05.いつもなら逃げの一手だ
オードラとノエルを相手に、ザックは説明を続けている。
『赤の深淵』が王都に潜伏しているらしいので、これを探し出したい。
ザックはオードラから頼まれて一定の成果があったため、二人へ報告しに訪ねていた。
「それで、闇魔法に二重人格を含む多重人格を割り出す魔法があるのを知っていたから、指輪の魔道具を作った。取り出しても?」
「ああ、構わない」
オードラの許可が出たので、ザックは無詠唱で【収納】から指輪の魔道具と紙束を取り出した。
「魔道具はこれだね。こっちは設計資料だよ」
ザックはそう告げて、指輪と資料をテーブル越しにオードラに渡す。
オードラは無詠唱で【鑑定】を使い、受け取った指輪を調べた。
「ふーん。使い方は?」
「指に付けるだけで発動する。多重人格者を見ると、その人がブレて見えるよ」
真面目な表情でザックが告げるが、その言葉に頷いてオードラは指輪を嵌めてみせた。
そして自分やノエルに何の異常も無いことを確認して口を開く。
「なるほどねえ。指輪の魔道具か……」
「それなりに出来には満足しているが、不満はあるかい?」
「そうだね。この指輪、壊れていないかい?」
突然の指摘にザックが眉をひそめる。
彼としては、もう少し好意的な反応を得られると思っていたのだ。
「失礼だなオードラ? そんなワケは無いよ。今日の昼下がりに使ってみたからね?」
「そうかい? でもあんたがブレて無いよ?」
オードラは真顔でそう言って、指輪を嵌めた手を広げてザックに示した。
その言葉の意味が理解できたザックは細く息を吐く。
「……おーい、冗談はそれくらいにしてくれまいか? 私だって君らが真剣に探しているみたいだから、それなりに真剣に頭を使ったんだが?」
「ああ済まないね。あんたなら三つぐらいにブレるんじゃないかと思ってね!」
オードラは、全く済まなそうに見えない表情で笑ってそう告げる。
それでも彼女の表情が機嫌良さそうなので、ザックは苦笑いを浮かべた。
「全く、やれやれだ。――設計資料は、ノエルの商会の魔道具職人に見せればいい。そこまで難しいものじゃあ無いから、王都に居る職人でも数を作れると思うよ」
「分かりました。その様にしましょう」
ザックとオードラのやり取りを窺っていたノエルは、その言葉に満足そうに頷く。
「うん、よくやった。あんたにしちゃあ卒のない仕事だね」
「私も水路に沈みたくはなかったのでね」
その言葉にオードラは可笑しそうな表情を浮かべる。
「それなら今度からあんたと話す時は、鎖と重しを用意しようか。それがいいね」
「カンベンしてよ。――それで、魔法の使い手が足りないときは言ってくれれば手伝うよ?」
ザックの申し出に、その真意を測ろうとオードラが表情を整える。
「あんたにしちゃあ殊勝じゃないか」
「まあね。いつもなら逃げの一手だけれども、わたしにも気に食わないものはあるのさ」
「ふーん。――それは何だい? 前に訊いたときは『死のための技術』がどうこう言ってたか」
正確にはオードラにザックが『赤の深淵』と無関係と説明するとき、『死のための呪術』という話をした。
彼らと同じとされるのは、ザックとしては耐えきれない話だった。
オードラが何気なく問うと、微かにザックから耿気――光属性魔力の気配が漏れる。
それを興味深げな視線で観察するオードラに、ザックは告げる。
「大した話でも無いんだけれどね、『どんなにささやかでも、技術は生きるために磨かれるべきだ』と思っていてね」
「それはあんたが、転職する前に持っていたモットーってやつかい?」
オードラはそう告げてから、歯を見せて笑った。
彼の言葉に反射的に、国教会の神官が言いそうなものを感じてしまったゆえの問いだったのだが。
ザックとしては、彼女の様子に少々疲労感を覚えつつ口を開く。
「国教会は関係無いよ。ただの美意識みたいなものさ」
「ふーん……。まあいい。魔道具の件は良くやってくれた。ノエルからは何かあるかい?」
とつぜんオードラから話題を振られたノエルだったが、ここまでの話は彼なりに把握できていたようだ。
「そうですね。――さきほどザックは指輪の魔道具を使ってみたと言いましたね? なにか見つけられましたか?」
