09.言い合いをする時間が惜しい
プリシラとサイモン様の儀式を行った部屋で、あたし達は簡単に打合せをした。
その結果、あたし達は二手に分かれることになった。
まずは気絶したサイモン様を学院の附属病院に連れて行くグループで、もう一つは教皇さま達に協力して事態の収拾にあたるグループだ。
病院組はイネス様を中心に、ウルリケ様、プリシラ、ホリーというメンバーとなった。
残りがお手伝い組でシンディ様を中心に、ニナ、キャリル、そしてあたしというメンバーになった。
「イネス、あなたの家の手勢は呼べそうですの?」
「そこは問題ありません」
「分かりました。教皇さま、イネスの家や我が家の手勢を呼んで、お手伝いしてもよろしいでしょうか?」
シンディ様の申し出に教皇様が笑みを浮かべる。
「無論ありがたいのじゃが、そうじゃな……。それぞれ一小隊規模で、多くとも三十名までに抑えてくれると助かるのう」
「あまり兵を多くしたく無いんですの?」
教皇さまの言葉に、キャリルが不思議そうに問う。
「吾輩個人としては、侯爵家と伯爵家の助力はありがたいのじゃ。しかし教会には神官戦士団も居る。彼らを働かせぬと、機嫌を悪くするものも少なくないのじゃ」
「キャリル、いまは国教会での事態ですが、これが我が家で起きた出来事だった場合を想像なさい。領兵を動かさない選択肢はありますか?」
シンディ様がそう問うと、キャリルは途端に焦った表情を浮かべた。
「教皇さま、差し出がましいことを伺って、申し訳ございませんでした」
キャリルが割とガチな感じで平謝りすると、教皇さまは「吾輩個人は本当は歓迎なんじゃがの」と言って笑っている。
部屋の中にいた神官戦士団の人たちが、一連のやり取りを生暖かい視線で眺めていたのがあたしの印象に残った。
結局その後シンディ様とイネス様がその場から魔法で連絡を入れ、全員で十五分から二十分後を目標にあたし達が入ってきた車寄せに向かうことになった。
教皇さま達とあたし達はそこで健在な神官戦士団メンバーと、侯爵家と伯爵家の手勢に合流し、国教会の中の混乱を収拾するのに参加する手はずだ。
念のため教皇さまに月輪旅団に連絡を入れるか確認したけれど、やんわりと断られた。
現状でもあたしをまき込んでいるのに、依頼を出していないのに呼びつけると月輪旅団に迷惑をかけると言われてしまった。
仕方がないのであたしとしては、デイブにのちほど事後報告することにした。
「それでは移動するかのう」
教皇さまの言葉を受けて、あたし達は儀式を行った部屋を後にする。
部屋を出てすぐに、あちこちで妙な気配の人たちがウロついていることに、改めてウンザリする。
「ええとシンディ様。様子がおかしな人を見かけたら、状態異常を治すようにすればいいんですね?」
「それは理想ですね。でも眠らせたり気絶させるだけでも、十分と思いますわ」
あたしとシンディ様のやり取りを聞いていたキャリルが嬉しそうに告げる。
「ならウィン、わたくしとどちらがより国教会に助力できるか、競争ですわね」
「キャリルー、それってかなり私情が入ってないかなー?」
いつもは割とユルい感じで観察に徹しているホリーが、キャリルの言動に少々呆れ気味だ。
いいぞホリー、もっと言ってほしい。
何やらキャリルはいつの間に取り出したのか、デッキブラシを肩に担いだまま移動しているし。
完全にやる気満々だよこの子。
「わたくしはただ、この事態を憂いているだけですの」
「その本音はー?」
「初撃必倒で速さを競いますわ」
だめだこの伯爵家の令嬢、早く何とかしないと。
冗談で場を和ませているように感じたのか、キャリルの言動で国教会の人たちは表情を緩めていた。
彼女はこんな調子ですが、国教会を助けたい気持ちはホントだと思います。
そう思いつつ、あたしは心の中で神官の皆さんに頭を下げていた。
あたし達一行で集団で国教会本部の建物の中を移動している。
サイモン様は相変わらず意識は無いけれど、神官戦士団の男性が背負って運んでいる。
顔色は悪くないけれど、ぐったりしているのは気になるだろうか。
