10.ただ錯乱しているだけで
あたし達は移動を始める神官戦士団や侯爵家、伯爵家の手勢を横目に話を進める。
王立国教会本部の混乱を収めるのに助力する。
そこまでは決まっているし異論はない。
「それで、どこから対処しましょうか?」
あたしがキャリルとエリカに訊くと、キャリルが口を開く。
「そんなことは決まっておりますわウィン、神官戦士団の訓練施設に乗り込みますわよ」
ちょっとまってください。
なにがきまっているんですか。
「ええとキャリル、なんでそうなるのかしら? 先ずは大聖堂とか、その他の聖堂に来た信者さんたちに対処するべきじゃないの?」
「それは誰しも考える話ですわウィン」
「むむ」
それはそうかも知れないけどさ。
だから手伝いで向かうべきなんじゃ無いんだろうか。
「国教会に参列にきた方々は、他の皆さんが急いで対処するはずですの。わたくし達は見落とされがちなところに向かうべきです」
言っていることは一理ある。
「それがどうして神官戦士団の訓練施設になるのかしら?」
「心配しなくても、場所はもう訊き出してありますわよウィン」
「そういうことじゃないのよ」
「神官戦士団の訓練施設には、神官戦士の皆さんが居るはずですわ。彼らが正気を取り戻せば、わたくし達はラクが出来るはずですわよ?」
「クッ、一理あるのが恐ろしいわね」
確かにそうなんだけど、そもそも錯乱する神官戦士団の人たちを相手にするのがラクじゃあない気がする。
「ウィンちゃん、大丈夫ですよ。手が付けられ無さそうなら、引き返してこればいいじゃないですか」
「それはそうですよね。はあ……」
エリカに諭されて少しだけあたしの思考が動く。
「ねえキャリル、この状況での最優先事項は何だと思ってるかしら?」
「そうですわね、状態異常の方を治すことでしょうか?」
「それは戦略的な目標よね? あたしは最優先事項は戦えない人たちを優先して保護することだとおもうわ」
あたしがキャリルを諭そうとすると、横からエリカが告げる。
「その点も大丈夫ですウィンちゃん。手が足りないときはシンディ様から私に魔法で連絡が着ます。その時に指示された場所に急行すればいいと思いますよ」
「ぐぬぬ」
エリカめ、もしかしてある程度この展開を想定していたんだろうか。
あたしがじっとりした視線をエリカに向けると、彼女はニコニコと朗らかに微笑んでみせた。
釈然としないけれど、これはどうにもキャリルの案で動くしか無さそうな雰囲気だな。
「分かりました。そういうことなら、まずはキャリルの判断通りに行ってみましょうか。キャリル、場所は分かるのね?」
「もちろんですわウィン。先を越されないように大急ぎで参りましょう!」
「べつにさきをこされることはないとおもいます」
あたしは思わずそう呟いたけれど、その声に反応する人はこの場には居なかった。
今回は正装代わりに学院の制服を着て国教会に来た。
戦闘が行われる可能性を考えて、あたしは【収納】からワイバーン革のロングコートを取り出して着込んでいる。
キャリルにしてもエリカが用意したロングコートを着込んでいるし、手には相変わらずデッキブラシが握られている。
エリカに関してはティルグレース伯爵家特製の侍女服を着こんでいるので、ヘタな冒険者の装備よりも防御力は高いと思う。
エリカも手にはデッキブラシが握られているけど、魔力を込めると結構凶悪な武器になる気がする。
「それじゃあ行きますか――気が進まないけど」
あたしが肩を落としながらそう告げると、キャリルは対照的に胸を張って告げる。
「そうしましょうウィン。エリカも準備は出来ましたわね」
「無論です」
「では必勝を!」
「何に勝つのよまったく」
あたし達はグータッチしてから移動を始める。
身体強化したあとにその場を離れてすぐ、あたし達は目的の建物に辿り着いた。
外見上は歴史ある石造りの建築物だけれど、王都の建築物でいえば五階建てくらいの高さはあるだろうか。
ざっと建物の中の気配を探ってみるけれど、何というか雑多な感じがする。
悪意とかヤバそうな気配は感じないし、気配という意味では本人たちはご機嫌そうなのだ。
ただやっぱり歓楽街の酔客のような、謎のテンションで行動している人が多い気がした。
「――気配を探ったけれど、まともそうな人はなぜか残っていないわね」
