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03.私の決意の価値が


 あたし達はいまキュロスカーメン侯爵家の邸宅(タウンハウス)で、訓練場に集まって魔法のトレーニングを行っている。


 先ほど、あたし達に属性魔力の操作系魔法についてトレーニングを指示し、シンディ様とイネス様が中座した


 そのあとすぐに侍女さんが来てプリシラを連れて行った。


 なにやら確認したいことがあるという。


「確認って言ってもなあ……」


 思わず手を止めて、侍女さんと共に訓練場を離れるプリシラを見送る。


 あたしが視線を向けていると、微妙に妙なことが起こる予感が働いた。


 危機感というほどでは無いから、それほど心配するようなことではないと思うのだけれど。


 そもそも呼ばれたのはプリシラだけで、あたしは呼ばれていないんですよ。


 そう考えて細く息を吐き、あたしは【風操作(ウインドアート)】を使ったトレーニングを再開した。


 すると程なく、侯爵邸の中から連続して濃厚な魔力の放出が感じられた。


 思わず身構えるけれど、敵意とか悪意のようなものは感じ取れない。


 先に闇属性魔力に感じる何かが発生し、そのすぐ後に強烈な風属性魔力の発動があった。


 風属性魔力の方は、【振動圏(シェイクスフィア)】の発動だったんじゃないだろうか。


 あたしも【振動圏】は覚えているからそんな気がする。


「何なのよ……」


 気配を読んだけれど、位置的にシンディ様が魔法を使ったように感じられる。


「いまのって一体……」


 あたしが頭の中で考えを巡らせていると、ニナがあたしに話しかける。


「ウィンも気づいたじゃろうが、シンディ様の魔法なのじゃ」


「そうよね、それはいいけど、何のためなのかしら」


「闇魔法の方は【自我探査(センスエゴ)】だったと思うのじゃ」


 やっぱり闇魔法だったか。


「どんな魔法なの?」


「人間などの意識を持つ生き物相手に使う魔法での、本人が普段自分でも気づかないような気持であるとか思いを調べる魔法なのじゃ」


 読心術みたいな魔法なんだろうか。


 他人の心が読めるなら、反則級にヤバい魔法な気がします。


「心を読むってこと?」


 あたしの言葉にニナは考え込む。


「何と説明すべきかのう。本人の記憶を読み取るわけでは無いのじゃ。喜怒哀楽、嬉しさや悲しさのような思いを掘り起こすのじゃ」


「ふむ……」


「しかし使う者が対象者の情報を知っておったら、本人が秘密にしておきたかった思いも察することが出来るのじゃ」


 やっぱりヤバいじゃん。


「それは――使い方によっては、思いっきり頭の中を調べ上げる魔法ね」


「そうなのじゃ。そして使った相手はプリシラかのう。じゃがその場合はプリシラだけに掛ければ良い気もするのじゃ」


「どういうこと?」


 あたしが訊くとニナは黙り込んで考え込み、何ごとも無かったかのように告げる。


「ただの独り言なのじゃ。それよりも、なぜプリシラに使ったのかじゃが……。ふむ……」


 そうしてニナは考え込むけれど、プリシラに何かあったんだろうか。


「なにか心配事でもあるのかしら?」


「気になるといえば気になるのじゃ。それよりウィンよ、妾が思うに、お主やキャリルはつねに最善を選んでいると思うのじゃ」


 最善とな?


