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06.ただの光点のくせに


 教皇様があたし達がいる部屋にやって来ると、全員で起立して教皇様に向き直って姿勢を正した。


 これも前回同様だけれど、相手はディンラント王国の教会組織の頂点に位置する人物だ。


 敬意を示すのにやりすぎということは無いと思う。


 あたし個人としては王都内で、色々とモノ申し上げたくなる場面に遭遇している気がするけれども。


「こんにちは諸君、どうかラクにして欲しいのじゃ。吾輩はディンラント王国王立国教会教皇の、フレデリック・グリフィン・フェルトンじゃ」


 その一言で、その場のあたし達教会関係者以外は揃って頭を下げた。


「頭を上げてほしいのじゃ。知って居る者も居るじゃろうが、吾輩は聖職者の務めとして高位神官が担う仕事をしているのじゃ。国教会の伝統での、教皇と言えど月に何度かは神官として現場に出ておる」


 それにまたぶつかったのだから、偶然とは恐ろしいものだ。


 いや、『高位神官の務め』を名目に、侯爵家の相談に対応した可能性はあるのか。


 べつに教皇様がウソを言っている感じはしないけれども。


 ともあれ 教皇様の言葉であたし達は顔を上げた。


 表情をうかがう限り、教皇様は相変わらず元気そうでホッとする。


 ゴッドフリーお爺ちゃんの友だちだし、元気でいてくれるのはちょっと安心するのですよ。


「ふむ、今日はお嬢さまの手当てをということで、話を聞いておるがの」


 そう言って教皇様は視線をサイモン様に向けた。


「そうです。こちらのプリシラを診て頂ければと存じます」


 イネス様がそう告げると、教皇様はプリシラに向き直る。


「ふむ、承知したのじゃ。――そちらのご仁も一緒でよろしいかの」


「私ですか? どういうことでしょう? 私は特にそのようなダメージは……」


 サイモン様がそう言いよどむとイネス様が苦笑する。


「ふむ、念のためということもあります。あなたは実直すぎる性質(たち)です。先のことで知らぬ間にダメージを得ているのかも知れません」


「そう言われると、そうかも知れませんねぇ……」


「教皇様がそうおっしゃる以上、ここは甘えておきなさい」


「承知いたしました。お手数をお掛けします」


 サイモン様はそう告げて教皇様に一礼した。


 それを目にした教皇様は穏やかに微笑む。


「気にせんで欲しいのじゃ、これがわしらの勤めゆえの」


 教皇様がそう応じると、室内で控えていた神官たちが準備に動き始めた。


 マジックバッグからテーブルを取り出し部屋の中央のスペースに設置する。


 その上に燭台やら香炉やら、こまごまとした道具を用意していった。


 その他にも部屋の奥にある祭壇にも、燭台やらいろいろな道具を設置していく。


 その様子をニナやシンディ様が、興味深そうな視線で観察しているのが印象に残った。


 教皇様はというとそちらに向かう前に、あたし達の方にやってきて声を掛けてくれた。


「ときに、今日はウィンちゃんやキャリル嬢もいるのかの」


「「ごきげんよう (ですの)、教皇さま」」


「うむ、ごきげんよう二人とも。息災そうで何よりじゃ。本日は付き添いかの?」


「ええ、プリシラはあたしたちの友人なのです」


 あたしの言葉に教皇様は目を細める。


「なるほどの。まあ、プリシラ嬢は問題無いじゃろう」


 『プリシラ嬢は』、か。


 気になる言い方だな。


 そう思うものの、気軽に訊けるような空気でも無いし、そんな内容でもない。


 あたしは視線に疑問を浮かべつつ教皇様をじっと見ると、なにやら「大丈夫じゃ」とでも言いたげな視線であたしに頷いてくれた。




 それほど待たずに準備が整ったらしく、教皇様は部屋の中央に移動する。


 部屋の奥のものとは別に、中央には真新しい木製の祭壇が用意されており、その向こう側に教皇様が立つ。


「さて、あまりお待たせする訳にもゆくまいよ。儀式を始めようぞ」


「「お願いいたします」」


 教皇様の言葉に、イネス様とサイモン様が同時に応じて頭を下げた。


 ウルリケ様も黙って礼をした。


 教皇様はまず、部屋の手前に固まっているあたし達のところから、プリシラを祭壇の前に招いた。


 祭壇の手前にはプリシラが立ち、祭壇奥には教皇様が位置する。


 そして二人を見守るように、左右両側に神官の皆さんが分かれて陣取った。


 神官の人たちの手には、何やらハンドベルが握られている。


