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12.道具と捉えることも磨くことも


 気が付いたらあたしは、ユリオの姿をした秘神セミヴォールを自称する存在に、『存在の虚数域』という場へと連れ去られていた。


 連れ去られたと言っても、意識の上ではさっきまで居た場所と同じなんですけど。


 王都の王立国教会本部にある、神官戦士団の屋内訓練場から動いていない。


 でも突然神官戦士団のひとたちやキャリルとエリカが姿を消したし、秘神の話ではキャリル達が居なくなったんじゃなくてあたしを『招待した』と言っている。


 身体や魂を乗っ取られているというユリオを救うにせよ、逃げるにせよ、ユリオの姿であたしに話しかけてくる秘神を何とかしなければと思う。


 『時輪脱力法(じりんだつりょくほう)』を使うと、ユリオの身体から秘神の気配がズレたりしている。


 けれどダメージにはなっていないようで、どうしたものだろうと思っていたら、ふとしたきっかけでソフィエンタが現れた。


 あたしの身体からソフィエンタの気配を分裂させて登場したのだけれど、まるで分身の術みたいにあたしの姿をしていた。


「どうやって来たの?!」


「企業秘密よ、その話はまた後で」


 そう言って (あたしの姿の)ソフィエンタはウインクしてみせる。


 彼女の様子にあたしは内心すこしだけホッとする。


「それよりもちょっとあなた! うちの巫女をこんな場所に拉致してどうするつもりだったのよ、この変態野郎!」


 ああ、なんかキレてるなあ、ソフィエンタ。


「薬神がなんでここに来れたんだぉ? 変態とかヒドいぉ!」


 どうやら秘神はソフィエンタのことが分かるみたいだ。


 やっぱり姿とかが違っても、気配で認識できるんだろうか。


「だまらっしゃい! あたしの加護があるからまだ大丈夫だけど、そんなネチャッとした気配を向けたらウィンは正気を失っちゃうじゃない!」


「むしろそれでボクチンたちの手駒になってほしいんだンゴ」


「だが断わる!」


 何やらソフィエンタと秘神は言い合いに突入してしまった。


 その間にも目まぐるしく、ソフィエンタからかなり薄い神気がこの場所の四方八方に伸びている。


 秘神は反応する様子は無いけれど、そもそも気付いていないようだ。


 あたしとしてはよく分からないけれど、あれはソフィエンタが何か仕込んでいるんだろうか。


「そもそも非主流派とか邪神群とか言われて、『ぼくら迫害されてまーす』って顔して好き勝手に世界に介入してるのはどういう了見なのよ! 仮にも神でしょあなた達は」


「仮じゃなくてちゃんとした神ンゴ! むしろ非主流派っていう扱いがおかしいぉ!」


 秘神のその叫び声に、ソフィエンタは重いため息をついてから問う。


「どうおかしいっていうんですか? やってることは裏工作と迷惑行為ですよね?」


「ようやく話が進むょ。根本的な話をするぉ!」


「話が進む? 言い訳を並べてもムダですけど、いちおう拝聴します」


 ソフィエンタの言葉にイヤそうな表情を浮かべつつ、秘神は告げる。


「当たりが強すぎるんだぉ……。この世界って、その存在意義は魂を磨く場所なんだぉ」


「それは分かります」


「それなら神々だって例外じゃ無いしぃ、自分たちの権能を磨き続けるのを突き詰めることこそ、『世界の本義』なんだンゴ!」


 ユリオの姿をした秘神はそう言い放って虚無的な笑みを浮かべた。




 あたしとしてはいちおう理解はできる視点だ。


 自己の研鑽を行動原理とするのは、べつに人間社会でも普通に見られることなので。


「それが邪神群の総意ですか?」


「共通の問題意識、が正しいンゴ」


 秘神はソフィエンタへとそう告げて、嬉しそうにネチャッと嗤う。


 それに対しあたしの姿で呆れたような表情を浮かべて、ソフィエンタが応える。


「要するに『ぼくたち神として自分探ししまーす』って言って、職務放棄してるだけじゃないですか?」


「やっぱり当たりが強すぎるんだぉ……」


「あたしたちは、『この世界にいる多くの魂たちのための場所を守る』のが、存在意義なんです。あなたが研鑽しているという神としての権能とかも、結局は職務のための道具ですよ?」


