11.温泉ってどんな感じ
ナタリーとは部活棟の前で別れ、彼女が建物に入っていくのを手を振って見送った。
「それじゃあアタシも帰るよ。ありがとうねウィン、キャリル」
「どういたしましてですの」
「あの、レベッカさん……」
レベッカが帰る段になって、何となくあたしの予感が警告を発している気がした。
一言でいえば面倒ごとの予感がする。
「どうしたんだいウィン?」
「今回名前が分かった転入生ですけれど、注意深く調べてくださいね。何となく面倒な予感がするんです」
あたしの言葉に不思議そうな表情を浮かべる。
「へー、ウィンって案外心配性なのかい?」
「いえ、そういうのじゃなくて、スキルの方でイヤな感じがするんです」
あたしがそう伝えると、レベッカは「へえ」と呟いて不敵に微笑む。
「分かった、そういうことなら……、そうだね。話に上がったし、元ギルドにいたフィル先生に相談してから詰めることにするよ」
「その方がいいと思います。あたしよりも断然魔法の専門家ですし、ちょっと変わってるところはあるけど、人間として信頼できると思います」
これはあたしの実感だ、変人なのも含めてだけど。
それでもフィル先生は善人だと思う。
「ああ、そうさせてもらうよ。キャリルもありがとうな」
「はい。またいつでも学院にいらしてくださいまし」
そこまで話してから、レベッカはあたし達に手を振って正門の方に歩いて行った。
彼女を見送った後は、キャリルが武術研究会の活動を覗きに行こうと言い出した。
それに対してルナの必殺技騒動のときには付き合ったので、今日はキャリルがあたしに付き合うように言ったら納得してくれた。
「それで、どちらに行くんですの?」
「そうね、まだ寮に戻るには少し早いし、薬草薬品研究会に行こうかと思うの」
「いいですわね。しばらく伺っておりませんわ」
キャリルはティルグレース伯爵家の領地がハーブの産地だけあって、薬薬研の雰囲気は好きみたいだ。
なので特に問題も無く、あたしたちは薬薬研の部室に移動した。
「「こんにちはー (ですの)」」
『こんにちはー』
あたし達が部室に入ると、部員のみんながハーブティーを淹れて飲んでいる。
たぶん今の時間だとお茶をしてるだろうなと思ったけれど、ジャストタイミングだったようだ。
あたしはキャリルと自分のお茶を用意すると、部員のみんなの話に加わった。
「今日はどんな話をされていたんですの?」
「うん、特にテーマとかは無いんだけどね、温室の話とかをしてたのよ!」
キャリルが訊くとカレンが嬉しそうに応えた。
「温室ですの? 領都の本邸にある温室を思い出しますわね」
『おー』
「魔法式かしら? キャリルちゃんの実家の温室だと、結構な広さがあると思うけれど」
部長のジャスミンが好奇心をにじませてキャリルに質問した。
それに応えるキャリルの話では、かなりの品種の薬草が栽培されているらしい。
あたしはそもそも、ティルグレース伯爵家の本邸を訪ねたことは無いんだよな。
領都リフブルームにあるキャリルの実家は、外見上は完全にお城なのは知っている。
それは見たことがあるんですよ。
実家がお城という意味では、キャリルは伯爵家令嬢らしく、バトルの話よりはこういう薬草の話の方が本当はいいと思うのだけれど。
彼女の場合は『我が家は武門ですから』という言葉の前に、すべてが塗り替えられていくんですよ。
でも今日は平和な話をしているぞ。
「この時期に温室ですと、レモングラスを思い出しますわね」
「どうしても寒さに弱いハーブはあるわよね!」
「そうなんですの。我が家でも品種改良しても、なかなか寒さに強くならないんですの」
『へー』
こうやって話してる分にはお嬢さまって感じなんだよな。
「ねえキャリル、ティルグレース伯爵家の領地では、温室は一般的ってわけじゃあ無いわよね?」
ふと思いついて、あたしは彼女に質問した。
「確かにそうですわね。我が家の温室は魔道具式ですが、薪を焚いて温めるストーブ式の方が領内では多いでしょうか」
