02.把握しきれないとは
その日はキュロスカーメン侯爵家の邸宅にプリシラの友人たちを招き、魔法を指導している。
それが丁度良かったので、イネスは自身の友人であるシンディも招待していた。
参加者の魔法の腕前を確認するのも一巡した。
イネスとシンディは二人掛かりで指導をしたが、みな思いのほか属性魔力の操作系魔法について高度な技量を持っている。
普段は共和国から招かれたというニナが練習を見ているそうだが、それに加えて『魔神の加護』も効いているのだろう。
これなら付きっきりで指導する段階は終わっているし、一巡したときに話した内容を練習してもらえば問題は無いだろう。
そう判断してイネスはシンディに話を持ち掛けた。
「ところでシンディ、折角の機会なので少々相談したいことがあるのです。時間を頂けますか?」
「もちろん構いませんわ。そうですわね、皆さんはこのまま練習を続けてくださいまし!」
『はい!』
シンディがその場の子供たちに声をかけると、イネスは満足そうに頷いた。
そして二人は訓練場を離れ、邸内を移動して応接室の一つに入る。
イネスは侍女を部屋から下がらせると、無詠唱で風魔法を使って自分たちの周囲を防音にした。
「それで相談の内容ですが、ひとつはプリシラの心の奥にダメージが残っていないかを心配しています」
「その件ですのね」
「ええ。先の晩餐会の折に、プリシラは血の海に立っていました。気丈に振舞っておりますが、少しだけ私としては心配が残っています」
「あなたのことですし、すでに確認したのではなくて?」
「無論です。ただ、同様に問題無いとあなたに調べてほしいのです」
そう言ってイネスは微笑むが、その笑顔には憂いなどは見えなかった。
シンディはイネスの表情に内心安どしつつ、彼女の頼みを受ける。
「分かりましたわ。――それで、他の件が本題なのでしょうか?」
「実はそうなのです……。プリシラの父親であるサイモンは覚えておりますね?」
「覚えていますわよ。ただサイモンは、子供の頃のときの印象が強いですが」
シンディの言葉に、イネスは少々困ったような笑顔を浮かべる。
「まったく、あの人に似て実直に育ったところまでは良かったのですが……。ただ、少々サイモンはいま魔法的に問題があるかも知れないのです」
「病ですか? あるいは呪いでしょうか?」
シンディは想定していた内容を口にする。
「それは……」
そこでイネスは言葉に詰まった。
彼女の浮かない表情は、シンディが久しく見ていなかったものだ。
「あなたでも把握しきれないとは、何かが起きているのですわね」
「起きている――、そうなのでしょうね。サイモンに関しては直接観てもらった方が早いでしょう」
「そういうことなら分かりましたわ」
「ありがとうございますシンディ。まずはプリシラの件で本人と、サイモンとウルリケをこの場に呼びます――」
そうしてイネスはその後の段取りをシンディに説明したあと、防音にしていた魔法を切って侍女を呼んだ。
程なくイネスとシンディが居た部屋に、プリシラとその両親――サイモンとウルリケがやってきた。
プリシラは初めて聞いた話だったようだが、取り乱すことも無く落ち着いた様子だ。
「レディ・ティルグレース、この度は娘のためにお手数をお掛け致します」
「サイモン、今日は伯爵家の者としてではなく、イネスの友人としてここに居るのです。その意味は分かりますね?」
シンディはそう言って微笑む。
「そう言って頂けると……、ありがたいですょ、シンディ様。北部貴族の中にはあなたにお会いしただけで、機嫌を損ねるような者がいるのです」
「ふふ。わたくし達は貴族である以上、自らの家のことはありますわ。しかし同じ王国貴族として、手を取り合える部分はそのようにしたいのです」
「仰る通りですねぇ」
「ええ。何よりイネスはわたくしの友人です。そしてその孫同士も友人になった。ここで助力するのは人として当然ですわ」
シンディはそう告げて胸を張る。
その様子を眩しそうに眺めながら、サイモンが告げる。
「本当にその通りですねぇ。恥ずかしい話ですが、我が家の者には少々狭量なところがありますし、言って聞かせたいですょ」
