03.あるべき治療の形を
教皇さまが、あたしが『薬神の巫女』であることに気付き始めている。
ソフィエンタからその話を知って、あたしは直接教皇さまに相談することにした。
もちろんそれは、国教会に巫女として囲われて神学を詰め込まれ、聖女扱いで一生を教会の中で過ごすことになる未来を防ぐためだ。
幸い教皇さまはゴッドフリーお爺ちゃんの友達というかモフ仲間 (?)なので、あたしもすんなりと相談する時間を作ってもらえた。
闇曜日の休みの午後に教皇さまの家を訪ねて、まずはあたしが巫女だという話は説明することが出来た。
「それで教皇さま、ここまでのお話で納得頂けたとは思うのですが、あたしのステータス情報も確認いただいてよろしいですか?
「気を使わせて済まんのうウィンちゃん。そうじゃな、お主の魂の情報を直接確認しておけば、すべてが事実であり真実と確定するのじゃ」
その言葉にあたしが頷くと、教皇さまも頷く。
直後に魔力が走り、無詠唱で発動した魔法による鑑定が行われた。
「確認したのじゃウィンちゃん。――教皇フレデリック・グリフィン・フェルトンの名において、汝ウィン・ヒースアイルが『薬神の巫女』であることを、確かに確認したのじゃ」
「ありがとうございます。それで、教皇さまにだけ相談しなさいと薬神さまが仰った経緯をお話しますね」
「頼むのじゃ」
そもそも『薬神の巫女』となったのはあたしがミスティモントで暮らしているころで、正確な時期は分からないこと。
最近になってソフィエンタからお告げがあり、教皇さまが気付き始めていることを知ったこと。
その上でソフィエンタからは教皇さまだけに巫女だと明かすよう言われたこと。
教皇さまからの確認を挟みつつ、あたしはまずそこまでを説明した。
実際にはミスティモントのスタンピードを防ぐときに巫女になったのだけれど、いまその話は出来ないと、あたしは判断した。
そして――
「薬神さまとしては、あたしに自由に振舞って欲しいみたいなんです」
「自由に、とな?」
「はい。そう言って下さったのは、あたしがローズ様の治療の一件を受けて、魔法医療以外に関心をもつようになったからだと仰いました」
「魔法医療以外? どういう事じゃろうか? 鉱物スライム治療ということかの?」
確かにそれも含む話になるかも知れない。
でも根本的に、あたしが進めたいのは地球の記憶にあったような薬の開発だ。
そのためにこの世界で『伝統医療』として扱われる、薬草を使った医療技術を掘り下げたい。
「それも含むのですが、伝統医療に――とくに薬草を使った医療技術をもっと調べたいのです」
あたしが『薬草』という言葉を使うと、途端に教皇さまは笑顔を浮かべた。
そうして嬉しそうに何度も頷きつつ、あたしに告げる。
「それは確かに、『薬神の巫女』の仕事にふさわしいものなのじゃ。吾輩としては腑に落ちるのう」
「そう言って頂けるとありがたいです。ですので、あたしは学院に通いながら、医療や伝統医療、とくに薬草の勉強を進めたいと考えています」
「相分かった! 分かったのじゃウィンちゃん。それはもう神学などを勉強している場合では無いのう」
そう言ってもらえると、あたしは国教会による拉致監禁リスクが消えてホッとするのですが。
「薬神さまのお言葉を受け取りながら、この世にあるべき治療の形を探求する――――」
そう呟いて教皇さまは目を閉じ、何かを考え始めた。
やがて考えが整理できたのか、教皇さまは目を開いてあたしに告げた。
「すべて承知したぞ。今後仮に、国教会や宗教に関わる者からウィンちゃんが面倒なことを言われたら、魔法で吾輩に真っ先に連絡するのじゃ。吾輩かその直轄の部下に対処させるからのう」
「ありがとうございます。もったいないお言葉です」
あたしはそう言ってから立ち上がり、教皇さまに一礼した。
「何を言うのじゃウィンちゃん。座っておくれ。――少なくともお主が薬草のことを学ぶのは、薬神さまの望みであろう。それを支えずして教皇を名乗るなど笑止じゃのう」
「それでも、ありがとうございます」
あたしはそう言ってソファに座った。
相談事が一区切りついたので、教皇さまとともにお茶を飲みつつ話をする。
「それにしてもウィンちゃんのステータス情報を見せてもらったが、凄まじいのう。国教会の神官戦士団でも、上位に匹敵する実力と思うのじゃ」
あたしが持ってきた焼き菓子を頬張りつつ、教皇さまが微笑む。
「ありがとうございます。かなり偏っていますし、望んで鍛えたというよりは結果的にこうなった感じなんですけれどね」
