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07.私もそれは聞いてみたい


 動作の起こりを消して、ブルーは動く。


 まず陽動(フェイント)の意味で、ウィンの死角から数発の【睡眠(スリープ)】をウィンとヒメーシュに放つ。


 それと同時に一足でヒメーシュの傍らに向かおうとするが、それは遮られた。


 全ての魔法を斬り捨てたウィンはブルーが移動する途中で間合いに入り、四撃一打の掌打を叩き込む。


 ブルーは瞬間的に内在魔力を集中してダメージを減らすが、同時にウィンの脅威度判定を上方修正する。


 その上で身体を預けるように間合いを寄せつつ、流れるような所作でウィンに前蹴りを繰り出す。


 蒼蜴流(セレストリザード)無影撃(むえいげき)を蹴りで出したものだ。


 ヒットの瞬間、当たった箇所に爆裂するような魔力の振動波が叩き込まれる技である。


 だが円の動きでこれを超高速移動で回避しながら、ウィンは容赦なくブルーの太ももを始原魔力を込めた四閃月冥(しせんつくよみ)の裏で斬りつける。


 手刀から放たれた斬撃だったが、今度はブルーが集中した内在魔力ごと切り裂き、浅い傷を作った。


 傷の痛みを情報として認識するだけで、ブルーは無詠唱で【治癒(キュア)】を放ち自身を癒す。


 それと同時にウィンが避けた方向に裏拳で曲影撃(きょくえいげき)を放つ。


 螺旋運動を込めた打撃であり、こちらもヒットの瞬間に当たった個所を爆裂させるような魔力の振動波が叩き込まれる。


 だがこれもウィンは下を掻い潜りながら斬る。


 手刀で始原魔力を込めた四閃月冥(しせんつくよみ)の裏を放ち、今度は裏拳を放ったブルーの上腕に傷を作る。


 格闘の間合いでウィンとブルーは攻防を続ける。


 子供と大人が血しぶきを上げながら、舞うように殴り合い斬りあう。


 もっともその血は全てブルーのものであり、程なく接近戦の中でブルーは無詠唱の【治癒(キュア)】を間断なく掛け続けるようになった。


 だがある瞬間、ウィンはイヤな予感を感じ取る。


 無理やり彼女はヒメーシュを身体強化した腕力で抱え上げ、ブルーから距離を取る。


 同時に二人がいた場所には、水隗が発生した。


 ブルーの無詠唱で発生した【水壁(アクアウォール)】だったが、放った本人ごと粘度を高めた水の塊で捕らえるつもりだった。


 しかしそれも空振りに終わり、ウィンはヒメーシュを立たせてブルーに向き直る。


 自身の水の上級魔法が空振りに終わったことで、ブルーは【水壁】を解いて水の塊を虚空に消した。


 ブルーが着ていた服は戦闘でも使える強度のものだったが、ここまでのウィンとの攻防ですでにボロボロとなっている。


 本人の肉体は自身で【治癒】を掛け続けたため、血で汚れた衣服に反して綺麗なものだったが。


 ブルーのその様子を見てウィンは告げる。


「もう止めませんか、ブルー様?」


「何故だねウィン、僕は王国貴族にとって大切なもののために行動している」


 その言葉にウィンは首を横に振る。


「それは理解します。しかし侯爵閣下は『常に王家とその臣民のために行動する』と仰いました。その具体的な内容や根拠を、まずは伺うべきではありませんか?」


 ウィンに問われ、ブルーは張り付いたような笑みを歪ませて嗤う。


 会議室内では他にデイブが三人、ブリタニーが一人を相手に素手で戦っているが、その戦闘の音が響いている。


 戦いが始まってすぐに文官や大司教と司教は机を離れ、会議室から廊下に通じる扉の一つを出て室内を見守っていた。


 その大司教の肩に手を当てて、脇にどくように促して会議室に入ってくる者がいた。


 彼とその連れ達の気配を感じながら、ブルーとウィンは視線を交わす。


「笑止だよウィン。王制の維持は王国貴族にとって絶対のものだ」


「ブルー様の懸念は分かります。ですが、具体的にキュロスカーメン閣下が何を考えているのかは、明確な形で聞くべきです」


 戦いが続く部屋の中にあって、二人の言葉は不思議と通った。


 そしてそれと同じように声が響く。


「奇遇だなウィン・ヒースアイル。私もそれは聞いてみたいぞ」


 その声の主はギデオンだった。


「――この場において、直接な」


 ギデオンはそう告げて鷹揚に笑った。




 ギデオンと共に会議室に入ってきた将軍オリバーが叫ぶ。


「皆の者、なおれ! ディンラント王国国王の御前である!」


 その言葉にブルーがまず反応し、その場でギデオンに向き直ってから片ひざを折り頭を下げる。


 デイブやブリタニーと戦っていた蒼蜴流(セレストリザード)の者たちも二人から一斉に距離を取り、壁際に移動してブルーに倣う。


 ヒメーシュやサイモン、大司教や司教も同じように振舞うが、デイブとブリタニーは自然体でギデオンの方に身体を向けて立ち、ウィンを手招きした。


 ウィンは超高速移動してデイブ達の傍らに立ち、時魔法を解除する。


 彼女が片ひざを折って控えなくて良いのかを考え始めると、デイブが小声で「大丈夫だお嬢」と告げた。


 ウィンは半信半疑のまま、デイブとブリタニーに倣って自然体で立ち、ギデオンに身体を向けた。


 ウィン達の様子を面白そうに見ていたギデオンだったが、口を開く。


「さて、月輪旅団ディンルーク支部元締めのデイブ・ソーントンよ、お前に問う。先ほどウィン・ヒースアイルがクリーオフォン男爵に対して発した言葉は、『密約』に則ったものであるか?」


