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01.自力で何とかすればいい


 あたしは王立国教会本部の神官戦士団の訓練施設で、奇妙な魔力によって錯乱した人たちに対処した。


 一通り対処が終わったところで、その場に何故かユリオの姿をしたそいつが現れた。


 秘神セミヴォールを名乗るそいつはユリオの身体と魂を乗っ取り、あたしを『存在の虚数域』に拉致したようだ。


 拉致といっても主観的にはあたしが居た『屋内訓練場』から移動していないので、神としての権能を使ったんだろう。


 あたしとしては逃げるにせよユリオから秘神を引きはがすにせよ、そいつをどうにかする必要があった。


 秘神はあたしを『手駒にする』とも言っていたけれど、有効な手立てが思い浮かばない。


 そんな中、どういう経緯かソフィエンタがその場に現れて形勢逆転した。


 ソフィエンタは『諮詢(しじゅん)の女神』とかいう異称を持っているらしい。


 加えて人間だったころから変態的な技術を持っていたため、神へとリクルートされたとか言っている。


「ちょっとウィン、なにか失礼なことを考えてないかしら?」


「気のせいじゃないかしら? それよりどうするの?」


 あたしの姿をして分裂するように現れたソフィエンタだったけれど、すでに勝負は決まったような顔をしている。


 油断とかマズいんじゃないのかな。


「手短に言うわ。あなたとあたしで『時輪脱力法(じりんだつりょくほう)』を使います」


「うん」


「ワザを当てると秘神の気配がユリオくんから大きくズレるようになるから、その隙を逃さずに気配を切り離すように絶技・識月(しげつ)を使って?」


 そのくらいなら出来るけれども。


 そういえば武器は【収納(ストレージ)】にあったか。


 この場所でも取り出せるのだろうかと思っていたら、ソフィエンタが無詠唱で両手に武器を取り出した。


 あたしの蒼月(そうげつ)蒼嘴(そうし)だ。


「はいこれ、代わりに取り出したから。半信半疑かもしれないけれど、あなたはいま自分の肉体でこの空間に立っているの。それは覚えておいて」


「ああそうなんだ。――分かったわ、ありがとう」


 自分の得物の短剣と手斧を受け取りつつ、少しだけ気を引き締める。


 あたし達の視線の先で、秘神は相変わらず脱出を試みている。


 見た目はユリオだけれど、乗っ取ったのはユリオ本人の実際の肉体なんだろう。


 その事実を知った時点で、あたしのスイッチが入った気がした。


 勝手に他人の身体を乗っ取るとかあり得ない。


 そう思うとあたしの心に怒りが宿る。


「ねえソフィエンタ。あの秘神をブッ飛ばすのはいいけれど、あなたが直接解決は出来ないの?」


「あー……。できるけど、たぶん怒られるか怒られないか微妙な辺りなのよ」


「ん? どういうこと? だれに怒られるの?」


「あたしがやると、ユリオ君ごとセミヴォールを塩の像にしちゃうかなって感じ?」


 あたしの姿をしたソフィエンタが、胸を張っててへぺろしやがった。


 どうしようホントにこの本体。


「――さっきあなた、『現実改変は得意なんですキリッ』って言って無かったかしら?」


「仕方ないじゃない。それでもあたしのワザ、相当凄いのよ?」


「それはそうかも知れないけどさ」


 でもこうやって言い合いをしている時間が惜しいか。


 秘神が何やら諦めたのか、こちらに視線を向けているし。


 あれは自滅覚悟で、こっちに向かってくるつもりじゃあないだろうか。


「まあいいわ。あたしが識月で切り離したら、その後はどうするの?」


「分離できた分をあたしが塩の像に変えて行くわ。視線で発動できるから心配しないで」


「変えて行く?」


「あたしがいいって言うまで、『時輪脱力法』で引きはがしてから絶技・識月で切り離して。ぜんぶ塩の像にするから」


 それはえげつないな、同情はしないけど。


「分かったわ。始めるわよ?」


「分かったわ。行きましょう」


 あたしとソフィエンタはそう言って秘神セミヴォールを見据え、同時に頷いて高速移動を開始した。




 あたしが秘神の死角に移動すると、ソフィエンタも並ぶように移動して隣にいる。


 あたしの思考を読んでいるのか、行動パターンを読んでいるのか、それとも秘神セミヴォールの隙を感じたのか。


 ふとそんなことを思いつつも、あたしはそっと得物を握った拳のままで秘神に触れる。


「よいしょっと」


 呟いたのはあたしだけで、ソフィエンタは無言で手を出していた。


 あたし達の手が触れたのが切っ掛けだろうか、秘神の気配がユリオの身体から大きく飛び出す。


 さっきあたしが独りで試した時よりも、飛び出す幅が大きい気がする。


「ズルいんだぉ、許さないんだぉ!」


 秘神セミヴォールはなにやら喚いているけれど、あたしとしては攻撃に集中する。


 秘神はあたしへと掌打を放ってくるので、あたしは向かって左側から、ソフィエンタは逆側から回り込む。


 秘神の背後を二人でとって、再度放つ。


「あらよっと、どっこいしょ」


 こんどは連撃で放ったら、ソフィエンタもそれに合わせてくれた。


 秘神はというとその連撃が効いたようで、大きくずるりと気配がはみ出てきた。


 あたしは直ぐにその傍らに移動しながら、武器と身体に時属性魔力を纏わせ四閃月冥(しせんつくよみ)を左右の手で放つ。


 キィィィィィィィィィン――――


 蒼月と蒼嘴が意志を持ったかのように鳴き、硬質な音が周囲に響く。


