05.情報共有をしたかった
デイブとブリタニーと店にいたみんなに、さっき王立国教会で巻き込まれた騒動の話をしておいた。
サイモン様が国教会から面談を受ける件は、実質的には『尋問』になるだろうとのことだった。
あたしとしてはあまり妙な話が出て来なければいいと思うけれど、ユリオの件もある。
ソフィエンタと一緒に対処した、秘神セミヴォールが何か関わっていたりするのだろうか。
それが思い浮かんでため息が出た。
「ウィンはこの後どうするんだ?」
あたしの様子を気にするそぶりを見せずに、ウェスリーが問う。
こういう直接的なやり取りは少し気がラクだと思う。
「そうですね、情報共有をしたかったけれど、それも済んだし……。あたしまだお昼食べて無いんです。だからどこかで食べようと思うんですけど――」
「それならウィンさんも一緒にどうっすか? エリーのおススメでスフレの美味しい店に行くっす」
「俺もお勧めだぞ。料理研の仲間から評価が高い店だからな」
スフレかあ、卵をフワフワになるまで魔法や魔道具でかき混ぜて、それに小麦粉を入れて焼いたケーキだったような。
どちらかといえばお菓子のイメージが強いけれども、昼食になるんだろうか。
「数種類のチーズにベーコンが入って、ハーブで味を調えてあるにゃ「速攻で行きましょう!!」」
あたしが思わず脊髄反射的に同行を申し出ると、その場のみんなに笑われてしまった。
でもエリーの説明を聞いて、それを食べろとあたしの中の食い意地が囁いたんですよ。
その後あたしはみんなと一緒にデイブの店を離れ、王国南部料理の食堂でハーブとベーコンのチーズスフレを味わった。
食事中にシルビアの話になったけれど、王都での生活はだいぶ慣れたようだ。
本人は学院では料理研究会に入ったと言っているけれど、あたしの知り合いが多い気がするな。
もともと料理研は学院の公認サークルの中では一大勢力だし、まともなサークルだ。
特に心配するようなことは無いけれども。
そう言えばシルビアのお姉さんのグロリアだけれど、冒険者として上手くやっているらしい。
このまえ「彼氏が出来るかも」と言っていたそうだけれど、どうやらノーラに色々教わっているという話だった。
あたしとしてはノーラの名前を聞いた時点で、それ以上は踏み込まないことにした。
食事の後コウとシルビアは、まだウェスリーとエリーに王都を案内してもらいながら気配の扱いのトレーニングをするのだという。
「ウィンも一緒にどうだい?」
「ありがとうコウ。でもちょっとさっき話した件でくたびれてるから、寮に帰るわ」
コッテリ系トロトロチーズとスフレの食感に癒されてはいたけれど、あたし的には秘神と対峙したこともある。
早々に寮に戻って一息つきたかった。
「そういうことなら仕方ないにゃ」
「疲れているなら甘いものでも買って帰ればいいだろう。幾つか菓子屋を教えてもいいが?」
珍しくウェスリーがまともなことを言ってくれたな。
「ウェスリー先輩がまともなことを言っている気がします。やっぱり疲れているんでしょうかあたし」
「俺は常に正論しか並べていないぞ。凡人にはそれが分からないだけなのだ」
果たしてそうだったろうか。
「まあいまは、俺のライフワークであるイールパイの話はいいか。そうだな、俺のイチ推しはドライフルーツとナッツのスコーンを出す店だが――」
ウェスリーのライフワークうんぬんは自動的に無視したけれど、甘いものの店を幾つか訊き出すことが出来た。
あたしは礼を言いつつ、みんなに手を振って別れた。
その足で商業地区を歩き、ウェスリーから教わった表通りの店でスコーンを買った。
そのまま身体強化と気配遮断して王都を駆け、あたしは寮に戻った。
事後報告をしようと思い、あたしは自室でラフな格好に着替えてからアルラ姉さんの部屋を訪ねる。
すると寮に戻ってきているみんなも交えて話をしようということになり、食堂に集まった。
集まったのはサラ、ジューン、アン、ディアーナ、アルラ姉さんだ。
キャリルやロレッタ様、ホリー、プリシラ、ニナは未だ寮に戻っていないという。
「たぶん伯爵家か侯爵家で、お昼を頂いているのかも知れないわね」
なにそれ聞いて無いです。
あたしは一瞬アルラ姉さんの言葉に愕然としたけれど、直ぐに気を取り直した。
コウ達と食べたチーズスフレは美味しかった。
みんなの分も買ってきたスコーンを、目の前のテーブルに広げたけれど美味しそうだ。
「あたしの選択は間違っていないと思いたいわね」
「選択? どしたんウィンちゃん?」
「何でもないわ、――それじゃあ周りを防音にして説明するわね」
そうしてあたしは【風操作】で周囲を防音にして、みんなとキュロスカーメン侯爵家の邸宅で別れたあとの話をした。
配膳口でハーブティーをもらってきてあるので、それと一緒に買って来たスコーンをかじりつつ話を進める。
デイブの店でも話した後だから、みんなには分かり易く説明できたと思う。
「――そういうことで、いまは教皇様が後始末をしてるんじゃないかしら」
あたしの説明を聞いたみんなはそれぞれ考え込んでいたけれど、アンが口を開く。
「プリシラちゃんのことで心配してたけれど、サイモンさまが大変なことになっていたのね」
