05.認識できるもの全て
あたし達は全員が学院の制服を着たまま、キュロスカーメン侯爵家の馬車に乗り込んだ。
大人組は別の馬車で移動するらしいので、あたし達五人――プリシラ、キャリル、ホリー、ニナ、そしてあたしが乗っているだけだ。
侯爵家を出た大き目の馬車は王都の石畳の道を進む。
「皆さん、同行してくれてありがとうございますと申し上げます」
「気にしないでプリシラ、そもそも今日は時間があるんだし」
「そうですわ。それに王立国教会を礼拝以外で訪ねるなど、そうそうありませんもの」
「たしかにのう。妾は国教会の神術に興味があるのじゃ。共和国では表立って触れる機会はあまり無かったからのう」
プリシラの言葉にあたしやキャリルやニナが応じる。
いつも通り無表情な感じで彼女は告げるけれど、それでもあたし達に気を使っているのは察することが出来た。
でもあたしを含めて、同行するのに否は無いんだよな。
個人的には、奇妙なことが起こる予感が引っ掛かっているけれども。
「ニナはそれなりに、神術とかそういうのは詳しいんじゃないのー?」
「妾はそれなりには魔法は学んでおるが、いわゆる神術は別系統じゃからのう」
「どう違うのですかと質問します」
プリシラに頷いてニナは応える。
「基本的には魔法と変わらぬのじゃが、本格的な神術は祭句の詠唱がともなうのじゃ。その結果、いま普及しておる魔法よりも合体魔法としやすく、制御も緻密に保つことが出来る……、と言われておるのじゃ」
祭句といえば思わず、ミスティモントで奇跡を呼び起こしたときの事を想起してしまう。
あの時は自然と意識の中に、言霊というか語るべき言葉が現れてきた感じがしたけれども。
教会の神官さんたちも似たような感じなのだろうか。
「神術は色々と効果が高い反面、目的外の利用が難しいと言われておる。応用をしにくいそうなのじゃ」
『ふーん』
ホリーはニナの話を聞きながら、それとなく窓の外に視線を向けている。
警戒態勢に入っているということなのだろう。
あたしも念のため周囲に悪意や敵意を持つものがいないかを探っているけれど、情報屋の類いのような、好奇心とかそういう種類の視線しか気づかなかった。
あとは、馬車に並走して移動する気配もあるけど、暗部くらいの気配の消し方だろうか。
「ねえホリー、あたし達の馬車に気配を消して屋根の上とかを並走してる四人は、侯爵家の手勢でいいのよね?」
「そうだと思うわよー」
自然な感じの表情でホリーは応えたけれど、警戒するものでは無いようだった。
追加でさらに二人並走しているのは、キャリル付きのいつもの“庭師”の人たちだろうし。
その後も馬車の中でお喋りしていたら、あっという間に目的地に到着する。
あたし達はそのまま馬車で王立国教会本部の敷地に乗り込み、車寄せから建物の中に案内された。
案内には司祭さま達が、男女一名ずつで二名来てくださった。
侯爵家から相談された話ともなると、対応が丁寧になるんだろうな。
そう思いつつあたしは、みんなと古い石造りの建物の中を移動する。
しばらく歩いて案内された部屋は石造りの教会建築で、相当古そうだ。
広さは学院の教室の二つ分くらいはあるだろう。
部屋の奥には小さな祭壇があるけれど、部屋の中ほどには何も置かれていないスペースがあって、手前には会議で使うような木製のテーブルが置かれている。
「ここは国教会の者が密儀――秘密の儀式を行う部屋になります」
男性の司祭さんがそう告げると、ニナが好奇心をにじませて問う。
「秘密ということはその内容は秘密じゃろうが、そのような部屋に案内されて大丈夫じゃろうか?」
「恐れ入りますが密儀の内容は、文字通り秘密です。もしご興味がお有りでしたら、聖セデスルシス学園をご卒業頂き、五年以上教会で修行頂く必要がございます」
女性の司祭さんがにこやかにそう告げる。
要するにまあ企業秘密って奴だよね。
「それは失礼したのじゃ」
「ただ、少しだけお話しますと、密儀を行う目的につきましては、基本的には個人に対してではなく、『集団であるとか国に対する何か』を神々に希う儀式となっております」
女性の司祭さんがそう説明してくれた。
『ふーん』
要はグループ向けな対応な感じなんだろう。
日本の記憶でいうところの、神社の『○○開き』みたいな祈祷をふと想起するけれども、あれは別に密儀っていうわけでも無いのか。
『○○開き』の儀式のために専門教育と五年の修業が必要かと思わず考えてしまう。
でもプロの神官になるには必要かもしれないし、何とも言えない所か。
「非常に勉強になったのじゃ。ありがとうございますなのじゃ」