 それと同時に、秘神の気配の一部はユリオの身体から切り離されていた。


 あたしの手の中に、根源的な部分での切断をイメージさせる感触が余韻として残っている。


 それを認識する間にソフィエンタが何やら術を使ったのだろう、秘神の気配があったところに塩の像が出現してゴトッと床に転がる。


 塩の像は上半身だけの神像のような、奇妙な物体だ。


 詳しく調べるのは後でもいいだろうと思い、あたしは当初のソフィエンタの指示通り秘神の背後に移動する。


「えいやっさ、ほいさっさ」


 そうしてソフィエンタと共に得物を握りしめた拳で『時輪脱力法』を使い、飛び出た秘神の気配を絶技・識月で切り離した。


 二回ユリオの身体から秘神の気配を切り離す辺りまでは、まだなにやら秘神は反撃しようとしていた。


「ボクチンたちは間違って無いんだょ!」


 勝手に人様の身体や魂を使って偉そうだな、この神さま。


 権能を磨くとか言うなら、神さまなんだから自力で何とかすればいいのに。


 秘神はユリオの記憶を読んでいるのか、風牙流(ザンネデルヴェント)のような動きで掌打を繰り出して反撃をしてきた。


 あたしとソフィエンタには通じなかったけれども。


 三回目に絶技・識月で秘神の気配を切り離した辺りで、構えは取っているものの秘神はほとんど棒立ちになっていた。


「もうイヤなんだンゴ……」


 何を呟いてるんだこの神さまは。


 あたしとソフィエンタはそこからは作業をするようにユリオから気配を切り離し、塩の像を床に転がした。


 五つ目の塩の像が床に転がったところで、ユリオがその場で膝から崩れる。


「ウィン! もういいわ」


「分かったわ」


 その言葉であたしは構えを解く。


 ソフィエンタが説明してくれたけれど、ユリオの身体や魂を乗っ取っていた秘神セミヴォールは、おおよそ塩の像に変えることが出来たようだった。




 秘神セミヴォールはこの『屋内訓練場』を『存在の虚数域』とか言っていたけれど、要するに神の権能であたしは連れ去られたということなんだろう。


 でも前に訊いた話では、この空間は追跡が難しいという話じゃ無かったんだろうか。


 あたしがそれを指摘すると、ソフィエンタは笑みを浮かべる。


「覚えてないかしら? あたしとアシマーヴィアがウィンに祝福(ブレス)を与えた時に、色々手を打ったんだけれど」


 そう言われればそんなことがあった気がする。


 あたしが神格から知った情報は、人間などには知ることが出来なくなった。


 それに加えて邪神群があたしの記憶とかを覗こうとしたら、ソフィエンタとアシマーヴィア様のところに警告が出て、パスワードみたいなものが要求されるのだったか。


 地球のSF映画で出てきた謎科学みたいな説明をされた記憶がある。


「もしかして秘神があたしの祝福をのぞき見しようとして、その警告がソフィエンタのところに行ったのかしら。それを追って来たってこと?」


「正解。あたしはあなたの本体だから、『影究(テナシティシャドウ)』の『影縛居』のスキルをちょっと応用してあたしの気配で分身を作ったのよ」


 『影縛居』は気配を誤認させるスキルで、あたしは『疑似瞬間移動』や『間合いの誤認』に使っている。


 でもソフィエンタによれば、充分な神の気配を注ぎ込めば自己判断できる分身が作れるそうだ。


「できるのそんなこと?」


「できてるじゃない今?」


 いや、そうなんだけれども。


 あたし的には微妙にモヤモヤしたものが残ってしまったけれど、助かったのは事実だ。


「まあいいわ。助かったわソフィエンタ、ありがとう」


「どういたしまして! あとアシマーヴィアにも警報が飛んで、慌てていま色んな手続きしてくれてるわ」


「手続きって?」


「このあと秘神セミヴォールを捕獲して、塩の像から元の状態に戻して尋問するわ。それで本体を特定する手筈なの」


「塩の像から……。元に戻るのこれ?


 思わずあたしは床に転がる塩の像の一つを指さす。


 神さまを塩の像にしたものを『これ』呼ばわりだけれど、いまは勘弁してほしい。


 あたしは何やらこの神さまに狙われていたし。


「あたし達にかかれば何とでもなるわよ」


「ふーん……。あと、アシマーヴィア様が来てくれるの?」


「ええ。いまごろこの空間の近くまで来てるとおもうわ」


 でもここは閉鎖されているんじゃなかったのか。


 あたしの思考を読んだのか、ソフィエンタが告げる。


「外からは入れるわよ。合流した段階で閉鎖を解くわ」


「はー……、割と何でもアリね。詢術(しゅんじゅつ)っていったかしら?」


「閉じるのに使ったのは詢術ね。べつに何でもアリじゃあ無いわ。――あたし的にはウィンでも詢術は教えたくないかなあ。分身だから適性はあるでしょうけれど」


「……ふーん」


 思わずどんな技術なのかを聞こうかと頭に過ぎったけれど、ソフィエンタがこう言った以上ヤバそうな予感もする。


 そもそもソフィエンタがそういう技術を使えたということが、あたしの記憶にないのはどういうことなんだろう。


 地球の日本での記憶は、わりと妙な小ネタまで残っているのに。


 そこまで思い至り、あたしは得物を【収納(ストレージ)】に仕舞って待つことにした。


 ソフィエンタはその様子を見て微笑んでいたけれど。



挿絵(By みてみん)

ソフィエンタ イメージ画 (aipictors使用)




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