04.どんな欠点なんだい
フレイザーと指輪の魔道具の検証を行ったザックは、さっそく闇ギルドのオードラに報告することにした。
フレイザーと商業地区の公園で別れ、魔法を使ってノエル経由で面会の予約をとる。
するとノエルとオードラは二人とも、ノエルの商会の事務所の一つに居ることが分かった。
ザックは魔法で気配を誤魔化しつつ、指示された事務所に歩いて向かう。
受付で名乗って応接間に案内され、しばし待つとザックは執務室に案内された。
部屋に入るとノエルとオードラが居るので声をかける。
「二人ともこんにちは。突然済まないね」
「こんにちは。構いませんよ」
「やあ。あんたにしちゃあ早かったね。もしかして、追跡方法が思いつかないから時間をくれっていう相談かい?」
ノエルは穏やかに微笑み、オードラはザックに圧を掛けながら微笑む。
二人が座るソファの向かいの席に促され、ザックは座った。
「ひどい言い草だねオードラ。確かに一時は案出しに難航して行き詰まりそうになったけれど……、目途は立ったよ」
そう言ってザックが朗らかに微笑むと、オードラは口笛を吹いた。
「本当かい? まだアイディアだけって話じゃあ無いかいそれ?」
「信用が無いなあ。まあいいんだけれども。――これから説明するけれど、ノエルも聞くかい? 魔法とかの話になるんだけどさ」
ザックに問われ、ノエルは口を開く。
「ええ。ぜひ聞いておこうと思いますよザック」
「今後もし王都に何かあったときのために、ノエルと情報共有をしておこうと思ったんだよ。だからあまり雑な報告だと困るんだけど、大丈夫だね?」
そう言いながら圧を強めるオードラの視線を感じつつ、ザックは息を吐く。
「そういう理由なら分かったよ。丁寧に説明するさ。デュフフ」
「わたしからもあなたに話があるのですよザック。じつは最近になって、キュロスカーメン侯爵さまが、月輪旅団と接触しているそうなのです」
ノエルの言葉にザックは首を傾げる。
彼としても『魔神の弟子』である。
月輪旅団は共和国の歴史に関わるため、知識としては有していた。
「もしかして、彼らが侯爵閣下の仕事を手伝うってことかい?」
「そこは不明ですが、わたしとしては否定的です」
ザックとノエルのやり取りに、オードラが横から口出しする。
「あの連中は王都の元締めがデイブって奴で、冒険者ギルドの相談役でね。迂闊に動くとあんたもすぐにお縄だよ」
オードラの言葉に、ザックは賞金首狙いの冒険者たちのことが頭に過ぎる。
「まさか私を心配してくれるのかい?」
「まあ、親父殿がね」
オードラが苦笑しつつノエルに視線を向けると、彼は頷いた。
「やれやれ、気をつけるよ。――情報共有ということなら私は構わない。さっきも言ったけれど魔法の話だから、退屈かもしれないけれどね」
ザックがそう告げると、ノエルとオードラは二人とも頷いた。
「それで首尾はどうだいなんだい?」
「順番に説明するよ。問題の『赤の深淵』は、共和国でも秘密組織であり、公的機関の追跡から逃れている。これは間違いないよね?」
ザックの確認にオードラが頷く。
「そうだね。ついでに言うと、私ら (闇ギルド)の共和国の連中からもだ」
オードラの話によれば、共和国を縄張りとする闇ギルドの連中は、かなり積極的に『赤の深淵』を追っているらしい。
それでも今まで見付けられていないのだという。
「うん。共和国だから、獣人のような追跡能力に優れた連中でもそれだ。だから何らかの方法で隠れているのは大前提なんだ」
ザックがそう言って頷くと、オードラも告げる。
「嗅覚への対策なんかはシンプルだね。風魔法だとか、身につける香水やら薬草で手は打ってると思う」
「確かにそう言われれば秘密組織とはいえ、追う者と追われる者の話です。わたしでも理解できる話ですね」
ノエルが話題に付いて来ていることを確認して、ザックは内心満足する。
そして、隠れている方法の核心部分の話をしようと考える。
「問題は、追跡する側の精霊の検知能力を、どうやって掻い潜っているのかという点なんだ」
突然ザックが精霊という語を使ったことで、オードラは首を傾げる。