 ソフィエンタが言っているのは、たぶん創造神さまをはじめとした神々の主流派の常識みたいなものなんじゃないだろうか。


「ねえ、自分探しするヒマがあるなら仕事しましょうよ? 疲れたなら休暇を取ればいいじゃないですか?」


「自分探しじゃ無いンゴ! 薬神は志が淡泊なんだぉ!」


「だまらっしゃい、この神域ニート!」


「ニートじゃないンゴ!! ひどすぎなんだンゴ!!」


 ソフィエンタに圧を強められた秘神セミヴォールは、あたしにすがるように視線を向けてきた。


「巫女ちゃんはどっちが正しいと思うんだぉ?」


 正直そんなことに巻き込まないで欲しいんですけど。


 秘神だけじゃなくて、ソフィエンタも興味深そうな視線をこちらに向けた。


 というか、神々なんだから自分たちの仕事のことは、自分たちで考えてくださいよ。


 そう思いつつあたしは告げる。


「ええと、あたしは基本的に『ラクこそ正義』と思っているんですよ」


「「いさぎよい (わね)(ンゴ)」」


 言葉が被ったソフィエンタと秘神は、互いに困った表情で視線を交わしてから、あたしの方に向き直る。


「それって怠惰を目指してるわけじゃ無いんです。たぶん……、ややこしい現実をより上手に生きられるように色々試してるってことだと思ってます」


 そう言ってあたしはソフィエンタの方を見る。


 すると彼女は微笑む。


「大丈夫よ、続けて」


「うん。あたしの目線では、神さまの権能を道具と捉えることも、神さまの権能を磨くのも間違いじゃあ無いと思います。でもあたしは、迷惑な遊びはゴメンです」


「迷惑ってひどいンゴ……」


 秘神が何かつぶやいているけど、あたしはスルーする。


「だから……、そうですね、あたしは日々を過ごすために、自分の力を道具と捉えることも磨くことも、両方求めていいと思うんです。誰かに迷惑を掛けない範囲で」


「さすがウィンね!」


 ソフィエンタはそう言ってサムズアップしてみせた。


 それに対し秘神セミヴォールは何やら肩を落としている。


 そこまで酷いことを言ったつもりは無いんだけれども。


「やっぱりその程度なんだねぇ。生命って生きているだけで奇跡みたいなものなんだぉ……。だからこそ、ひとつのことを磨き続けてこそ、見えるものがあるんだンゴ」


 どうにも秘神にとって、あたしの答えは誤答扱いのようだった。


 そんなことを言われても、あたしは正直に自身の実感を言葉にしただけですけど。


「キミは気に入らないンゴ、手駒はいいゃ。――――消えちゃえ」


 秘神セミヴォールはそう言ってあたしに虚無的な視線を向け、ネチャッと嗤った。




 本能的な部分で軽い吐き気を催す秘神の笑みとともに、秘神から納豆のような質感をした特殊な魔力の塊が、あたしに弾幕のように飛来した。


「させないわよ」


 ソフィエンタがあたしの傍らでそう呟くと、秘神が飛ばしてきた魔力が霧散する。


「あり得ないンゴ!」


 目の前の結果に納得がいかなかったのか、秘神は焦ったように叫ぶ。


 そして今度はソフィエンタも巻き込むように魔力の塊を秘神が放つ。


 けれどあたし達に届く前に、その奇妙な魔力は虚空に霧散していくだけだった。


「何をしたんだぉ?!」


「秘神さん、何て名前でしたっけ?」


「セミヴォールって名乗ってたわよその神?」


 あたしが補足するとソフィエンタは頷く。


「セミヴォールさんは、あたしの異称はご存じないですか?」


「異称……? ええとたしか『諮詢(しじゅん)の女神』だぉ。 …………まさか! あの体系は宇宙ごと失われて?!」


「あたし、『現実改変』は人間だったころから得意なんですよ。熱的死を迎える宇宙の、生き残りたちの一人になるくらいには。だから神へとリクルートされたっていうか」


「あり得ないンゴ!」


 なにやら神同士で分かる話があるみたいだけれど、あたしとしては感想は一つだ。


 宇宙の生き残りたちの一人――


「どんな変態よそれ」


 あたしが横からツッコむと、ソフィエンタがイヤそうな顔を浮かべる。


「変態いうな! 呪いとか魔法とか神術とはちがう体系で、詢術(しゅんじゅつ)っていう技術を使えたの。Maatika(マーティカ)とも言われていたわそのワザ」


 そう言ってソフィエンタは不敵に微笑む。


「そのワザの本質は、“問いを源泉とした、神の奇跡を象った(すべ)”よ」


 だが彼女の笑みを見た秘神は逃げを打った。


「付き合いきれないぉ! ボクチンじゃ察知できないンゴ!」


 全速力で屋内訓練場の入口へと駆けて、扉を開けてくぐろうとする。


「追わなきゃ!」


「待ってウィン」


「でも!」


 あたしがソフィエンタの方に視線を向けると、彼女は笑みを浮かべたままアゴで秘神を示す。


「仕掛けは済ませてあるのよ。もう何をしても、彼はここから出られないわよ」


「え?」


 あたしが視線を秘神に戻すと、そいつが扉をくぐった分だけ身体が室内に戻ってきた。


「……どうなってるのあれ?」


「イメージ的には鏡に向かって飛び込んで、写像がそのまま飛び出してくるような感じで、部屋に戻ってくるようにしたわ。要するにこの空間はここだけで閉じた状態になったの」


 もちろんあたしは人間を辞めていないので、ソフィエンタのワザは理解できなかった。


 でも秘神セミヴォールの逃亡を防げたし、攻撃も防げるというなら手が打てるのだろうか。


 あたしは細く息を吐いてから告げる。


「ねえソフィエンタ、ユリオさんからあの秘神を切り離したいんですけど」


「元からそのつもりよ」


 そこまで話して、あたしはソフィエンタと頷き合った。



挿絵(By みてみん)

キャリル イメージ画 (aipictors使用)




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