「いいえ、――それでは皆さまはお好きな席にお掛けになって、こちらでお待ちください」
そう案内してから司祭さま達は部屋を出ていった。
その後もみんなで適当な席に座ってお喋りしながら待つけれど、プリシラに同行してきて良かったと思う。
あたしが何か言わなくてもホリーも同行したかも知れない。
けれどこんな部屋に一人とか二人で待たされても、緊張でいたたまれなかったんじゃないだろうか。
なにかを待つだけってつらいよね。
だが――
「ところでウィン、あなたは神官戦士団に伝手はありませんの? 王都の本部には格闘神官の拠点があると独自の伝手で知ったのです」
なにやら平常運転の伯爵家の令嬢が居て、あたしは緊張するひまが無かったりする。
独自の伝手って誰なんだろう。
いろいろと可能性がある人が多すぎて、あたしはこめかみを押さえた。
シャーリィ様か、ウォーレン様か。
シンディ様やロレッタ様はちょっと想像しづらいけれど、歴史の話とかをしているうちに伝わった可能性はあるのか。
側付き侍女の義務と称して、エリカとかが教え込んでるんじゃないだろうな。
「さすがに……直接の伝手は無いわね」
でも以前、デイブがウィクトルの兄のユリオを紹介した。
そのことを喋ったら、十中八九どころか倍返し状態で、面倒ごとに全力で突入する気がする。
これは予感ではなく、ただの確信だ
でも嘘はつきたくない。
「今日はプリシラの件で来たのだから、その件はまた別途検討しましょう」と言ったらうれしそうな表情を浮かべた。
あたしはなんとなく、自分で自分用の罠を設置した気分がしていた。
「心のダメージに対処するというのは、神術の特徴なの?」
キャリルとあたしのやり取りを横目に、ホリーがニナに質問している。
それに対してニナは少し考えて応える。
「神術の特徴はすでに言った通りじゃが、基本的に術を行う者が認識できるものは全てが効果を及ぼすことが出来るはずじゃ」
「認識できるもの全て?」
「うむ。神術の力の源泉は信仰心を土台にして、神々から奇跡をほんの少し賜るというところのはずじゃ」
「その辺りは学校の神学基礎でも学ぶ内容ね」
あたしは授業の内職で予習している時に、見かけた記憶がある。
あたしの言葉にニナは頷いていた。
そこまで話が及んだところで、あたしはふと疑問が生じる。
「ねえニナ、神々ってそれぞれ専門分野があるじゃない?」
「そうじゃのう」
「ということは、心の問題なら闇神さまからの奇跡を賜るの?」
あたしの言葉にニナは微笑む。
「妾も想像するしかないのじゃ。闇魔法の特性から闇神さまが直ぐに思い浮かぶのじゃが、癒しなら薬神さまや水神さまなどに頼る可能性もあるのじゃ」
ソフィエンタに頼る可能性もあるのか。
『ふーん』
あたし達がそうやってお喋りを続けていると、部屋の扉がノックされて開き、シンディ様たちがやってきた。
その中には法衣を着た神官さまたちに混じって、何やらスーツを着込んだ男性の姿がある。
あたし達が観察していると、その男性は自己紹介をしてくれた。
「初めてお会いする方もいますねぇ。こんにちは。私はサイモン・リンゼイ・ドイルと申します。プリシラの父です。いつも娘と仲良くして下さって、ありがとうございます」
『こんにちは』
あたし達も簡単に自己紹介したけれど、キャリルとあたしに丁寧に礼を言ってくれた。
第一印象としては役所というか王宮に居そうなマジメそうなひとだけれど、視線は優し気だ。
ただ、見かけも言動も普通なんだけど、何やら妙な気配な気がした。
以前もそんな気配に遭遇した気がする。
そう思って考えていたら、非公認サークルの『虚ろなる魔法を探求する会』に所属していた――ブライアーズ学園に転校したというフレイザーを思い出した。
彼もまた、こういう気配だった気がするんだけれども。
あたしが内心首を傾げていると部屋の扉がノックされて、一人の少年が入ってきた。
「失礼いたします皆さま。すぐに高位の神官が参りますので、そのままお待ちください」
あ、これは以前もあったやつかも知れない。
反射的にあたしがそう思っていると少年は一礼して、扉を開けたままその場に気を付けの姿勢で待機した。
そして案の定というか、高位の神官の正装を着込んだ仕事モードの教皇様が姿を現した。
以前こういう状況でお会いしたのは、キャリルと一緒に悪魔の力を身に宿した生徒と戦った時だよなと、あたしはボンヤリ考えていた。
ウィクトル イメージ画 (aipictors使用)
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