 やがて照明の魔道具とは別に、燭台のロウソクの光が閃く中、神官の皆さんがハンドベルを鳴らし始めた。


 シンプルだけれどしみ込むような音色が響き、室内は儀式が行われる空間へと空気を変える。


「我らの祈りのうちに、穏やかで全き日々が(きた)りて去り行くが如く、いまこの場にはこの地にある喜びと同じくするものがあらんとするなり――」


 教皇様が完全に仕事モードの表情で、祈祷の言葉を述べ始めた。


 最初に述べているのは日常への感謝とか、その中における祈りを行うことと同じように、今回も祈りの儀式を始めるのだという宣言のようだった。


 祈祷の言葉は話し言葉なので、参列して聞いている分には意味は把握しやすいと思う。


 その後儀式は進み、要所要所でハンドベルが旋律を奏でつつ、祈祷の言葉が教皇様の口から語られていく。


 開式の宣言のあとは列記すれば、日常生活の中での罪への懴悔、祈りでこの場が清められたという宣言、豊穣神さまへの賛美、闇神さまと薬神さま――ソフィエンタへの賛美が行われた。


 そして祈祷はどうやら今回の本題に突入していく。


「いと高き座に(いま)す尊き神々よ、ご照覧在れ


 生けるものの安息と深奥なる慈愛の確かさを結ぶ闇神よ


 御身の名はアシマーヴィアなり


 生けるものの喜びと平明なる健やかさを()する薬神よ


 御身の名はソフィエンタなり


 御身らの願いは深く尽きることは無く


 御身らの働きは広く尽きることは無し


 ああ結ぶものよ、結ぶものよ、結ぶものよ


 ああ諮するものよ、諮するものよ、諮するものよ


 その全きお力を以てまさにこの折に


 このうつつを変じ、我らの万難を排し給え


 かくあれかし」


『かくあれかし!』


 教皇様の祭句の後に続いて、その場にいた神官の皆さんが一斉に声を上げた。


 その刹那、部屋中央の祭壇の上に二つの光点が生じる。


 いや、実際に光っている訳では無く、濃密な神気がそこに生じたのか。


 ひとつは光っているように感じつつ、それでも昏いけれど落ち着くような不思議な感じがする。


 というか、あれはアシマーヴィア様の気配のような気がする。


 そしてもう一つはやっぱりというか何というか、ソフィエンタの気配だ。


 あたしとしては間違えようが無いけれど、具体的には穏やかな春先の朝に森を抜ける風が運ぶ土と樹々の薫りを想起させる。


 ただの光点のくせに。


 そこまで考えたところで、あたしの脳裏にドヤ顔のソフィエンタと、得意げなアシマーヴィア様があたしを指さして笑っている光景が思い浮かんだ。


「なんというか……感謝します……」


 二柱の女神たちに向けて思わずひねり出すように、あたしはそっと呟いた。


 あたし達参列者が固唾をのんで見守っていると、その光点はプリシラの頭上から身体の中に入り込んで消えた。


 その直後に神官の皆さんがハンドベルを振るって素朴なメロディを奏でる中、教皇様が祈祷を続ける。


 といってもそこからは、さっきまでとは逆の流れだった。


 要所要所でハンドベルが旋律を奏で、闇神さまとソフィエンタへの賛美があり、豊穣神さまへの賛美、祈りでこの場が清められた宣言、そして最後に閉式の宣言があった。


 教皇様が最後の祈祷の言葉を述べたあと、神官の皆さんがハンドベルで旋律を奏でていたがそれも終わる。


 そして教皇様は表情をやわらげて告げた。


「近年まれに見るほど、手ごたえのある神術の儀式だったのじゃ。成功じゃよ」


 その言葉にイネス様が笑みを浮かべつつ、その場で深く頭を下げた。


 それを見てあたし達もそろって頭を下げる。


「どうかラクにしておくれ諸君。まだそちらのご仁も儀式を行うからのう」


 そう言ってあたし達の方にプリシラと共に戻ってきた教皇様は、休憩の後にサイモン様の儀式を行うと告げた。


 そして教皇様は準備があると言って部屋を退出していった。


「気分はいかがですかプリシラ?」


 イネス様が誰よりも最初に声を掛けるけれど、プリシラは穏やかな雰囲気だ。


「はい。大変気分が穏やかになったように感じられます。今ならどんな魔法でも放てそうな、そんな錯覚を覚えてしまいます」


 そう告げるプリシラの表情には、何となくだけれど儀式の前よりは素直に感情が現れているような気がした。



挿絵(By みてみん)

アシマーヴィア イメージ画 (aipictors使用)




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