「精霊魔法は一般的な知識しかないが、検知能力はそんなに鋭いのかい?」
「うん、凄いよ。ヘタな魔道具よりも魔力の動きに敏感だ。覚えさせる手間はあるけれどね。いちど覚えた気配なんかの、属性に分かれる前の魔力だって、かなりの精度で追跡できるね」
「それを逃げてるのか……。なかなか厄介だね」
「そうだね。例えば専用の魔道具で隠れているなら、魔道具の時点で波形を検知して術者に教えて、それで追えただろう」
そうなるともう、追跡する対象が『初めから居なかった』かのような『隠れ方』をしなければ逃げられない。
ザックは二人にそう説明する。
「もしかして、あなたがそう言うということは、隠れ方があるということですか?」
「ある。――正確には隠れる方法というわけじゃなくて、『別の目的の方法』を使えば隠れて行動できるんじゃないかと気が付いた」
そう言ってザックは二人が自分の話について来ているかを確認するように、ノエルとオードラの表情をうかがった。
二人の表情を見やりながら、ザックは苦笑いを浮かべる。
「いやー、そこに気づくまでに悩み抜いたよ。もう少しでオードラたちに水路に沈められるんじゃないかと思ったら、気が気でなくてね」
「心配しなくても、お望みなら今からでも沈めるよ?」
そう言ってオードラは悪戯っぽい笑みを浮かべてみせる。
「カンベンしてよ。君たちがいうと笑えないからさ」
「話が逸れていますよザック」
「あ、失礼。思いついたのは二つだけど、一つ目は直感的に不正解だと思ったんだ。興味がなければ正解の方の話をするけれどどうする?」
ザックに問われ、オードラはノエルの方をうかがう。
するとノエルは薄く微笑んで、オードラに頷いて見せた。
「そうだな、こちらの参考になるかは分からないけど、念のため教えてくれないか?」
「うん、いいよ。ひとつは人間を肉ゴーレムにする禁術でね――」
「「肉ゴーレム (ですか)?!」」
オードラとノエルは、揃ってザックの言葉に眉をひそめた。
二人の反応が想定通りだったので、ザックは肩をすくめてみせる。
「ああ、そういう通称なんだ。人間の精神を決められた手順で壊した上で魔法を仕込むと、術者が遠隔で操作できるようになるというものでね――」
ザックはさらに、破壊の程度によっては本人も日常生活を送れるという説明をした。
何を想起したのか、オードラはその説明に不敵な笑みを浮かべる、
「それはなかなか悪辣な魔法だね。暗殺なり、様々な裏工作には使い勝手が良さそうだ」
オードラの指摘にザックは首を横に振る。
「悪辣だね、禁術だし。でも使い方はともかく、闇魔法のウデがかなり要求される。この大陸でも上位の闇魔法使いしかムリだろう。欠点もあるんだ」
「どんな欠点なんだい?」
「僕が知る限り、一対一でしか肉ゴーレムと術者は関連付けができない。それに魔力のやり取りで指示の連絡があるから、精霊を使った追跡ではすぐバレる」
ザックの言葉にオードラは「そういうことか」と告げて考え込む。
彼女の様子を伺いながら、ザックは正解と考えた方の説明にうつる。
「そうそう――。それでもう一つが正解だとあたりをつけたんだけど、人為的に二重人格になる禁術があるんだ」
「二重人格ねえ……」
「うん。専門的には『閉じた魔法自我』っていうんだけど、その単語でニュアンスは分かるだろう?」
そう告げてザックはオードラとノエルに視線を向ける。
二人とも彼に頷いた。
「イメージは出来なくもないけどさ、なんでそんなものを開発したのさ?」
「私が知る限りでは、寝ている間も二十四時間自動的に思索し続ける自我が欲しかったみたいだよ」
「うわあ……」「中々筋金入りですね」
ザックの言葉に二人は呆れるものの、その対象には微妙にザックが含まれているような雰囲気もあった。
「なあザック、まさかあんた実践してないよね?」
「まさか! 私だって夜には寝るよ。それに禁術だから欠陥があってね。術を使っていると術者本人の自我が段々と壊れて行くのさ」
「「うわぁ……」」
今度の説明では、さすがのオードラも絶句して首を横に振っていた。
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