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08.やっぱり残念な奴だなあ


 ブライアーズ学園体育科の演習林の中にある、屋内戦闘の訓練施設。


 デイブとザックはその建物の中にいた。


 平日ならば学生であったり教員が使用する施設だが、闇曜日で休みの昼下がりである。


 彼らの他に訪れる者も無く、周囲には人の気配がなかった。


 デイブはそれを気配察知で確認しつつ、口を開く。


「じゃあ、おまえはそれで準備完了かザック?」


 いつの間にか馴れ馴れしい口調になっているデイブに内心呆れつつ、ザックは応える。


「ああ、まずはこれで様子をみるよ」


 そう言って自身の親指で示すのは、彼の傍らに浮かぶ風の精霊だ。


 姿は教会の神像にあるような、トガのような衣装を着た女性の姿をしている。


 ザックが精霊魔法で呼び出したもので、この状態から彼がイメージするだけで魔法を発動することが出来る。


 精霊は環境魔力を用いるため魔力が切れることも無く、集中力が続く限りは延々と魔法を放ち続けることが可能だ。


 その意味で敵対するとすれば対処に面倒な代物なのだが、デイブは怪訝そうな表情をザックに向ける。


「一応忠告するが、武術の身体強化が出来ないなら、魔法で身体強化をした方がいいぜ?」


「そ、そういうものかい? 魔法のウデ比べは自信があるけれど……」


「そういうものだな。何ならもう日常生活でもヤバい気配がした時は、魔法で身体強化をするように習慣づけた方がいいと思うぜ?」


「やれやれ、そんなことを気にした事も無かったよ」


「身体強化の魔法は覚えていないのか? たぶんうちの八重睡蓮(やえすいれん)だと、秒で仕留めるぜ?」


「分かったよ……」


 そう言いながらザックは無詠唱で、光魔法の【明敏(ゲインアラクリティ)】と火魔法の【焚気(ウィリグナイト)】を自分に掛ける。


 【明敏】は生命体にのみ効果がある身体強化の光魔法で、単純な強化の他に反射速度を増強する。


 それに重ね掛けした【焚気】では意志の働きを強化し、精神や思考に関する能力低下を防いで意思決定の速度上昇の効果があった。


 ザックの様子にデイブは微笑む。


「なかなか悪くない魔法の選択みたいだな」


「私が使った魔法が分かるのかい? とりあえずいまはこれで頼むよ。なにせ模擬戦など学生の頃に体術の授業で少しやったくらいでね」


「それは……、魔神さまからそういうのは習ったんじゃねえの?」


 デイブの脳裏にはディアーナが、実戦状術である一心流(シンプリーチタス)を皆伝まで仕込まれた話が過ぎった。


 魔神の弟子なら、そういうものを習ったのではと思ったのだ。


「うーん……、実戦杖術を教えてくれるって話だったんだけど、運動は苦手だから断ったんだよ」


「あー……、まあいいか」


 残念な奴だなあという言葉が思わず漏れそうになるのをこらえつつ、デイブは思考を切り替える。


「それじゃあ始めるか。確認だが、呼び出した精霊はおまえさんを追尾するんだな?」


「そうだね。親ガモと子ガモよろしく、勝手について来てくれるよ。位置取りは指定することもできるけれど、基本的にはお任せかな」


「分かった、おれも精霊魔法に関しての知識はある。おまえがどこまで使えるか確認したかっただけだ」


「うん。いちおうボス――魔神さまからは、『魔法だけは(、、、)実戦に耐える』とは言われてるんだ」


「ふーん……」


 やっぱり残念な奴だなあという言葉が、思わず漏れそうになるのをこらえつつ、デイブは説明を続けた。




 模擬戦を前に、デイブとザックの姿は屋内戦闘の訓練施設の入り口外にあった。


 今回行う模擬戦では、最初にザックがスタートしてから、それをデイブが追跡して戦うことにした。


 先のことを考えるに、ウィンは矢張りザックに決闘を申し込むだろう。


 その時は決闘の場所にもよるだろうが、ザックがウィンに先制攻撃を行えるかが怪しかった。


 少なくともデイブはそう判断した。


 月転流(ムーンフェイズ)の手の内を晒すつもりはなかったが、デイブはあまりカンタンにザックが敗北するのは避けた方がいいと考える。


 ウィンの怒りの矛先としてそれなりにザックに受けとめさせなければ、ウィンが不完全燃焼で妙なことをしでかすことを心配した。


