07.世界に問い続けること
あたしとディアーナは神域に呼ばれた。
もともとはソフィエンタが『詢術』というワザだとか、彼女の異称についての説明をしてくれるという事だった。
けれどそのための対比として魔法の話をするのが魔神さまにバレて、その関係で魔神さまの巫女であるディアーナが巻き込まれたらしい。
「ソフィエンタが人間だったころに覚えたワザなのよね?」
「そうね。正しくは、“適性があったから仕込まれた”というのが近いけれど、魔法とは全然別の技術よ」
「それはぼくも興味がありますよ、ソフィエンタ先輩」
「あなたはそう言うと思ったわよ。順番に話をすると、『詢術』はMaatikaとも言って、あたしが居た宇宙で最も古い言葉では『問う』、『象る』、『在らしめる』を意味するわ」
魔法の話の時のように、ソフィエンタは成り立ちの話からするんだろうか。
「ええと先輩、『問う』とは何を問うんでしょうか?」
魔神さまが座学を受ける生徒よろしく、ソフィエンタに質問を投げている。
これは魔神の巫女的にはアリなんだろうかと思ってディアーナの方を見ると、真剣に話に聞き入っている。
あたしも集中しなきゃな、もともとあたしのための話だったんだし。
「ふふ、いきなり『問う』とか言われてもそうなるわよね。なにを問うかという意味でいえば、『秩序を問う』という意味があったわ」
『ふーん』
「そして問う対象の話だけれど、技術的な話をすれば世界そのものへ問うワザだったわ」
「ずいぶん概念的で抽象的なのね?」
あたしが訊くと、ソフィエンタは微笑む。
「あたしが人として生まれた故郷では、『魂が世界を認識することによって根源的な問いが生まれ、存在を象る』って信仰があったの」
「信仰、ですか?」
「ずい分観念的ですね」
ディアーナと魔神さまがそう言って首を傾げる。
あたしはそこまで聞いた段階で、信仰と言いつつも古代ギリシャにあったような哲学のたぐいを想像してしまった。
あたしの心を読んだのか、ソフィエンタは微笑みながら告げる。
「秘教的な実践哲学というのが近かったかしら。でもそれで、魔法のような現実改変は出来たのよ――」
ソフィエンタはそう言って説明を続けた。
詢術を魔法と比較するなら、魔法が世界に根差す力に根差すのに対し、『詢術』の本質は意志による術である。
『魂が世界を認識することによって根源的な問いが生まれ、存在を象る』
それは世界の物理法則以前に成り立つもので、世界が秘める本能のようなものといえる。
しぜん詢術に必要なのは世界に根差す魔力ではなく、“世界に存在すること”に根差す根源的な問いへの衝動である。
逆説的には極小から極大まで、また刹那から永劫までを術理の対象とすることが出来る。
ゆえに、問いを源泉とした、神の奇跡を象った術――それが詢術の本質である。
そこまでを話してくれた。
『…………』
あたし達は三人――いや、魔神さまと二人だけれども、全員が考え込んでいる。
「雲をつかむような話ね」
「同感だね、ソフィエンタ先輩。問うということだけで、魔法のような効果を生めるのですか?」
あたしと魔神さまの言葉にソフィエンタは頷いた。
何か告げるかと思っていたのだけれど、ソフィエンタはあたしをじっと観察する。
「どうしたの?」
「ううん、ちょっと考えたことがあっただけ。――ここまでで大体『詢術』の説明はしてしまったけれど、折角だし仕組みも説明しておくわ」
「それは興味深いです。ぜひお願いします!」
魔神さまは鼻息荒くそう言い放つ。
ディアーナはその様子を観察しつつ、ソフィエンタの説明に集中している。
ソフィエンタは説明を続けた。
それによると『詢術』は四つの段階を経て発動するという。
第一段階では、物理的な存在や、形而上学的な意味を術の対象として認識する。
第二段階では、対象の観察や概念の理解を行うことで術者が対象を写像として認識する。
第三段階では、術者自身が得た対象の写像に対し『問う』ことを発動する。
第四段階では、現実に対して魔法に似た効果が生じる。