 ギデオンの言葉を正確に理解できた者は、この場では限られていた。


 デイブとブリタニー、ヒメーシュとブルー、そしてオリバーだった。


「私はそのように判断いたします、ディンラント王国国王よ」


「ふむ、ならばそれは尊重しなければ色々と面倒であろう。いいだろう、『密約』に従い、月輪旅団宗家の血に連なる者の声を王国への助言として受け止めよう」


「御英断に感謝します」


 デイブはそう言って深く頭を下げ、ブリタニーもそれに倣う。


 ウィンもそのやり取りを受けて、頭の中に大量の疑問符を浮かべながら、デイブ達と同じように深く頭を下げた。


 それを確認してからギデオンが告げる。


「私が命ずるまで、キュロスカーメン侯爵を如何なる方法でも害することを、王命として禁ずる。良いなオリバー将軍、クリーオフォン男爵?」


「「御意」」


 その言葉を確認したあとギデオンは会議室の上座に向かい、会議室全体を見渡せる席に座る。


 彼は戦闘で破壊された床やテーブルを眺めつつ、告げた。


「皆の者、これよりこの場で『勉強会』を始めようぞ。講師は当然、キュロスカーメン侯爵が務めよ。勉強会ゆえ、これは公式の場ではない。よって今より無礼講で話し、議論をする。良いな?」


『は!』


 ウィンとデイブとブリタニーを除き、その場にいた者たちは揃って返事をした。


「そういうことでお前ら、楽にしてくれ。そしてまずはブルーよ。デイブ達に揉んでもらった手勢を下がらせろ。他の者は国教会の者たちが場を整えるゆえ、それまで待機だ」


『承知しました』


 その様子に満足したギデオンは、入ってきた扉の方に視線を向ける。


「フレデリック、手間をかける」


 ギデオンに声を掛けられた教皇は会議室に入室し、ギデオンに告げる。


「もったいないお言葉です陛下。直ぐに部屋を片付けます」


 教皇の言葉と同時に神官たちが室内に次々入ってきて、戦闘で傷んだ床や壁や調度品を魔法で修復し始めた。


 その様子を眺めていたウィンだったが、室内に入ってきた者にユリオが混ざっているのを見つけて微妙そうな表情を浮かべていた。




 色々と面倒な方向に向かうのを覚悟していたのだけれど、気が付いたら陛下が登場して場を収めてしまった。


 何というか日本の記憶にあるところの、古い時代劇みたいな展開だなと思ってしまったのはナイショである、うん。


 あたしとしてはデイブなり、場合によっては陛下に確認したいことがあったのだけれど、ふと視線を感じてそちらを見る。


 するとデイブと戦っていた三人のうちの一人が、じっとあたしを見ていた。


 戦闘服を着た若い女性で、鍛え上げられた気配がする。


 年齢はジャニスとかエイミー辺りと同じくらいかもしれないな。


 顔立ちはパッと見ではホリーに似ているような気がしたけれど、冒険者ギルドの副支部長をしているレイチェルの方が似ているだろうか。


 ブルー様の手勢ということはクリーオフォン男爵家の関係者だろうから、たぶん親戚筋なんだろう。


 そう思っていると彼女はブルー様に声を掛けてから何やら話した後、あたしの方に歩いてきた。


 そうしてあたしの前に立って口を開く。


「こんにちは、あなたがウィンさんなのね。私はカースティ・グレース・グドールです。ホリーは従妹になるわ」


「あ、こんにちは。ウィン・ヒースアイルです。ホリーにはお世話になっています。よろしくお願いします」


 あたしがそう言って頭を下げると嬉しそうに微笑む。


「伯父上をあしらうなんてどんな子かって思ったけど……、意外と普通なのねー。ちょっと安心したわ」


「それは、ありがとうございます?」


 べつにあしらったりはしていないと思うけど、どうなんだろう。


 あたしの予感としてはブルー様は多分、任務の目標を達成することにこだわるような、『勝てなくても負けない戦い』が得意な人の気がする。


 時間を掛けられたら、どうなっていたのか分からないかな。


 それよりもあたしとしては、カースティに関して気になる情報を思い出す。


「あの、もしかしてカースティさんは、あんさt「ちょっと待ってちょうだいねーウィンさん」」


 あたしが『暗殺令嬢』という王国で人気の小説のモデルなのかを確認しようとしたら、カースティが笑顔を浮かべつつ慌ててあたしの言葉を遮った。


 彼女によれば大きく否定はしないけれど、あまりそう呼ばれたくないのだということだった。


 あたし的には親近感を感じる反応なのはなぜだろうか。


 その後【風のやまびこ(ウィンドエコー)】であたしと連絡を取れるようにしてから、カースティは引き揚げて行った。



挿絵(By みてみん)

デイブ イメージ画 (aipictors使用)




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