03.事後処理はいま始まった
ビジネススーツの集団は神々とのことだったけれど、仕事で来ているとのことだった。
あたしに紹介とかは無かったけれど、そもそもアシマーヴィア様やらティーマパニア様に友達になってもらっているのが異常だろう。
創造神さまだとか豊穣神さまに普通の人が会う機会とかも無いはずだ。
そう思いつつ彼らの動きを目で追ってしまう。
「ウィンちゃんは彼らが気になるかしら?」
「いえ、メモを取っているだけのようなので、なにを記録してるのかなって思っただけです」
アシマーヴィア様に応えると、ソフィエンタが教えてくれた。
「彼らは法の神格群よウィン」
「法の神格……。法ってことは裁きを下したりする神々ってこと?」
「その通りだけれど、神々を裁く神々ね~」
人間を裁く神々とは違うということなんだろうか。
どっちにしろ怖そうな感じがするので、あたしは大人しくしているけれども。
「べつに彼らがあたし達に絡むようなことも無いわよウィン」
「そうなんだ?」
「ええ。必要なら詳しい報告はあたしから行うし、彼らの手際なら全部説明しなくても、この場で何があったのか把握してくれるわ」
「なら仕事の邪魔をしないようにしておくわよ」
やがて一通り調査が終わったとのことで、この場所から引き上げるとビジネススーツを着込んだ神の一柱が告げた。
彼らによれば、今の段階ではソフィエンタやあたしに確認したいことは無いそうだ。
秘神セミヴォールの塩の像は、彼らが手分けして抱えて持ち帰るとのことだった。
そうして彼らはあたし達に手を振って、ぞろぞろと部屋を出ていった。
「それじゃあワタクシたちも戻りましょうか」
「そうしましょう。――ウィン、今回はこのままあなたが攫われた直後の時間に送り届けるけれど、何があったのかは秘密にしてね」
「もちろんよ。アシマーヴィア様、ソフィエンタ、ありがとうございました」
「「はーい」」
そしてソフィエンタが「じゃあねー」と告げた次の瞬間に、あたしは自分が神官戦士団の『屋内訓練場』に立っていることに気が付く。
訓練場の中にはキャリルとエリカの気配があるし、神官戦士団の皆さんの姿があった。
あたしがキャリル達の方に視線を向けると、彼女たちは先ほどまでと同じ位置で神官戦士団の人たちと話し込んでいる。
思わずホッとするけれど、この訓練場の中にはユリオの姿は見当たらなかった。
王立国教会本部の適当な地点に戻すという話だったし、ソフィエンタなら上手くやるだろう。
身体的には疲労は無いけれど、何というか気疲れしてしまった。
「まったく、無事に戻れたから良かったけど、面倒くさいわよね」
あたしがそう漏らしてため息をついていると、その様子をキャリルに見られてしまった。
彼女は何やらニコニコしながらエリカと二人で歩いてくる。
ユリオを乗っ取った秘神セミヴォールがここに来た時、あたしに妙な言動で声を掛けた。
でもキャリルのこの様子では、あの時のことは気が付かなかったんだろう。
ソフィエンタ辺りがどうにかしてくれたのかも知れないけれど、彼女はそれを気にしているそぶりはない。
それはいいのだけれど、キャリルは何をニコニコしているんだろうか。
「ウィン、朗報ですわ!」
「ん? どうしたのよキャリル」
「何やらため息をついていた様子ですが、退屈していたのでしょう?」
とんでもないことを言い始めたぞこのマブダチ。
「いや、べつに退屈とかそういう話は無いわよ?」
「わたくしには隠さなくても良いのですわウィン。あなたの力量では、錯乱した彼らへの対処は物足りないと思っていたんですの」
「いや、そんなことは無くてね……」
どう話したら、この状況の安全装置を作動させられるんだろうか。
一応さっきまで感じていた奇妙な予感は、キレイさっぱり感じなくなっているけれども。
キャリルが嬉しそうに説明するところでは、闇曜日には神官戦士団の訓練施設は一般の信者にも開放されているとのことだった。
事前の予約なども不要で、ここを訪ねれば神官戦士団の人たちとスパーリングが出来るらしい。
その話を聞く限りでは、ユリオがこの場所に居た理由が何となく察しが付く。
あの人は元々、今日は神官戦士団の人たちとスパーリングをしに来たんじゃないだろうか。
でもいまはその話はどうでもいいか。
「あたしは休みの日には休むわよ?」
「でもウィンは、魔法の鍛錬には参加しておりますわよね?」
「それはそれよ」
さて、あたしはどうやったら、こちらに向いたキャリルの意識をエリカあたりに向けられるのだろうか。
あたしの事後処理はいま始まったのかも知れなかった。
結局あたしは『まだ錯乱している人が居るかも知れない』と言って、話を逸らすことに成功した。
キャリルとエリカと三人で神官戦士団の訓練施設を離れて、別の場所を調べに向かう。
念のため周囲の気配を確認するけれど、実際問題まだ片付いていない場所があるようだった。
そういう場所に向かって対処しているうちに、キャリルのところにシンディ様から魔法で連絡が入った。
「どうやらほぼ片付いたようですわウィン。ここから先は、王立国教会の神官の方々が中心になって対処するとのことです」
「ようやく終わったのね、了解よ」
シンディ様の指示では最初に集合した車寄せのところに集まるという話だったので、あたし達は速やかに移動した。
あたし達が到着すると、キュロスカーメン侯爵家とティルグレース伯爵家の手勢はそれぞれ整列している。
あたし達が到着してからも合流する人が居るので、まだ全員揃うにはすこしかかるだろう。
それでもシンディ様とニナがその場にいるので、あたし達は二人のところに向かった。