そう言いながらあたしが提供した焼き菓子を食べる。
ニナと一緒に買い物をしている時に買っておいた奴だ。
バターの味が強めのクッキーだけれど、甘さは控えめで美味しいと思う。
「称号にも見たことが無いものがあったのう。撲殺君殺し(仮)とは初めて見たのじゃ」
いや、頻繁に見るような称号では無いと思います、うん。
それでも称号の話になったので、あたしはもう一つの本題を相談するのに良いタイミングだと判断した。
「それでデリック様。もうひとつ相談したいことがありまして」
あたしの言葉で教皇さまはピタッと動作が止まり、ゆっくりと手にしていたティーカップを机に置いた。
「ふむ。ウィンちゃんの相談事は解決したいのう」
「ありがとうございます。あたしのステータス情報をご覧になったなら気付いたと思いますが、『モフの巫女 (仮)』という称号がありまして」
「………………済まんのじゃウィンちゃん。吾輩たちの不注意でお主にその称号が付いてしまったのじゃ」
「いえ。教皇さま達のようなモフモフ愛好家なら喜んだのでしょうが、あたしには正直微妙な称号でして」
あたしの言葉に、教皇さまは少し考え込んでから告げた。
「吾輩としてはお主がモフの道に進んでくれたなら、心強かったのじゃが」
「恐れ入りますが、いまは遠慮します」
動物は好きなんですけれども。
「それは残念じゃ。しかしそうなると、ウィンちゃんの相談とはその称号の取り除き方かのう?」
「はい」
お、これならこの本題は早くに片付きそうな気がするぞ。
でも教皇さまは難しそうな顔を浮かべているな。
「済まぬ、ウィンちゃん。称号については一度ステータス情報に現れると、簡単には取り除けないものなのじゃ。特殊なスキルを使えば可能じゃが、国教会には……」
特殊なスキルというのは気になるけれど、今回の『モフの巫女 (仮)』については有力な対策案を得ているのですよ。
「ご心配なくデリック様。その件は薬神さまを介して、解決案を賜っております」
「なんと! 薬神さまにはそのような権能もお有りなのかのう」
「いえ、話しぶりからすると、ほかの女神さまたちと検討して下さった案のようでして――」
そうしてあたしは、ソフィエンタとアシマーヴィア様とティーマパニア様から聞いた解決案を説明した。
「――つまり、『モフモフ探索者ランキング』の参加者を称号の条件ということにすれば、あたしの方はステータスから消えるようなのです」
「………………」
あたしが説明をすると、教皇さまが何やら固まっている。
呼吸はしているし気配も揺らいではいないから、体調が急変したとかでは無いと思うけれども。
「教皇さま?」
「ウィンちゃん、いま聞いた話は真実かの?」
「薬神さまが、ほかの女神さまたちと検討して下さったことを含めて、間違いないですよ」
「そうであるか……」
教皇さまは何かを一生懸命考えているようだ。
国教会の教義に関わったりするような話だったんだろうか。
もしそうなら、少し申し訳なかった気がするのだけれども。
「何でしたらあたしの方では無く、国教会から神託を賜れるように儀式をしてみたらいいのでは?」
「それじゃあああああああ!!」
あたしの言葉に即座に反応して、教皇さまがあたしをビシッと指さした。
「ええと、なにがそれでしょうか?」
あたしはハーブティーを啜りながら確認する。
「薬神さまの権能は癒しであるゆえ、モフモフもその範囲に含むべきじゃという話は、以前よりモフ仲間たちと議論があったのじゃ!!」
なにやら教皇さまが興奮状態になってしまった。
教皇さまの話を聞くに、ソフィエンタの権能にはモフモフによる癒しが含まれてもいいはずだから、モフモフに関する悩みは薬神さまに祈ろう(意訳)ということらしい。
「すみません。あたしはちょっとそこは管轄外にさせてください。何より薬神さまのお告げの外の話ですし」
もうモフモフはソフィエンタに丸投げよう。
あたしは動物は好きだ。
本体であるソフィエンタだって、動物は好きなハズだ。
モフモフについて祈られても、意外と守備範囲なんじゃないかと思うし。
「承知したのじゃ! 『モフの巫女』の問題は、正式に王立国教会の神学上の問題とするのじゃっっっ!!」
教皇さまは嬉しそうな表情をして、そう叫んでいた。
たぶん教皇さまの公的な仕事で、モフモフのことを扱う機会をねじ込む算段なんだろうなと思う。
あたしは穏やかな (他人事の)気持ちで、ハーブティーと焼き菓子を味わっていた。
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