09.たぶん彼は人間じゃあない
デイブとしては虚をつく意味でザックが待ち受ける大部屋の真上に移動し、足元の床を魔力を纏わせた手刀で切り取ってそのまま落下した。
目の前にはザックが完全に想定外という表情でデイブを睨んでいたが、魔力だけは動きがある。
ザック本人に動揺が無いのは、事前に掛けた火魔法の【焚気】によるのだろう。
そう思いながら着地と同時に動き出すと、デイブの目の前に地の精霊が瞬く間に出現して石壁が盾のように虚空に音もなく形成される。
発動の速度に好感しつつ、デイブは魔力を纏わせた手刀で自身に迫る石壁の盾をなで斬りにする。
そのまま気配を消した状態で横移動し、ザックの背後に回り込んで襲い掛かろうとした。
だが直ぐに石壁の盾が形成され、デイブを弾き飛ばそうと突進してきた。
「魔法によるシールドバッシュって訳だ」
そんなことを呟きながら横移動するものの、それを追ってザックが認識するのと同時にデイブを弾き飛ばそうと石壁の盾が形成される。
空振りに終わった石壁の盾は、すぐに虚空に解けるように消えて魔力に戻っている。
デイブの最初の奇襲に対応した時点で、ザックが何らかの気配察知以外――恐らくは大気の動きか熱の感知――で自分の動きを把握しているとデイブは当たりをつける。
石壁の盾を適当な数で消しているのは、視界確保では無いだろう。
そんなことをしなくても、ザックは魔法で見えるのだろうから。
「つうことは……、他の魔法攻撃を邪魔しないためかね……」
デイブがそう漏らした端から、ザックは風の精霊に風魔法の【麻痺】と同じ効果の魔法を放ち続けるようにイメージする。
その間も地の精霊が、石壁の盾を形成してデイブを吹き飛ばそうとし続けており、そこに風の精霊による麻痺の魔法の飽和攻撃が加わる。
「うわあ……、これで止まらないって、ホントに人間なのあの人?」
思わずザックがそう呆れながら、さらに水精霊から【睡眠】と同じ効果の魔法の飽和攻撃を始めさせる。
ところが――
「……魔法を斬ってるのか?」
デイブは地の精霊が作り出す石壁の盾を、手刀による斬撃で斬り抜ける。
同時に魔力の刃を自身の身体から伸ばし、水の精霊と風の精霊の飽和攻撃を斬り続けながら高速移動していた。
ザックとしては自身に近づいて来ないように、地の精霊に石壁の盾を形成する位置と方向をイメージで指示している。
自分が精霊魔法の使い手では無かったなら、デイブはとうにザックに一撃を加えていたのではないか。
並列思考の中でその可能性に思い至り、ザックは内心嘆息する。
一方デイブはザックの精霊の制御に感心していた。
彼ほどの速度と緻密さで精霊に魔法を出させるのは、並大抵の練度では無い。
「その意味では、『魔神の弟子』は伊達じゃあないかよ」
デイブがそう呟いた刹那、強い光が室内に満ちた。
視界を奪う意味で、ザックが【光線】を放ったのだ。
戦闘では直接攻撃に使う者が多い魔法だが、ザックはより確実を期す意味でデイブの視覚を狙った。
だがデイブの行動は阻害できなかった。
「目を閉じてる? そうか、視覚に頼っていないのか」
事ここに至り、ザックはデイブへの認識がマヒしていた。
たぶん彼は人間じゃあない――
そのような事実は無いのだが、今はそう思い込むことにして、ザックは精霊による飽和攻撃と石壁の盾による防御的誘導を続ける。
そして自身の、というか人類の魔力制御の限界である四体目の精霊に、風の精霊を呼び出す。
最後はザックとしては半ば破れかぶれに、圧縮した空気の塊をデイブに撃ち続けた。
するとデイブは不敵な笑みを浮かべ、月転流の絶技・月爻を連続して繰り出し、ザックに迫る。
絶技・月爻は、左右の各腕で発動する四撃一斬と、身体から伸ばした二本の魔力の刃による四撃一斬を同時に行う技だ。
連撃で繰り出せば斬撃の飽和攻撃と化すことは、運動が苦手と自認するザックにも一見して理解できた。
「初めからそれで来れたんじゃないの?!」
ザックは思わず叫びつつ、二体の風の精霊から合体魔法のような巨大な圧縮空気の塊を撃ち出した。
並列思考の一つがそれはやり過ぎだと思考の中で叫ぶ。