「まあ……、お嬢はそんなやつじゃねえけどな」


「どうしたんだい?」


「ああ、なんでもねえよ。そろそろ始めるか?」


「うん、分かった。確認だが、私がこの入り口をくぐってから、三十秒後に君が追跡開始するんだね?」


「そうだ。実際の戦いを考えると、そのくらいで慣れておいた方がいいだろう」


 デイブの『実際の戦い』という言葉にザックはイヤそうな表情を浮かべる。


 ただそれでもようやく自分がジェイクの知人友人たちに恨まれていることは理解して、それに向き合うことは決めたようだった。


 デイブはそのように洞察していた。


「それじゃあ、始めるよ」


「ああ」


 デイブの返事を確認すると【明敏】の効果で薄く光りながら、ザックはそれなりの速度で建物に入って行った。


 彼の移動する気配を追いつつ、デイブは頭の中で数字を数える。




 魔法で身体強化をしたザックは入り口ホールから階段を使い、建物の二階に移動する。


 そのまま通路を移動しつつ周辺の魔力を探る。


 人間だったころの魔神アレスマギカの教えでは、通常の人間の内在魔力を感知していれば隠れている位置がつかめる。


 それで不意打ちが防げるから魔法を使って防備を固め、相手を弱体化するなりして扱いやすくしたところで無力化する。


 そのような段取りを仕込まれていた。


 ザックの魔力検知の範囲は広く、この建物を含めて軽くこの周囲の一帯をすっぽり覆ってお釣りがくる。


 スタート地点のデイブの魔力を探知しながら、迎え撃つのに適していそうな空間を探している。


 そのために彼は風の精霊を呼んでいた。


 周辺の大気の微細な動きを精霊に探らせる。


 捉えたその動きを魔力を介して視覚情報に変換し、脳内に建物の立体構造図を作る。


 それはあくまでも、ザックとしては建物の情報を探るためのものだった。


「魔力が消えた?! いや、気配を消したのか……。環境魔力に溶けている?!」


 デイブの追跡が始まったタイミングで、彼の魔力を見失った。


 ザックは適当な大部屋を見つけて内部に陣取り、デイブの襲撃にそなえる。


 そのときの気分は、確かに模擬戦などを経なければ想像もできなかっただろう。


「大気の変化を探っていたのが幸いするとはね……、いや、どんな速さだい全く?! ハヤブサとかそんな勢いじゃないのか?!」


 移動を察知できている分、ザックはデイブの移動速度の異常さに絶句する。


 それでも迎え撃つために、風の精霊に追加する形で水の精霊を呼び出した。


 通常は共和国では、精霊魔法は一度に同一属性の精霊しか呼び出せないと教えられる。


 ただ何ごとにも抜け道はあり、スキル的に並列思考に習熟していると、同時に複数属性の精霊を使いこなすことが出来た。


 無論、事前に目的の属性の精霊を、個別に呼び出せるようになっている必要はあるのだが。


 その意味ではザックは精霊魔法の使い手として上級者であり、地水火風の四大属性の精霊を同時に一体ずつ四体呼び出すことが出来る人間だった。




 尋常ならざるデイブの移動速度に恐怖感を増していたザックだったが、デイブが自分が陣取った階の一つ上の階まで昇ったことにすぐ気が付いた。


 あるいは順にしらみ潰しに自分を探すのだろうかと考えて、その一方で相手も自分の位置を察知している可能性に思い至る。


 まして相手は月輪旅団の王都の元締めだ。


「私の意表を突くような攻撃をするつもりなんだろうか……」


 そう呟いてザックは自身が居る大部屋を見渡し、入り口の位置と窓の位置を確認した。


 そして虚をつくなら入り口などからは入ってこないだろうと思い至る。


「そうなると窓になるのか……?」


 思わずそう呟いているとあっという間にデイブは一つ上の階で、自身が居る大部屋の真上にまで移動した。


 その直後、ザックは頭上の大気が微かに揺らいだことを察知する。


 次の瞬間天井の一部が切り取られる。


 そして切られた天井の上にデイブが乗って、ザックの目の前に降ってきた。


「なんでーーー?!」


 そう叫びながらザックは反射的に地の精霊を呼び出していた。





お読みいただきありがとうございます。




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