08.当主の矜持として
王立国教会の本部にある会議室は、教皇様が率いてきた人たちによって戦闘の痕跡を修復された。
主にデイブがブルー様の手勢を吹っ飛ばして痛んだ箇所には、歴史や伝統を感じるような意匠の部分があったりした。
でもそれらが短時間ですっかり元通りになっているのは、感心するのを通り越して戦慄を覚える。
「それでは陛下、場が整いましたので『勉強会』を始めて下さいませ」
「ああ。フレデリック、お前も折角なら参加してくれ」
「承知しました陛下」
陛下は教皇さまの言葉に満足した様子で、ホットのミントティーを飲む。
さっき教皇さまから案内があったけれど、どうやらソフィエンタが祝福したスペアミントが国教会に持ち込まれたことが過去にあったらしい。
それを挿し芽で増やすことに成功し、魔法を使って大量に栽培してお茶にしたという。
清涼感のあるミントフレーバーだけどペパーミントほど強烈では無くて、口当たりは柔らかく、優しい甘みが感じられた。
『勉強会』の参加者の皆さまもミントティーで人心地付いたのか、穏やかな表情を浮かべている。
参加者について列記すれば、陛下と教皇さまと将軍さま、第二王子のリンゼイ様にキュロスカーメン侯爵様とブルー様、大司教とデイブとブリタニー、そしてあたしだ。
なぜかあたしは逃げられなかった。解せぬ。
いや、ブルー様にあんなことを言ってしまったし、自業自得ではあるのか。
さっきまであたしと殴り合っていたブルー様は、別室で着替えを済ませ柔らかい表情を浮かべて席についている。
あたしの視線に気づいたブルー様は、こちらにウインクをしてきたので、あたしは目礼を返しておいた。
そして陛下に促されて、キュロスカーメン侯爵様が発言を始めた。
「まずは陛下のご提案に感謝を。そしてこの『勉強会』という形で話すことになりましたが、その主題は『王国の地方の政における課題』とさせて頂きます――」
侯爵様を始め、北部貴族の人たちが共和制の『勉強会』を始めたきっかけは、地方の発展の遅れだったらしい。
もともと王制の国は、権力構造の関係で国の中央が発展しやすい。
これは中央以外の王国各地の発展が、貴族たちの領地経営に委ねられているという意味でもある。
その結果ディンラント王国では王家が善政を行っても、地方によってはなかなか思うように経済発展が進まないことがあった。
「――そのような王国国内の『地域による貧富の差』があるという認識は、皆さまは宜しいでしょうか?」
参加者は特に異論は無いようだったけれど、リンゼイ様が手を上げて問う。
「そのような地方の実情に対応するため、王国には地方総督が置かれています。また最近は各地の地方総督で合議をする仕組みも始まっています」
侯爵様はリンゼイ様の言葉に頷く。
「地方総督の合議で地方の貴族たちの課題を論じる仕組みは、非常に使い勝手が良いと思います。ですがこの仕組みは最近のもので、儂らが共和制の勉強を始めたころには無かったものでした――」
北部貴族の人たちが共和制の勉強を始めたのは、隣国の獣人の国であるプロシリア共和国が地方政治を上手く行っていることを知ったためだという。
共和国の地方政治――正確には獣人の各氏族の本拠地ごとの課題の解決を行う仕組みが目についた。
王国では中央が発展しているのに、共和国では地方もうまく発展している。
隣の国で出来ていることが、どうして自分の国で出来ないのだろう。
そのあたりが侯爵様達のスタート地点だったようだ。
「そしてその共和制を学ぶために、講師役となって下さった魔族の方がいらっしゃいました」
「ふむ、“魔族の方”か。あまりそのように魔族を持ち上げると、ブルー辺りが機嫌が悪くなっていくかも知れんぞヒメーシュ?」
「そのようなことはございませんよ陛下。はっはっは」
侯爵様の言葉に陛下が笑みを浮かべてブルー様を見れば、本人は張り付いたような笑みを浮かべていた。
あたしのスキル『影拍子』では、何やらブルー様の返事にウソが含まれているように感じられたけれど。
ブルー様の様子に嘆息しつつ、キュロスカーメン侯爵様が告げる。
「儂も尊敬できる魔族しかそのように呼びませんぞ」
「尊敬できる魔族? どのような魔族なのだ?」
将軍様が興味深そうに問うけれど、それに頷いて侯爵様は告げる。
「知人を介して知己を得たのですが、アレッサンドロ・ディ・ベネディクタスという人物です」
その名を聞いて、この場にいる『勉強会』の参加者の皆さんは息を呑む。