そう思った途端に、進行方向の廊下へと途中の部屋から怪しげな気配の人が出てこようとしていた。
あたしは内在魔力を循環させて身体強化を行い、早目に動き出して扉の前に立つ。
すると法衣を着込んだ神官らしきおじさんが扉を開け、あたし達に向かって口を開く。
「ぽうっ!」
それが何を意味していたのかは理解するつもりも無かったけれど、あたしはそっと手を伸ばし「あらよっと」と呟きながら手で触れた。
すると『時輪脱力法』の一撃で、そのおじさんは直ぐに我に返る。
「――あれ? 私は……、教皇さま?!」
シンディ様やイネス様やニナが反射的に魔力を集中させて、無詠唱で魔法を発動させようとしていた。
でも三人はあたしの様子に目を丸くする。
「ウィン、ズルいですわ!」
「だってこの方がいいでしょ。気絶させた後に介抱するのだと大変よ?」
キャリルがなにやらあたしに抗議するけれど、いちおうあたしの主張には納得したのか「次は負けませんわ」とだけ呟いた。
いや、競争とかでは無いんですけれど。
「ウィン……、いまのは一体何ですか?」
イネス様が当惑した視線を向けてくるけれど、この場で説明したく無いんだよな。
『ティーマパニア様から授かった』とか教皇さまの前で話したらどうなるか、想像するのがちょっと怖い。
「済みません、秘伝の類いなので詳しくはご勘弁を」
「そうですか――。失礼、急ぎましょう」
「ここから先も、動けるようならあたしが動きます」
一応そう告げたのだけれど、教皇さまが物言いをつけてきた。
「ウィンちゃんは事前に気配を読んでおったのう。吾輩たちが魔法で何とかするわい。お主の『秘伝』はもしもの時のために温存し、斥候役に徹してくれんかの」
そんなことを言われても、あたし以外にも周囲の気配を探れる人が居る気もするけれども。
あたしは微妙に納得がいかなかったけれど、ここで言い合いをする時間が惜しい。
「承知しました教皇さま」
教皇さまの提案に従い、あたしは斥候役に徹した。
副次的な効果としてキャリルが大人しくなったけれど、教皇さまはそこまで読んでいたのだろうか。
それを頭の中で計算しつつ、あたしは気配を探る。
移動中に何人かの錯乱した人たちを魔法で眠らせたりしつつ、あたし達は予定通り目的地点の車寄せに到着する。
その時には戦闘服を着た人たちが建物の前に集まっていたけれど、侯爵家と伯爵家の手勢のひとたちがいつでも動けるように待機していたようだ。
伯爵家の手勢の中にはエリカの姿もあって、あたしと目が合うと目礼してきたので目礼を返す。
またキャリルとエリカとあたしの三人で動くのかも知れないな。
そんなことを考えつつ、あたしは周囲の気配を探り続けていた。
あたし達は病院組をその場で見送った。
プリシラが馬車に乗るときに、あたしとキャリルとニナのところに歩み寄る。
「どうか、無茶をしないことを希望します」
「大丈夫ですわプリシラ。わたくし達が状態異常の者に後れを取ることはありませんもの」
「妾も同感なのじゃ。それよりお主はサイモン様を心配するべきじゃ」
「そうね、あたし達は何とでもなるし、大変そうなら撤退して体勢を整えるだけよ」
順番にあたし達が返事をすると、プリシラは少しだけ目元を柔らかくして握りこぶしを出してきた。
「どうか、ご武運を」
侯爵家の令嬢がグータッチとかいいのだろうかと思いつつ、あたし達は拳を触れさせた。
ホリーはひとり、その様子を笑顔で見守っていたけれど。
キュロスカーメン侯爵家の一行を馬車で送り出した後、あたし達は班分けをした。
その結果案の定というか、あたしはエリカとキャリルの三人組で手伝うことになった。
ニナはシンディ様と組み、もう一人ティルグレース伯爵家の“庭師”の人を加えて活動することにしたようだ。
「諸君、手間をかけるが国教会への助力をお願いする」
『はい!』
教皇さまの言葉に力強く返事をして、あたし達は王立国教会本部の敷地に散らばった。
プリシラ イメージ画 (aipictors使用)
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