「お婆様、訓練施設にいらした神官戦士団の方たちは、元に戻りましたわ」
「良い手際ですキャリル。ウィンもお見事ですわ」
「ありがとうございますお婆様」
「恐れ入りますシンディ様」
その後キャリルはシンディ様に国教会の敷地内の様子を確認したけれど、ケガ人などは出なかったそうだ。
当初は錯乱した人たちで溢れていたけれど、みな思い思いに酔客のように行動していただけだったようだ。
「暴動のような事態になっていなくて幸いでした。神々のご加護があったゆえと述べる神官の方々もいらっしゃいましたわね」
シンディ様はそう言って微笑む。
実際問題ここでケガ人などが出ていたら、納豆状の奇妙な魔力を弾けさせたサイモン様を非難する声が出てくるだろうか。
儀式を行っていた教皇さまも、責任問題でまた軟禁生活などになったらかわいそうだ。
「騒ぎの規模としては大きかったですけれど、ケガ人が出なかったのは良かったですね。イネス様も安心されるのではないですか?」
あたしがイネス様の名を出すと、シンディ様は困ったような笑みを浮かべる。
「責任問題にはならないでしょうけれど、国教会とサイモンの面談は行われるでしょう。その内容によっては、イネスも頭を抱えるかも知れませんわね」
「なにか大きな責任問題となる話があるのでしょうか?」
キャリルがシンディ様に問うが、シンディ様は柔らかく微笑んだだけで回答を避けた。
その様子にキャリルは表情を堅くした。
ニナがその様子を見て穏やかに微笑む。
「キャリルよ、いま気にしても仕方が無いのじゃ。もしプリシラが悩むようなことになったら、妾達が相談に乗ればいいのじゃ」
「あたしもニナに同感よ」
「たしかに、わたくし達は自分たちが出来ることをすれば良いのですね」
「なんでもかんでもあたし達が片付ける必要は無いと思うわ。友達のためのことで手を抜くつもりは無いけど、もっとラクに考えましょう?」
あたしの言葉にひとつ息を吐き、キャリルは笑顔を浮かべた。
イメージの働きによって『存在の虚数域』に造られた通路を、秘神マスモントは歩いていた。
心象が反映されたのか、あるいはそのような趣味が反映されたのか、打ちっぱなしのコンクリートに照明器具が設置されている飾り気のない通路だ。
やがてマスモントは通路の壁に突如現れる木製の扉を目に留めると、ひとつため息をついてから開き、中に入った。
扉の中にはバーカウンターがあり、カウンターの中には秘神オラシフォンの姿がある。
「おう、じぶん、エラい深刻そうなツラしとるな。つかその恰好何なん? 表の貌を忘れんようにしたいんか?」
マスモントが視線を向けたオラシフォンは漆黒のバーテンダーベストを着込み、腕組みをして浮かない表情をしていた。
それでも顔を上げて視線をマスモントに向けると、オラシフォンは怪しげな笑みを浮かべる。
「そういうマスモント氏も、なかなかフォーマルな格好をしているでござるね。デュフフフフ」
マスモントは漆黒のスリーピーススーツに濃い色のシャツを合わせ、黒いネクタイを着けていた。
「ま、たまにはこういうカッコもええやろ」
そう告げてマスモントは、促される前に勝手に好きな席に腰掛ける。
オラシフォンもカウンターにグラスを二つ用意し、棚から手に取ったボトルで酒を注ぎ、彼らはグラスを手に取って掲げる。
「「同胞へ」」
秘神たちはそう告げてストレートのまま飲み干し、グラスをカウンターに置いた。
彼らが『同胞』と呼んだのは秘神セミヴォールのことだったが、法の神格群に捕まったことは把握していた。
捕まった秘神セミヴォールはその本体がいずれ露見するだろうが、そこからマスモントやオラシフォンまで手繰られることは無い。
自分たちがステルスモードになった段階で、仲間の本体が探られ無いように霊的に細工をしてある。
そこは心配していなかったが、単純に仲間がまた一人減ってしまったことは問題ではあった。
「この宇宙の仲間はワイらだけになってもうたな」
「なかなか活動しづらくなってしまったでござる」
「活動か。二人になってもうたし、今度は『異端の双星』とか名乗ったらええのとちゃう?」
冗談めかした口調でマスモントが告げて苦笑すると、オラシフォンは視線を落とす。
「今後の方針はどうするでござる? よその宇宙から仲間を呼ばないのでござるか?」
「それもええねんけど、この状況もおもろいし悪ないと思うんやけど」
「あまりのんびりもしていられないと思うでござるよ。この短期間に二柱が脱落したでござる」
二柱というのは今回の秘神セミヴォールと、その前に脱落した光神ハクティニウスのことだった。
「予定どおり、“血神”を少しずつ進めたらええねん」
そう言ってマスモントは席から立ち上がる。
「確かにそうでござるね。セミヴォール氏のように、ヘンに欲をかかないように気を付けるでござるよ」
「そうやな。――ほな、ボチボチいくわ」
「お達者で、マスモント氏」
「じぶんもな、オラシフォン」
互いにそう言い合って手を振り、彼らは別れた。
オラシフォンはバーカウンターの中から、マスモントが出ていった扉を眺めつつ呟く。
「ああ言ってマスモント氏はバトル気満々でござる。拙者が結局裏方仕事でごさるねえ」
嘆息しつつカウンターのグラスを片付けながら、オラシフォンは気を取り直して怪しげな笑みを浮かべる。
「まずは、“生け贄”にひと工夫するのを考えるでござるか。デュフフフフ」
その笑い声は、『存在の虚数域』の深部で誰にも知られること無く響いていた。
ティーマパニア イメージ画 (aipictors使用)
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