「あなたたちが無事だったなら、私としては何の心配も無いわ。元々国教会ならプリシラちゃんのことは大丈夫と思っていたし」
アンの言葉に笑顔を見せながら、アルラ姉さんがあたしに告げた。
「でも儀式の影響でそんなことが起こるんですね……」
ジューンは何やら考えているけれど、秘神セミヴォールの話は出来ないんだよな。
「まあね。ただちょっと錯乱した人たちを相手にするのは、気分的にくたびれたのはあるわね」
あたしがそう言ってため息をつくと、ディアーナが済まなそうな表情を浮かべる。
「そういうことなら、私も同行した方が良かったかも知れませんね。これでも荒事にはそれなりに慣れているので」
「それは結果論だと思うわディアーナ。あたしもあそこまで大規模な騒動になるとは思ってなかったもの」
「それは確かにそうですね」
ディアーナはそう言ってあたしに微笑んだ。
その直後、あたしの視界が切り替わった。
真っ白な空間だから、自分が居るのが神域だと直ぐに分かる。
あたしの目の前にはディアーナが立っていて、あたしに怪訝そうな表情を見せている。
でもすぐ右手に知った気配があるので、あたしはそちらに向き直った。
「それでソフィエンタ、何か話があってあたしを呼んだのよね?」
ここに呼ばれたということは、そういうことなんだろう。
「ええ、疲れているところゴメンなさいね」
あたしに応えるソフィエンタの横には魔神さまが立っている。
魔神の巫女であるディアーナも呼ばれているし、今回はどういう話なんだろうか。
「ええと、そうね。まずはちょっとウィンの気力を回復させるわ」
ソフィエンタがそう言ってあたしをじっと見ると、何となく気分的にラクになった気がした。
「何か回復の奇跡でも使ったの?」
「奇跡って言うほどのものでも無いけれど、何となくくたびれてる感じがしたのよ。それを治したわ――さて、順番に話をするから、みんなで座りましょうか」
ソフィエンタは何も無い空間に視線を向けると、そこにはラウンドテーブルが出現し、四人分の椅子と茶菓子とカフェオレが用意された。
「あの、薬神さまですか?」
「こんにちはディアーナ。こうして会うのは初めてですね。いつもウィンがお世話になっています。感謝しますよ」
ソフィエンタが比較的よそ行き風の笑顔を作って微笑むと、ディアーナは姿勢を正す。
「そんな! お世話だなんて……。わたしの方がウィンさんにお世話になってばかりで」
「いいえ、あなたがウィンの友達でいてくれることは、この子の助けになっています。本当にありがとう」
「はい! でも、こちらこそウィンさんが友だちでいてくれて感謝します。ありがとうございます!」
そう言ってディアーナは背筋を正して一礼した。
それを見てソフィエンタが魔神さまに視線を移す。
「ちょっとアレスマギカ。あなたにはもったいない実直な子じゃないですか。ちゃんと大切にしないと駄目ですよ?」
「無論ですよソフィエンタ先輩」
そのやり取りを伺いつつ、あたしはソフィエンタに問う。
「それで、何か話があるのよね?」
「そうね。立ち話も何だから座りましょう?」
ソフィエンタに促されて、あたし達はそれぞれ好きな席に着いた。
「さて、どこから話しましょうか」
「そもそも何の話があったの? ディアーナを呼んだのは、お礼を伝えるためだけじゃ無いわよね」
あたしの問いにソフィエンタは頷く。
「ええ。詢術と魔法と、『諮詢の女神』の話をしておこうと思ったのよ」
「どうやらソフィエンタ先輩が魔法の話をするらしいので、ぼくも聞いてみたくて同席したんだ」
「独り言を聞かれたのよ」
ソフィエンタがそう言って困った顔をすると、ディアーナがじとっとした視線を向ける。
「ええと、薬神さまは魔神さまに独り言が聴こえる距離に居たんですか?」
「そんなことは無いわよ。でもこの神、『魔法』ってキーワードに異常に反応して突然湧いてきたのよ。そういう意味では、魔法の守護者っていうのは伊達じゃあ無いわね」
そう言ってソフィエンタが息を吐くと、途端にディアーナがコロッと機嫌良さそうな笑顔を見せる。
「そうだったんですね。魔神さまは流石です」
「それで、ソフィエンタ先輩から珍しい話が聞けそうだから、ディアーナを呼ぶことにしたんだ」
「すべて納得しました! 素晴らしいです!」
何やらディアーナは嬉しそうに頷いているけれど、ソフィエンタはそれを見て再度ため息をついていた。
「ええと――、ウィンはあたしの分身だから、『詢術』という技術に適性があると思うの。でもあたしとしては魔法の方が技術としては王道だから、そっちを学んで欲しいのよ」
「ふーん……。なら黙っていれば良かったんじゃないの?」
「そうなんだけど、『諮詢の女神』をすると、どうせそっちの話になる気がしたのよ」
ソフィエンタの異称の話か。
「異称の話は必要なの?」
「あたしは必要だと判断します。だからそうね――順番に話をするわ」
そう言ってからソフィエンタは、テーブルの上のカフェオレを一口飲んだ。
ウェスリー イメージ画 (aipictors使用)
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