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01.城を相手にケンカする覚悟


 今週の闇曜日は朝からニナとグライフとで、ブライアーズ学園のフィル先生を訪ねた。


 フィル先生からは『主動機(しゅどうき)法』という魔法の指導方法で、土魔法の特級魔法である【粒圏(パーティクルスフィア)】を覚えた。


 覚えたと言ってもステータス上の話で、【粒圏】の本来の性能を出せるようになるには練習する必要があるという。


 フィル先生の研究室を離れたあたし達は昼食を食べ、三人でデイブの店を訪ねている。


 ニナから相談を受けたのだけれど、『魔力暴走の汎用的対処法の研究』で睡眠の魔獣毒の威力を上げる研究が始まっているらしい。


 その目標が『竜種』とのことで、共和国出身であるニナは竜を神聖視する獣人の人たちを思い出して、こっそり月輪旅団に相談することを考えたそうだ。


 あたしからデイブに説明すると、純粋に研究目的だろうという話になった。


 それとは別にグライフに竜との戦闘経験があるので、意見を聞いてみたらという話になる。


 そして店番をしているブリタニーを除いて、あたし達はグライフが四年前に竜と戦った時の話を聞いた。


 移動中に緑竜に襲われたというか、絡まれたそうだ。


 そしてグライフ達一行が倒せそうな感じになると、黒い上位竜が現れて申し訳なさそうに仲裁をしたという。


 なんでも緑竜は腕試しにケンカを挑んで来た若い竜なので、見逃してくれと頼まれたとか。


 腕試しで襲ってくる竜にツッコむべきか、竜にケンカ相手とみなされるグライフ達にツッコむべきか。


 あたしとしては、竜が面倒な魔獣だというイメージが強くなってしまったのだけれど。


 そして話は上位竜のことに及ぶ。


「上位竜って、普通の竜よりも強い個体のことですよね?」


「そうだ。鑑定の魔法でも判別できるが、種族が単純に『(ドラゴン)』というものから、『上位竜(スペリオールドラゴン)』や、『古代竜(エンシェントドラゴン)』などと格が上がっていく」


「妾の知る限りでは、竜は年月を経て脱皮をしながら身体を作り変えるそうじゃな」


 ニナがグライフの説明を補足する。


 その話をさらにデイブが得意げに補足し始めた。


「竜はそうやって成長するんだが、脱皮したときの古い皮が見つかることはあまり無い。なんでか分かるか、お嬢?」


「え……、なんでだろう。魔獣素材よね? 生活環境は必ずしもダンジョンではないだろうから、勝手に分解されるわけでもないでしょうし……」


 あたしが言いよどむと、デイブは得意げに説明する。


「過去に魔獣の研究者が上位竜に、直接理由を聞いたことがあるそうだ。その時の話だと、脱皮したばかりの皮には大量に魔力が含まれるっつうんで、幼い竜に無理やり食べさせるんだそうだぜ」