だがデイブはとくに労せずに絶技・月爻の連撃で全てを斬り飛ばし、ザックに一足で接近して首元に手刀を繰り出した。
思わず死を感じる一撃だったものの、デイブの手刀は寸止めで終わる。
それを認識したザックも精霊への指示を止め、模擬戦は終了した。
「はい終了」
そう言ってデイブはザックから数歩離れる。
「どんな強さだね、全く」
ザックもそう漏らし、呼び出していた精霊を虚空に消した。
肉体的な疲労はザックには無いはずだったが、精神の疲労は相当のものがあっただろう。
それを見越しながら、デイブは容赦なく告げる。
「模擬戦だからこんなもんだな。実戦ならここから毒とかワナも使うぜ。あと、基本はチームで動くからな」
そう言ってデイブは爽やかな笑顔を浮かべ、ザックにサムズアップしてみせた。
彼のひと言が重くのしかかって感じられたザックは、半ば放心状態で応える。
「君たちがなぜ共和国の歴史に名を連ねているかが実感できたよ。……ただただ理不尽だということは理解した。君たちにだけは敵対しないと誓おう……」
「そりゃまたどうも。それで、うちの八重睡蓮とは決闘は出来そうか?」
デイブの問いにザックは眉間にしわを寄せて固まる。
そして思考が整理できてから彼に問うた。
「八重睡蓮は、本当に君と同格なの?」
「おれはそう思ってるぜ」
デイブは真顔になって頷く。
それを絶望的な表情を浮かべてザックは告げる。
「にげていい?」
「そのうち冒険者につかまるぞ」
「……………………」
ザックはその正論に頭を抱える。
それでも自身を観察するデイブの視線を感じ、ザックは確認した。
「デイブさんは、私を捕まえないのかい?」
デイブはその言葉に、「おれは衛兵じゃねえしなあ」と呟いてから少し考えて応える。
「まあ、サイモンと友達になったのは事実なんだわ。だからそうだな……、サイモン経由で侯爵家に一報入れといてやる。案外罰金で済むかもな」
「済むかなぁ?」
ザックの言葉に、デイブは『竜』に関する秘密が頭に過ぎる。
その上でザックが無事を得る『後ろ盾』に、何か無いかを想像する。
「なあザック、おまえは魔神の巫女とはどんな関係だ?」
「誰だいそれ?」
「おまえ……、新聞とか読まないの?」
「いや、そんなことは無いんだけどね」
そう言ってしどろもどろに応えるザックに、どうしても残念な奴だなあと告げるのを我慢しつつ、デイブはディアーナのことを説明した。
「あー、本名はディアーナって言うのか。いい名前だね。――そうだね、ボスの助手みたいなことをしていた少女は覚えているよ」
「そうか。ディアーナに嫌われたりはしてねえか?」
「ええと、たぶん、大丈夫じゃないかな。あまり接点は無かったけれどね」
そこまで確認したデイブは、ディアーナに連絡を取ることを約束した。
上手くすれば魔神から神託を貰えるかもしれないと伝えたら、ザックは少しだけ安心したような表情を浮かべた。
ザックが模擬戦の精神的疲労がすこし落ち着くと、模擬戦を提案したことをデイブに感謝した。
「最初は怪しさ満点だったが、君の提案を受けて良かったよ。感謝している、デイブさん」
「おう、そんなら良かったぜ。サイモンには、決闘の件も何とかなるだろうと伝えておく」
「それは……、任せるよ」
デイブの言葉にため息をついて、ザックは首を横に振った。
「そんで、『竜担当』の件だが、魔神さまが何かしようとしてた類いの問題でもあるのか?」
「それは…………、『そうだ』と答えよう。危険なものではない、ハズだ。むしろヒトのリスクを減らしたいというものだ」
「ますますよく分からんが、王家は魔神さまが人間だった時に話を重ねたら、その案を受け入れたと思うか?」
ここまでなし崩し的にデイブに『竜』の話をしてしまっている。
ザックとしてはやはり、サイモンの友という彼に伝えたくなかった。
「可能性は、あったとおもう。これ以上は秘密だよ、デイブさん」
そう言ってザックは真直ぐにデイブを見る。
「そうか。分かった」
ザックの反応を察し、デイブは今は引き下がることにした。
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