「ええと、色々気になるところはあるけれど、いまの話だと第三段階がカギよね?」
「そうね。『詢術』の技術的核心部分かしら」
「『対象の写像』ってなに?」
「はいっ! ぼくも聞きたいです!」
「わたしも聞きたいです!」
なにやらここまで話が進んで、魔神さまはともかくディアーナまで興味が出たようだ。
確かに魔法のような効果を生む『問い』とはどんなものなんだろう。
そしてあたしの場合、どうしてソフィエンタは魂の記憶から除外したんだろう。
ソフィエンタは困ったような表情を浮かべつつ教えてくれた。
「あたしは『世界分霊』という言葉で教わったけれど、世界そのものが持つ魂を仮定するの。その一部を複写したもののことよ」
「それって…………、もしかしてアカシックレコードなの?」
あたしが半ば直感で問うと、魔神さまがハッとした表情を浮かべた。
それに対してソフィエンタはため息交じりに応える。
「アカシックレコードの、ごくごく表層部分だけね。でも本体には届いていたわ」
「――そんなことが可能なんですか?」
魔神さまが当惑したような表情を浮かべる。
アカシックレコードって確か、世界そのものの情報だったと思う。
それに届くっていうのは簡単に出来るものなんだろうか。
出来るかどうかを考えるけれど、意外とカンタンに出来そうな気がした。
生きることはある意味で、世界に問い続けることだ。
アカシックレコードに繋がる方法としては、無難なものじゃないだろうか。
あたしがそこまで考えていると、ソフィエンタはあたしに視線を向けて重いため息をつく。
「やっぱりウィンはあたしの分身なのね……。結論をいえば出来るのよ。もちろん自由自在には出来ないし、あくまでも『問い』の範囲内だけれど」
『はーーー………』
ソフィエンタの説明に、あたしたちは絶句した。
あたしは気を取り直して質問する。
「魔法のような効果を出せるということは分かったけれど、失敗したらどうなるの? それとも失敗しないようなワザだったのかしら?」
その問いに、ソフィエンタはさらにじーっとあたしを注視してから口を開く。
「はあ……、まあいいわ。失敗例は一定しないわね。術者とその周辺の人間をまき込んで血の池にしたり、火の塊が七日七晩燃え続けたり、天地を貫く雷の柱が現れたり、色々よ」
『うわぁ……』
だがここまで話を聞いて、あたしは思いだした魔法があった。
再現を試みても効果が一定しない魔法。
物理現象に関わる様々な量を調節できる魔法。
どの量を調節するのかが制御できない魔法。
あれは確かニナから『混沌の魔法』として聞いたはずだけれども。
「ねえソフィエンタ――」
「ウィン、お願い。その質問はしないでちょうだい」
ソフィエンタは真直ぐな瞳であたしを見て、そう告げた。
「……分かったわ」
たぶんあたしが想起したことは、何か真実を含んでいるんだ。
時魔法の特級魔法で【純量圏】があるけれど、禁術として有名と聞いている。
禁術となったのは、効果が一定しないからだったと思う。
失敗した場合も結果が一定じゃ無かった気がする。
その魔法の制御は『詢術』の発想と関係があって、あるいは『詢術』は【純量圏】と繋がっているんじゃないのか。
あたしはその問いを脳内に留めたけれど、魔神さまは何か気が付いたような顔をしていた。
「さて、『詢術』の話はここまでにするわね」
「うん……。あとは『諮詢の女神』の話をしてくれるのよね?」
ソフィエンタに確認すると、なにやらニコニコと笑顔を浮かべる。
「それなんだけどウィン。どうやら教皇君がボンヤリと気がついてるみたいなのよ」
何の話だろうか。
「気がついてる?」
「ええ、あなたがあたしの巫女だってことね」
「………………はあっ?! ヤバいじゃん?! あたしどうなるの?!」
あたしの反応を見て、ソフィエンタは何やら嬉しそうにしていた。
ディアーナ イメージ画 (aipictors使用)
お読みいただきありがとうございます。
おもしろいと感じてくださいましたら、ブックマークと、
下の評価をおねがいいたします。
読者の皆様の応援が、筆者の力になります。