「「はー……」」


 人間の子供にとってのピーマンとかニンジンじゃないだろうけれど、そういう扱いなのか。


 あたしは知らなかったけれど、ニナも知らなかったみたいだな。


「話を戻すが、吾輩たちは上位竜の仲裁を受けることにした。もともと望んで始めた戦闘でも無かったし、上位竜と戦うつもりはさらさら無かったのだ」


 グライフはそう言って肩をすくめてみせた。


「友好的だった、と言うだけでは無さそうな言い草なのじゃ」


 ニナが指摘するとグライフは頷く。


「上位竜ともなると、ひとつの城を相手にケンカする覚悟が必要になるのだ」


 どんな覚悟だよ。


 戦闘狂(バトルジャンキー)とかなら嬉々として突撃しそうだけれども。


 あたしの某マブダチが突撃しないことを祈ろう、うん。


 あたしがモヤモヤと考え込んでいると、グライフが破顔して告げる。


「もっとも、フィルの奴を連れてこればラクが出来るだろうがな」


 グライフの言葉にデイブが反応して、フィル先生の二つ名を口にする。


「ふーん、『増殖要塞』か」


「うむ。奴が本気でキレることは皆無だが、一度怒らせると徹底的に特級魔法を無詠唱で連発し始めるのだ」


 グライフはそう言って苦笑した。




 彼の言葉に興味を持ったのか、ニナがフィル先生の戦い方についてグライフに質問した。


「妾も冒険者界隈は詳しく無いのじゃ。『増殖要塞』と呼ばれる魔法の使い方となると、どのような戦い方をするのじゃ?」


 あたしとしては、元々の睡眠の魔獣毒の話から脱線しまくっているのが少し気になってきたけれど、参考に黙って聞いておくことにした。


 グライフはデイブに視線を向けると、デイブは特に問題なさそうに頷く。


「この話も、秘密ということにして欲しい。まあ、調べれば分かる話だが。フィルの奴は無詠唱で水の特級魔法を使って、環境魔力を際限なく吸い上げ始めるのだ――」


 水の特級魔法の【融圏(パーススフィア)】で、自分の周囲の環境魔力をガンガン吸い上げる。


 それと同時に吸い上げた魔力で【粒圏(パーティクルスフィア)】をバンバン使う。


 カンタンに言えばそういう話らしい。


「だがフィルの場合は、特級魔法で生成する岩塊に魔力の回路を描きこむ。それでフィルが敵とみなす者たちを、自律的に打ち据えるロックゴーレムみたいなものを無数に作り出せるのだ」


「無数に、とな? ふむ……。ゴーレムは、一度に一体しか制御できないと思うのじゃが」


 そう言ってニナは首を傾げる。


「だから、『みたいなもの』だな。奴によれば、ロックゴーレムは立っている足を介して魔力のフィールドに触れているから、魔法で腕を増やす感覚で制御が出来るそうだ」


「無茶苦茶なのじゃ……」


 グライフの話にニナが呆れた表情を浮かべた。


「確かにフィルの奴も、チカラ技だと言って嫌っている戦い方だがね」


 そう告げてグライフは苦笑いした。


 そんな戦い方をしたら大抵の魔獣やら賊の類いは制圧できるだろうけれど、地形が変わってしまいそうな気がする。


 あまりやり過ぎると色んな方面から怒られるんじゃないだろうか。


 あたしが思わず考え込むと、グライフは話を本題に戻した。


「それでだ、話が逸れたが……。竜と戦うくらいなら、話が通じる温和な上位竜を探して協力を頼む方が、たぶんスマートに解決するだろう」


「確かに、ここまでの話ではそれで何とかなりそうね」


 なんせ竜が冒険者を襲って返り討ちにされるのを上位竜が仲裁して、『鱗や爪を渡して場を収める』という話を聞いてしまったし。


「うむ。ゆえに、『竜種』のための睡眠の魔獣毒というのも、あまり一般的な使い方では無いだろう。保存などの管理の問題もあるだろうし、ただの竜相手なら魔法薬をお勧めするがね」


「一般的な使い方ではあり得ないのじゃな。つまり、実用目的よりも『研究の目標』という面が強いのかのう」


「吾輩はそう思うよ」


 グライフからの話を聞いてあたしは、どういう場合なら『竜種』相手に使うことになるのかを考えてしまった。


 ここまでの話を踏まえれば、『話の通じない竜が相手で、ほかに上位竜の助力が得られない場合』だろうか。


 それって――――


「…………」


「どうしたのじゃウィン?」


「……ううん、何でもないわ。グライフさん、ありがとうございました」


「ありがとうなのじゃグライフ殿。妾の杞憂なら何よりなのじゃ」


「確かにな。吾輩も竜と戦った時の話は、獣人の前では慎重に話すようにしている。暴れて国が討伐依頼を出すようなケースならともかく、……いや」


 グライフはそこまで告げて言いよどむ。


「仮に被害者が出て国が討伐を命じたとしても、竜を信仰する者は気持ちの面では納得はするまいよ」


『…………』


 デイブも含めて、あたし達はグライフの言葉にそれぞれ思いを巡らせた。


 その後、場をとりなすように改めてデイブが独自に調べることを告げ、問題があるようならあたしに連絡を入れるという話になった。




 デイブに相談が済み、グライフからは竜の話を聞くことが出来た。


 用件が済んだあたし達はデイブとブリタニーに挨拶し、王都の南門を目指すことにした。


 デイブの店を出る前に、グライフはデイブから「もっと顔を出してくれ」とか言われていた。


 通りに出たあたし達は身体強化をしてから気配の遮断を行い、街の建物の上を進んでいく。


「ホントに人通りが増えた気がするわね……」


 誰に聞かれるでもなく、思わず呟いてしまった。


 道すがら足元の通りを見ると、巡礼客らしき人の姿を多く見る。


 これからも人が増えて行くだろうし、いま王都を広げなければ色んな不都合が出てくるだろうな。


 そう思いつつ、あたしはグライフに先導されてニナと一緒に移動した。



挿絵(By みてみん)

デイブ イメージ画 (aipictors使用)




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