「なるほど、人間だったころの魔神さまか」
「その通りです陛下。王国北部の未踏ダンジョン攻略のために来ていたところをご足労頂き、度々サイモンへと政治の授業を行って頂きました」
そう告げて侯爵様はサイモン様に視線を向ける。
「はい。私は魔神さまが人間だったころの弟子の一人となりました」
それを聞いてあたしは思わず息を呑んだ。
以前ディアーナから聞いた話を思い出したからだ。
彼女は大昔に滅んだ超魔法文明の話を知っていた。
加えてその超魔法文明のフェルティリスという具体的な国名は、魔神さまの弟子なら学んだだろうと言っていた。
サイモン様はもしかして共和制だけじゃなくて、議会制民主主義であるとか大統領制に近い話も知っているんじゃないだろうか。
あたしはそんなことを考えていた。
その後もあたし達は、侯爵様から北部貴族が勉強した話を聞いた。
北部貴族の人たちは、王国の形を変えずに王制による中央集権をどのように分散させられるかという部分で議論が煮詰まっていたらしい。
「ここにいる者には配慮して言葉を選びますが、個人的にはまつりごとの課題に加えて、『王家のお役目』を何とかしたかったという想いもあったと考えます」
「ふん、『王家の秘密』か。気持ちはありがたいがな」
「これでも我が侯爵家は、数百年王家をお支えして参りました。その当主の矜持として、いつか何とかしたいという想いがございます」
ここでいきなり王家の秘密の話が出たか。
たぶん以前、アシマーヴィア様から聞いてしまった話のことだろう。
精霊の試練に挑む竜が失敗したとき、親に代わってそれを仕留める役目。
でもこれを知ったら、色々とヤヴァい目に遭うんじゃ無かったか。
ジェイクが王国に消されかけたのは、王家の秘密を知ったからだったような。
あたしが引きつった顔を浮かべていると、それに気が付いた陛下が告げる。
「おいウィン、さすがにヒメーシュも内容までは言わんだろうから心配するな」
「ご配慮に感謝いたします…………」
あたしは何とか返事を絞り出した。
その様子を見ていたデイブとブリタニーは、二人とも不思議そうな顔をしていた。
侯爵様は共和制を導入することで、『王家の秘密』を王国民全員に背負わせたいのかも知れない。
陛下と侯爵様はたぶんそういう会話をしていたんだろう。
キュロスカーメン侯爵様の説明は、参加者からの質問を交えながら続いた。
侯爵様が挙げた問題、地方の発展の遅れと『王家の秘密』への対応は明確なタイムリミットが存在しない話だった。
それでも近年、新しい問題が北部貴族に発生した。
「この場の方々はご存じだろう。王国に一通り魔道具が普及したことで、北部貴族の交渉材料が怪しくなってきたのだ」
侯爵様はそう告げて参加者の皆さんを見渡す。
全員、真剣そうな表情を浮かべているけれど、実際重い話だと思う。
「『競争材料が無くなれば仕方がない』、そう言って切り捨てれば、王国内での貧富の格差が大きくなる。儂らはそこを何とかできないか『勉強会』を続けてきたのだ」
そこまで告げたあと、侯爵様は絞り出すように重い声で、『妙案があれば教えてほしいのだ』と言って視線を下げた。
侯爵様の様子を見てブルー様は何かを言いかけたが、彼もまた視線を落として黙り込んでしまった。
この『勉強会』の場は重苦しい空気が流れ始めたけれど、それを気にしないような表情で将軍様が口を開く。
「陛下、例の話をしてみたらどうですか?」
「どの話だオリバー?」
「ほら、王制と議会制度です」
「ああ、それもそうだな」
陛下は将軍とそんなやり取りをした後、侯爵様に告げる。
「なあヒメーシュ、我が国の王制と共和制は同時には成り立たんのは分かるな?」
「はい、陛下。無論です」
「だが少し考えてくれ。王制と、共和国がやっている議会の仕組みは、同時に運用できるんじゃないのか?」
陛下が告げた言葉の意味を、侯爵様をはじめ参加者の皆さんが受けとめて息を呑む。
「陛下? それは……」
真意を問おうとする侯爵様を横目に、陛下が視線を移動させる。
「――ってまえにお前が言っていたな、ウィン?」
そう言って陛下があたしを見ると、ザっとその場の全員の視線があたしに集中した。
あたしは逃げたくなった。
ブリタニー イメージ画 (aipictors使用)
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