「それはまたおいおいと致しましょう」
「はい、シンディ様。よろしくお願いいたします」
サイモンはそう告げて礼をすると、ウルリケとプリシラも礼をした。
「それでは始めましょうか」
シンディはイネスに視線を向けるが、彼女は「お願いします」とだけ告げた。
その言葉に頷いてから、シンディは無詠唱で【風壁】を室内に放つ。
ただしその魔力の波長は闇魔法の【自我探査】のものへと書き換えられていた。
本来は一対一で放つ魔法であり、本人が日常意識しないような思考の論理構造を調べる魔法だ。
それをプリシラたちに放つ。
つぎにシンディは風魔法の特級魔法である、【振動圏】を放った。
これにより目を介さない視覚――魔法的視覚によって、周囲の者の肉体や魔力の異常を確認した。
「こんなところでしょうか……」
「相変わらずシンディが一人いると調べ物は助かります。ありがとうございます」
「大したことではありませんわよ」
そう言ってシンディとイネスは朗らかに笑う。
だが室内の他の者は、二人の様子に固唾を飲んでいた。
イネスはそのような空気を解さずに問う。
「それでシンディ、この子の状態はどうでしょうか?」
「そうですね、プリシラですが……、イネスが懸念した通り少しだけ心に影響が残っていますわ」
「シンディ様! 恐れ入ります、影響とはどのようなものでしょうか?!」
それまで黙っていたウルリケだが、不躾とは思いつつも反射的に声を上げた。
イネスを介して面識があり、シンディが虚礼を好まないことを知っているということもある。
それに対しシンディは、穏やかな表情でウルリケに応える。
「大丈夫ですよウルリケ。我が家の領兵の新兵などですと、無視するレベルの影響です。ただこの子は兵隊ではありませんし、そうですね――」
そう言ってシンディはイネスに視線を向ける。
イネスはシンディに頷く。
「ええ。こうなる場合を想定しています。私からあらかじめ王立国教会に話を通していますから、プリシラを連れて行けば治療してもらえるでしょう」
王立国教会では精神へのダメージを、魔法や神術などを用いて治療するノウハウを持つ。
このためイネスは、プリシラにダメージがあるようなら向かわせるつもりでいた。
「今日は学院が休みですし、プリシラの学業に影響がありません。噂などになることも無いでしょう」
「さすがですょ、母上」
イネスの説明にそう告げて、サイモンが安どした表情を浮かべる。
「ええ。今日はあなたもウルリケと共にプリシラに付き添いなさい、サイモン。そのために事前に時間を空けておくよう言っておいたのですし」
「承知しました。すぐに出かける手はずを整ぇます。シンディ様、ありがとうございます」
サイモンはそう言って一礼し、応接室を出ていった。
「ありがとうございます、シンディ様」
「シンディ様、非常に深く感謝を申し上げます」
ウルリケとプリシラがシンディに礼を告げるとイネスが指示を出す。
「ウルリケ、あなたはプリシラを連れて、この子の友人たちに説明をなさい」
「説明ですか?」
「彼女たちは、信用出来る子たちだと判断します。正確に事情を説明して、プリシラを助けてくれるようお願いしてきてください」
「分かりました、直ちに」
「私は今後のことで、少しシンディと相談してから向かいます」
イネスの言葉に頷き、ウルリケは再度シンディに礼を告げてからプリシラと共に部屋を出ていった。
室内にシンディと二人で残った状態で、イネスは魔法を使い室内を防音にする。
「それで――サイモンはどうでしょうか?」
「かなり深刻ですわ。何なんですのアレは? 神気にも似た感じがしますが……、正直よく分かりません」
「やはりあなたでも分かりませんでしたか」
イネスはそう言って視線を落とす。
「わたくしも分かりませんでしたが、魔力の上では状態異常に近いように感じられました。ですので、あなたの判断は正しいですわ」
「ええ、王立国教会で対応してもらいます」
そこまで話してから、イネスとシンディは頷き合った。
プリシラ イメージ画 (aipictors使用)
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