「何よ急に?」


「妾の思って居る通りなら、恐らく直ぐに分かるのじゃ。お主は自分が何を出来るのかを考えるべきじゃ」


 ニナはそう言ってからあたしに近づき、ポンポンと肩を叩いてから魔法のトレーニングに戻った。


「なんなのよ全く……」


 思わず嘆息しつつ、あたしは【風操作】を使ったトレーニングを再開した。




 その後あたし達が魔法を練習していると、プリシラが一人の女性と一緒に現れた。


 華美では無いけれど上品なドレスを着こんでいるから、侯爵家の人だろう。


 そう思っていたら自己紹介してくれて、プリシラのお母さんだと分かった。


「わたしはウルリケ・ヴィオラ・ドイルと申します。プリシラの母です。いつもプリシラがお世話になっております。ありがとうございます」


 ウルリケ様はそう言って礼をするので、あたし達も礼を返す。


 彼女がやってきた理由は、プリシラのことだった。


 もともとはイネス様が懸念していたということだけれど、プリシラの心に少々ダメージがあるらしい。


 シンディ様にも調べてもらったとのことだった。


 ダメージの原因は、先のティルグレース伯爵家の晩餐会で、誘拐未遂に巻き込まれたときのことが原因であるようだ


 反射的にあたしは、自分がその責任の一端があると考えてしまった。


 もっと、キレイに対処できたんじゃ無いのか。


 無力化することを優先するあまり、斬って捨てることで玄関先を血の海にしてしまった。


 プリシラはそれにショックを受けたんじゃないのか――


「失礼いたしますウルリケ様、ウィン・ヒースアイルと申します。その節はプリシラ様を護るのを優先し、場を荒らしてしまいました。申し訳ございませんでした」


 思わずあたしは声を上げてしまった。


 マナー的にはマズかったと、口に出してから気付く。


 まだウルリケ様が説明の途中だった。


 でも言葉を今さら飲み込むわけには行かない。


 ああ、やらかしてしまったなと思いつつ、あたしは二重の意味で恐縮した。


 けれどウルリケ様は目を丸くしてあたしに声をかける。


「あなたが……ウィンさん、あなたには感謝しかありません。良くぞプリシラを護ってくださいました」


 それは当然のことをしたのだけれど、その結果プリシラが傷ついたならあたしの本意ではないんですよ。


「ですが……」


「あなたが最善を尽くしたことは、義母からも聞いています。キャリル嬢とともに誰よりも早く異変に気付き、多勢を相手に勇敢に戦って下さったと」


 今おもえばあの時あたし的には、失敗できない戦いだと思い込んだ。


 外にジャニスとエイミーが来てたとか知らなかったし、ティルグレース伯爵家の誰かに手伝いを頼むこともしなかったし。


「それでももう少し、やり(よう)はあったのかも知れないと思うのです」


「いいえ。行動の優先順位でいえば、プリシラを護って下さった時点でわたしは満足ですよ」


 そう言ってウルリケ様は強く頷く。


 すると、それまで黙って話を聞いていたプリシラが告げる。


「ウィン、気にしないで欲しいと希望します。シンディ様によれば、領兵の新兵なら看過するレベルのダメージとのことでした」


 領都の新兵って、PTSD (心的外傷後ストレス障害)の話なんじゃないのそれ。


 あたしは反射的に、やらかしちゃったなあと心の中でため息をついた。


「いやプリシラ、あなたはだって、戦う必要は無いじゃない」


「必要は無いかも知れません。それでも私はあのとき、ウィンとキャリルに護られたとき、強くなると決めたのです」


「でも――」


 あなたはだって被害者じゃないの。


 そう告げようとしたら、プリシラが手のひらをあたしに向けて制する。


「ウィンがそのような態度では、私の決意の価値が低下すると懸念します。あなたの戦いは、最善だったと確信します」


 あたし達のやり取りをみんなは伺っていたけれど、そこまで話したところでキャリルが口を開いた。


「ウィン、気にし過ぎですわ。フサルーナに居た聖女がかつて、『私たちが戦うゆえ、神々は勝利を与える』と言ったそうです。あなたは胸を張るべきですわ」


 そう言われても、あたし的にはモヤモヤする。


 ただ、プリシラ自身の決意の話をされると、あたしが独りでワガママを言っているだけのような気がしてくる。


 だめだ――いつものあたしじゃない気がする。


 もっと冷静になろう。


 プリシラだから動揺したというのなら、これが他の人だったらどうだろう。


 キャリルはマブダチだし、実習班のみんなは近すぎる。


 少し遠くて知人のだれか。


 パメラとか、エレンとか、ナタリーとか、あたしの助けは要らないかも知れないけれど、何かを手伝えそうな人たちなら。


 そう思ってあたしは大きく息を吐く。


 いつものあたしなら――ラクをすることを考えたい。


 それは決して、安易な方向に流されたいという意味じゃあ無い。


 プリシラが穏やかに過ごせるように、手伝える最善のことを考えるだろうか。


 加えていえば彼女が求める強さについて、何か手伝うことを考えたんじゃないのか。


 あたしはウルリケ様に告げる。


「――失礼しました。話の腰を折ってしまいましたね」


「いいえ、大丈夫ですよ。話を続けましょう――それでプリシラですが、これから王立国教会で診て頂きます。今日は闇曜日なので学院も休みですし、都合が良いということになったのです」


 ウルリケ様からその話を聞いたら、なにか妙なことが起こる予感があたしの中で強まった。


 この予感は、さっきまでのあたしのワガママとは別口だ。


 一通り今後の話を聞いたあとに、あたしは再度声を上げる。


「ウルリケ様、あたしも同行させて頂いてよろしいでしょうか?」


「それはお気遣いですか?」


「いいえ、ワガママで申し上げています。友人として、プリシラが元気になるときにそばにいたいのです」


 そう言って思わず実感がこもった困った表情を浮かべると、ウルリケ様は微笑んだ。



挿絵(By みてみん)

ジャニス イメージ画 (aipictors使用)




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