わせる。
いや、お仕置きといっても、そこまでアレなことは (今はもう)想定していないんだけどな。
よくよく考えればディアーナはマルゴーさんの妹分だ。
そしてマルゴーさんといえば、人攫いをするような外道に躊躇なく、回復魔法を使ってまで延々と拷問のフルコースをする人だ。
あたしはむしろここで、彼女を止めた方がいいんだろうか。
「ええと、ディアーナ。お仕置きといっても一応あたしが決闘を挑む予定だから、それでブッ飛ばせればあたしは満足なんだけど」
「そうなんですか? わたしとしてはアイザックさんとはあまり話をした事が無いんですが、見所がある人だと思っていたんです」
「ふーん?」
「なぜなら彼は魔神さまの弟子として、事あるごとに魔法のことで魔神さまを崇拝するような目をして接していたからです! 人間だったころからです!」
「……えーと」
「ですが、魔神さまから直接の指導を受けた身で、学生に呪いを掛けたうえで『逃亡する』とは言語道断なのです! お仕置きです!」
そう言ってディアーナは口を三日月状にして怪しく笑う。
完全に幻覚のたぐいなんだけれど、彼女の背後には巣を張った大きなクモが控えている光景が見えた気がした。
加えて彼女の目は、いっさい笑っていなかったんですよ。
口調からして元神官がジェイクに呪いをかけたことよりも、自分の行動の結果で逃亡を選んだことが許せないみたいだ。
「あたしが言うのも何なんだけど、程々にしようねディアーナ」
「ええ分かってます。マルゴー姉さんも、『最後に治せば大丈夫』って言ってましたし!」
「…………」
それは本当に大丈夫なんだろうか。
ディアーナはやっぱり笑っている。
あたしが思わず魔神さまとかソフィエンタに視線を向けると、彼らは微笑んで首を横に振るのみだった。
神々的にはディアーナの行動は、特に制止しないんだろう。
あたしは別に、例の元神官に同情するつもりは無いんだけどさ。なーむー。
あたし達はラウンドテーブルを囲んで椅子に座り、ソフィエンタが用意してくれた紅茶とチーズケーキを頂きながら、話を始めた。
「それで、ソフィエンタ先輩から聞いているかも知れないけれど、ぼくにもウィンに頼んでおきたいことがあったんだ」
「あたしにですか?」
はて、魔神さまに頼まれるようなこととは何だろうか。
魔神さまは頷き、あたしに告げる。
「今晩中か明日にでも、デイブがきみに連絡を寄こすはずだ。件の逃げた神官を見つけたとね」
「デイブが見つけるんですか?」
さすがというか、月輪旅団の伝手を使えばあっという間なんだな。
「うん。独自の情報網を使ってあっさり見つけたね」
「そうなんですね」
「どうにも『竜担当』という言葉が、彼には気になったようでね。王家の秘密と関係があるのかと訊きたかったみたいだ」
やっぱりそうなるよなあ。
王立国教会での『勉強会』を経て、色々とデイブとしては情報を集めているんじゃないだろうか。
本人は何も言ってこないけれど、今のところは下調べとかの段階なのかも知れない。
「デイブはサイモンと友達になってくれたけれど、彼のために弟子仲間であるアイザックを調べることを考えていたようでね」
「それは想像できます。ホントに友達になったのかはよく分かりませんが、機嫌良さそうに二人でお酒を飲んでいるのは見ましたから」
「うん。そしてアイザックを見つけたうえで質問をして、ある程度の回答は得た。その上でデイブは、アイザックと模擬戦をやってくれたんだ」
ん、模擬戦とな?
それはどういう流れでそうなったんだろうか。
あたしがそれを問う前に、思考を読んだらしいソフィエンタが教えてくれた。
「ウィンと元神官の子が決闘をするのを見据えて、模擬戦をしたみたいね」
「え゛……?」
いや、それがそもそもよく分からないのだけれども。
「いやー、身体を動かすのが苦手と言って、模擬戦をするのを逃げる子だったんだけど、デイブにはぼくも感謝している」
「ええと……。そんな人なんですね」
何というか、小物臭を感じてしまう話だ。
別にガッカリとかはしないし、何の感慨も無い。
少なくとも、あたしはそう自覚している。
「あたしとしてはジェイク先輩に呪いをかけて、そのことでリー先生とか色んな人に心配させたことの責任を取らせたいんですよ」
あたしがそう告げると、ディアーナがやっぱり怪しい笑みを浮かべるのが視界の隅に入って、微妙に動揺したのは秘密です。
魔神さまはあたしの言葉を黙って聞いていたけれど、穏やかな口調で告げる。
「うん、それは妥当だね。でもここからはぼくのお願いだ」
「何ですか?」
「前提として、彼を殺さないであげて欲しい。そして出来ることなら、のちに残るような傷は与えないで欲しいんだ」
そんなことか。
「殺さないのはべつに構いません。その人には、猛省してもらいたいだけなので。でも魔神さまが魔法を教え込んだ弟子の方ですし、あたしで勝てますか?」
あたしの言葉に魔神さまはゆっくりと頷く。
それを見ながら、あたしは確認する。
「のちに残る傷、ですか?」
どういう意味なんだろうか。
回復魔法を使えば問題無い話だけれども、魔神さまが気にしている点は――
「君は絶技・識月が使える。これを怒りと共に本人に振るうと、あの子のステータスが変わってしまいかねなくてね。それを心配している」
決闘をするとして、あたしは識月を使うだろうか。
あれは概念切断というヤバいワザだ。
普通の対人戦で使うようなワザでは無い。
でもずっと気にしてきた相手を目の前にした時、あたし自身が冷静さを保てるのか。
その時にならないと、あたしには何とも言えない。
「識月を使うなってことですか?」
「そうなんだ。あの子には今後、動いてもらう必要がある役目があってね」
魔神さまはそう言って、ディアーナの方に視線を向ける。
「ディアーナを経由して、アイザックを王国に従属させることにする。王家の秘密も問題無いことにしてもらうつもりだ」
「そういう神託を得たと、王国に説明しなさいということですね」
「ああ」
ディアーナの言葉に頷いてから、魔神さまはあたしに視線を戻す。
「役目、というのが良く分かりませんが、そのために元神官のステータスをいじるなと?」
「うん。彼の知識が今後必要になる局面が出てくると思うんだ」
知識が必要になる局面か。
それがステータスも関係するんだろうか。
あたしが頭の中で疑問符を浮かべていると、それを観察していたソフィエンタが可笑しそうに告げる。
「その元神官の子は、ウィンたちが調べようとしている王都地下の遺跡調査で、キーマンになるかも知れないわよ」
それって――
「もしかして、一緒に遺跡調査をすることになるの?」
あたしがそんな奴とは組めないと言おうとしたら、ディアーナが告げる。
「大丈夫ですウィンさん、わたしがアイザックさんにお仕置きしますから!」
「はあ……」
ディアーナのお仕置きでは、ステータスは変わらないんだろうか。
ボンヤリとそう思いつつ、あたしは彼女の三日月状の笑みを眺めていた。
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