「え、うん。そうだね。何やらブレている獣人を、多く見かけた地区があったね」
「「…………」」
「通常、多重人格者は百人から数百人に一人しかいないハズなんだけど、その魔道具を付けて歩いたら何回も見かけたんだよ」
朗らかに語るザックの言葉に、ノエルとオードラは揃って眉間にしわを浮かべる。
「それは……、もっと早くに言うべきではありませんかザック?」
「やっぱり水路にとっとと沈めるかねえ」
ノエルからは呆れられ、オードラからは微妙に殺気がこもった視線を向けられて、ザックはいきなり動揺する。
「そ、そ、そ、それは――どういう意味だろうか、オードラ? だって完成して、試したのは今日が初めてだよ?」
ザックの反応にノエルとオードラは揃って重いため息をついた後、王都のどこでどういう状況で見かけたのかを詰問し始めた。
その後、二人に詰問されたザックは、少しばかりくたびれた様子でノエルの事務所を離れた。
報告のタイミングや順番の件で、コッテリと二人から絞られたザックはやがて解放された。
彼の得た情報を元にノエルは商会の中で警戒網を作り、指輪の魔道具を急ぎ造ることになった。
オードラについては商業地区を中心に、指輪の魔道具が揃い次第調査を行うという。
話題の流れで『赤の深淵』との直接対決に参加することや、ノエルの商会傘下の魔道具屋を勧めたことは評価された。
それでも念入りにお小言を貰ったザックはくたびれた表情を浮かべて、ノエルの商会の事務所を後にした。
そのまま彼は魔法で気配を誤魔化した上で、さらに魔法で身体強化をして王都を移動し、ブライアーズ学園の正門に辿り着いた。
「やれやれ、今日一日でずい分疲れ果てた気がするよ」
思わずそんなことをこぼし、学園正門の詰め所に身分証を示してから敷地に入る。
そのまま職員の宿舎に戻るか、食堂で遅めの昼食というか (かなり)早めの夕食を食べるか迷い、食事を済ませてしまおうと歩を進めた。
私服姿の学生や職員らしき者たちの姿を横目に、ザックはやや無気力そうに歩く。
すると食堂に行く道すがら、目のまえから一人の男が歩いてきた。
中肉中背で特徴が無いのが特徴のような、ある意味で油断が出来なさそうな人物だとザックは思う。
するとその男は互いの表情の変化がうかがえる距離になったところで、ザックに声を掛けた。
「よう、こんにちは。あんたはザック・モンターニュだろうか?」
男の声で足を止め、ザックは改めて相手を観察する。
見たところ敵意は無さそうではあるが、その気配が得体のしれない雰囲気を纏わせているような感覚をザックに覚えさせた。
「君はどなただろうか?」
「ああ失礼する。おれはデイブ・ソーントンという」
デイブは自身が名乗ったところで、ザックが張り付いたような笑顔を浮かべたため、思わず苦笑する。
「――そんなに取り繕うような笑顔を浮かべなくで大丈夫だ。今日のおれは『サイモンの飲み友だち』としておまえさんを訪ねている」
「その言葉で何を信じろというんだい?」
「なんだ、けっこう細かい奴だな。もっと不審者には、魔法をバンバン使ってくるような奴かと思っていたんだが」
デイブのその言葉で、ザックの表情は急速に平板なものに変わる。
「そうする必要があるならそうするが?」
「まあ落ち着けって。サイモンからは『例の同盟』の名前を決めたのがあんただとか、三人の『担当』を決めたって話も聞いてるんだ。それに『例のお方』の弟子なんだろ? 『精霊と魔法』を学んだんだっけか。あんたについて聞いた話を、もっと披露しても構わないが……。なんでもサイモンの親父さんと初めて食事をした時に、緊張で――」
デイブの話をそこまで聞くと、ザックは右手のひらをデイブに伸ばして制止し、思わず叫ぶ。
「いや、分かったよ。分かりました! 話をしようじゃないか。……まったく、今日は何て日なんだ!」
そう告げて重く息を吐くザックの様子を興味深げに観察し、デイブは笑みを浮かべた。
お読みいただきありがとうございます。
おもしろいと感じてくださいましたら、ブックマークと、
下の評価をおねがいいたします。
読者の皆様の応援が、筆者の力になります。