「何人くらいいますかね。私は一階部分に数十人くらい居そうなのは分かりますが」
「あたしもエリカさんに同感ね。だいたいの数でいえば数十人くらいかしら」
概数では百人はいないと思う。
訓練場があるこの建物の一階に集まって、なにやら蠢いている感じだ。
そういえば、大司教さまが『着ているものを』とか言いかけていたんだよな。
中では変態な感じのアレな人たちが、ワラワラいるんだろうか。
そこまで想像して、あたしは背筋にゾクゾクっと冷たいものが走った。
「どうしたんですのウィン?」
「いや、ちょっとだけイヤなことを思いついただけなのよ……」
どうするかなあと思ってエリカと目が合うと、彼女は何かを察したのかあたし達に提案してくれた。
「少しだけ覗いてきましょうか?」
「お願いしていいですか? ヤバそうなら直ぐにここまで引き返してきてください」
「分かりました。――お嬢さま、すこし偵察してきます」
「分かりましたわ。注意なさいな」
そうしてエリカはデッキブラシを肩に担いで、神官戦士団の訓練施設の建物に玄関から入り込んで行った。
少し待つけれど、ときどき微かに建物の中から動物の叫びのような謎の奇声が聴こえる気がした。
まだ踏み込むことが確定した訳じゃあ無いし、それまで落ち着いていよう。
そう思っていた時期がありました。
「見て来ましたが、一線は越えていないようです」
エリカが戻って来ると開口一番そう説明した。
その報告は良かったのかどうなのか。
「分かりました、最悪の状況は避けられたなら幸いですけど……。行きますか、はあ……」
思わずため息を漏らすと、キャリルが不思議そうな顔をする。
「一線とは何ですの? 最悪の状況、ですの?」
キャリルはそう言って真っ直ぐな目であたしをじっと見つめるので、どう応えたらいいんだろうと悩ましい気分になる。
「気にしないでキャリル」
「そうですよお嬢さま。中に入れば、どうなっているかは直ぐに分かります」
「それもそうですわね。参りましょう」
「「はーい」」
ニコニコと微笑むエリカの顔を見ながら、あたしは暗澹たる気分で返事をした。
神官戦士団の訓練施設に入り、玄関ロビーの奥に進むと『屋内訓練場』という表札が付いた大きな扉がある。
それに近づくにつれて、奇声が大きくなってきた。
「エリカさん、本当に大丈夫なんですよね?」
「いちおう確認した限りでは、暴力沙汰だとか色々問題ある行動はしていないようです。ただ錯乱しているだけで」
「錯乱しているなら問題ではありませんの?」
キャリルがそう確かめるけれど、あたしとエリカはスルーして扉を開けた。
するとそこには数十人からの神官戦士団の人たちが、思い思いに騒いだりじっとしていた。
その屋内訓練場は石造りの内装で、広さ的には学院の部活用の屋内訓練場くらいはありそうだ。
建物の二階部分までを一部屋にした大きなスペースで、普段は神官戦士団の皆さんが武術をトレーニングしているんだと思う。
だがいまは――
立ち尽くして虚空を指さして陶然としている人が何人もいる。
他にもレスリングのように組み合ったかと思うと、その状態で歌を歌って離れたりする二人組が何組も見られる。
数名で円陣を組んで奇声を発しながら、その奇声でコミュニケーション (?)をしている人たちがいる。
あとは上半身ハダカで横一列になって二列で向かい合い、ポージング合戦する男性たちの集団が居る。
ポーズを決めるたびに、一斉に『フンッ!』とかナゾの気合を入れているのが割とブキミだ。
比較的まともそうに見えるのは約束組手みたいな動きを延々としている人たちだけれど、リズムが何というかゴーレムというか機械的な感じがした。
「アレを片付けるの? この部屋丸ごと戸締りをして、後回しにしていいんじゃない?」
あたしが視覚情報だけでお腹いっぱいになっていると、キャリルとエリカが冷静に告げる。
「状態異常が悪化したら問題ですわよウィン」
「状態異常を解くか、とにかく寝かせるか気絶させろという指示が出ているんです」
確かにそうだよなあと思いつつ、あたしは重いため息をついた。
エリカ イメージ画 (aipictors使用)
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