「魔道具式はどうしても魔石の代金がかかるわよね!」
キャリルやカレンの言う通り、温めるためのエネルギーをどこから取るのかという問題がある。
それにカンタンに温室と言っても、それに見合う作物が無いと農業という商売での維持は難しいだろうなと思う。
「もともとはアロウグロース辺境伯領で、温泉を使った温室が最初よね」
「そうなんですか?」
ジャスミンの話で温泉という言葉が登場して、あたしは思わず反応してしまった。
「ええ。王国で最初の温室は温泉を使ったものだったのよ」
『へー』
部員のみんなでも温室の経緯を知らない子が結構いた。
「温泉ですか……。お湯が湧き出てるんですよね、温泉ですし? アロウグロース辺境伯領の温泉ってどんな感じなんですか?」
あたしの問いに、キャリルが不思議そうな表情を浮かべる。
なにか妙なことでも訊いてしまっただろうか。
「どんな感じといっても、リゾートですわね。温泉のプールなどで湯治を行ったりしますの」
『ふーん』
リゾートかあ、こちとら庶民なんですよ、うん。
プールか――さすがに日本の記憶にあるみたいな大浴場は無いよなあ。
あたしが考え込んでいると、キャリルが声を掛けてくれた。
「ウィンは何やら残念そうな顔をしていますわね」
「うーん……、残念っていうか、行ったことが無いなあって思ってただけよ」
「そうでしたの? 確か (領都の)シゲルオセルにはゴッドフリーさまの家があるのではありませんか?」
「そうね、お爺ちゃんちはあるけど、温泉プールとかは行ったことは無いのよ」
あたしの言葉に「そうでしたの」とキャリルは呟き、提案してくれた。
「そういうことでしたら、まだ先の話ですが、バカンスの時期に行ってみませんか?」
バカンスで温泉リゾートか。
温泉といえば源泉かけ流しの大浴場とかが楽しみだったけれど、温泉プールで妥協しよう。
だがあたし的には絶対ハズせないものがあるはずだ。
「行くわ! コーヒー牛乳作る!!」
「コーヒー牛乳、ですの?」
おっと、思わず魂の記憶に突き動かされてしまったぞ。
あたしの言葉にキャリルだけでは無く、部員のみんなも不思議そうな表情を浮かべた。
「何でもないわ。ちょっと思いついたことがあっただけよ」
「そうですの?」
キャリルはそう言って不思議そうにあたしを見ていた。
お茶を頂いた後は、あたしはいつものトレーニングを行った。
【鑑定】と【分離】を組合わせて、混ぜ合わせた塩と砂を分離するやつだ。
それを何回か繰り返した後、今度は塩水から塩を分離するトレーニングをやってみた。
「全量はムリだけれど、すこしだけなら行けるわね……」
とはいうものの、まだまだ溶かした塩の一割も回収できていなかった。
気長にやるかと思いつつ、ふとキャリルの方に視線を向ける。
彼女は楽しそうな顔を浮かべて、部員のみんなと薬草の話をして盛り上がっていた。
「やっぱりああやってると、お嬢さまって感じなのよね」
思わずそう呟いて微笑みつつ、あたしはトレーニングを続けた。
そのあと適当な時間にあたし達は寮に戻り、夕食の時間にはアルラ姉さん達といつものように一緒に食べた。
アルラ姉さんもロレッタ様ももちろんキャリルも、使い魔の話はすべて分かっている。
あたし達は夕食を食べながら学内の盛り上がりを話すフリをして、使い魔関連の情報交換をした。
夕食の後は自室に戻り、宿題と日課のトレーニングをやっつける。
そのあと一息ついてから、スウィッシュを呼び出してお喋りを始めた。
「とうとう使い魔の情報が公開されたわね」
「けっこう関心がある生徒が多そうだし、来週中には使い魔だらけになるんじゃないかな」
「確かにそうかも知れないわね」
思わず微笑んで、その後もあたしはスウィッシュと使い魔についての話をした。
カレン イメージ画 (aipictors使用)
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