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01.腐れ縁ですからね


 あたし達はいまキュロスカーメン侯爵家の邸宅(タウンハウス)に伺っている。


 侯爵夫人にお会いするのには服装規定(ドレスコード)があるという話だったので、みんなで学院の制服に着替えた。


 その後侯爵家の侍女さんに案内され、あたし達は訓練場に移動した。


 そこにはプリシラたちのほかに、訓練場脇のガゼボでお茶を飲んでいるシンディ様と、もう一人女性が居た。


 侍女さんはあたし達を連れてガゼボに向かい、シンディ様と一緒にいた女性に話しかけた。


「奥様、皆さまをお連れいたしました」


「ありがとうございます」


 侍女さんが奥様という以上、この女性がプリシラのお婆様であるキュロスカーメン侯爵夫人なのだろう。


 プリシラのお婆様は侍女さんに微笑んでからシンディ様に頷き、二人でガゼボから出てきてあたし達の前に立つ。


「皆さん、ようこそ我が家へお越しくださいました。私はイネス・ニコール・ドイルと申します。いつも孫のプリシラがお世話になっております。ありがとうございます」


 イネス様はそう言って礼をして下さった。


 あたし達も反射的にそれに応えるように礼をしたけれども。


 イネス様の様子を観察すると、穏やかな表情には品格と同時に知性を感じ、何というか学院の先生たちを思わず想起してしまった。


 べつにシンディ様に、知性を感じないと言ってるわけでは無いんだぞ。


 シンディ様は何というか達人な感じがするんですよ。


 あたしの知り合いでシンディ様に一番近いのは、少し毛色が違うけれど (母さんの母さんである)リーシャお婆ちゃんを想起するというか。


「本日は初めてお会いする方もいらっしゃいますし、わたくしも改めてご挨拶を。わたくしはシンディ・アデル・カドガンと申します。ロレッタとキャリルの祖母です。よろしくお願いいたしますわ」


 シンディ様はそう言って典雅な所作でカーテシーをしてみせた。


 今だから分かるけれど、その所作には全く隙が無いんだよな。


 実戦杖術である、一心流(シンプリーチタス)を修めているだけはあると思う。


 あたし達は慌ててカーテシーをして、シンディ様に応じた。


「それでどういたしましょう? 皆さんに自己紹介して頂きましょうか?」


「そうですわね。まず名前とどういう繋がりかを自己紹介いただきましょう。どちらにせよ皆さんの魔法の腕前はひとりひとり見せて頂きますし」


 イネス様がシンディ様に相談すると、直ぐに自己紹介することが決まる。


「そう致しましょうか。――それでは皆さん、お名前を教えて頂いて構いませんか?」


「そうそう、皆さん、わたくしとイネスはそれぞれこの指導の場では、『シンディ』、『イネス』と読んで下さいまし」


『はい』


 そうしてあたし達は端から順番に自己紹介をしていった。


 みんなが一通り名乗ると、具体的な魔法の指導が始まった。


 今日は風魔法の指導をしてくれるのだろうか。


 でもイネス様が居るのだし、前回シンディ様から教わった時とは条件が違うよね。


 そう思っていたらプリシラが事前にイネス様に話を通してあったようだ。


 “単一式理論シングル・フォーミュラ・セオリー”について、プリシラとニナ経由でこの場のみんなは知っている。


 それならばと、それぞれの属性魔力の操作系魔法を、イネス様に披露することになった。


 キャリルとプリシラとロレッタ様も練習の手を止めて、あたし達に合流している。


 そしてあたし達はまた一人一人、端から順番に操作系魔法をシンディ様とイネス様に披露した。


 最初はサラが実演してみせたけれど、いつも通りに魔法の制御が出来ている。


「サラと仰いましたか。あなたの【水操作(アクアアート)】の制御は美しいですわ。その歳で、ずい分鍛錬をしていらっしゃいますね。お見事です」


「お褒め頂き、ほんまありがとうございますイネス様。こない光栄なこと、めったにあらへんどす。先輩方に教えてもろてますさかい、何とか形になってきたんかな、て感じてます」


 サラは先輩方と言ったけれど、正確にはニナとロレッタ様とアルラ姉さんが『夢の世界』で助言を出している。


 それが効いているのだと思うけれど、イネス様は順番にチェックして、あたし達をとにかくべた褒めしてくれた。


 その様子を見てシンディ様も満足そうに微笑んでいた。




 個別に操作系魔法を披露したあとは、訓練場に散らばってそれぞれに同じ魔法を練習することになった。


 どうやらこの流れでは、今日は【風壁(ウインドウォール)】を練習することは無いかな。


 そう思いつつ、あたしは【風操作(ウインドアート)】の練習を始めた。


 イネス様はあたしにも「ウィンは武術が得意なのは知っておりますが、魔法もお見事ですね。素晴らしいです」と言ってくれた。


 直接話したことは無いけれど、イネス様はティルグレース伯爵家の晩餐会で顔を見かけている。


 伯爵家玄関での攻防の直後に、貴族の皆さま方の中に居たんだよな。


 あの時に『武術が得意』という印象を与えてしまったんだろうか。


 べつに魔法が苦手という意識は持ったことは無いけれど、上手だという意識を持ったことも無い気がする。


 それはたぶん、あたしにとって魔法は道具と同じだからなんだろう。


 『魔法が好き』だとか、『魔法の上達そのものを目的にする』というのは、あたしはちょっと違うと思っている。


 操作系魔法だとか、上級魔法だとか時魔法だとか環境魔力の制御だとか、魔法に関する技術をトレーニングするのは、あたしにとってはシンプルな理由がある。


 いずれラクをするため――


 そう、ラクをするためなら、あたしは頑張れるんですよ。


 『健康のためなら命を懸けられる』とはちょっと方向性が違って、後で頑張った分を回収できる気がするし。


 そんな感じで色々と雑念を浮かべながらも、魔法の練習を続けている。


 そうしてしばらく経つと、イネス様がシンディ様と共にあたしのところに一緒にやってきた。




「ウィンも練習は順調そうですわね」


「ごきげんようウィン。ようやく話せますわ」


 シンディ様とイネス様が声を掛けてくれた。


 ようやく、か。


「ごきげんようイネス様、シンディ様。お陰さまで【風操作(ウインドアート)】の練習は順調に出来ています」


 二人の言葉にあたしは返事をする。


 イネス様が『ようやく』と言ったのはどういう話だろうか。


 あたしが考え込んでいるのをよそに、シンディ様が告げる。


「そうですわね。あなた達にはわたくしからは“単一式理論”の指導はしていなかったと思いますが、ニナが頑張って指導のレベルを上げているのでしょうね」


「はい。ニナは矢張り共和国が送り出しただけあって、魔法のウデは確かだと感じます」


「シンディ、少しは私にもウィンと話をさせてください――あなたにはプリシラのことで直接お礼を伝えたかったのです。本当にありがとうございました」


 イネス様はそう言ってあたしに頭を下げる。


「どうかお気になさらず、イネス様。プリシラ様はクラスメイトですし友人です。友人のピンチは何としても助けるのは、やはり当然でしょう」


「普段通り、『プリシラ』と呼んでくれて構いませんよウィン。あの子から話は聞いています。あなたやキャリル、それに今日来てくれた皆さまにも、プリシラへの友情に感謝したいです。ありがとう、ウィン」


「もったいないお言葉です」


 あたしがそう言って微笑むと、イネス様やシンディ様もご機嫌そうに笑みを浮かべた。


「あの晩餐会の夜、ティルグレース伯爵家の玄関には私も向かったのです」


「はい。お顔は拝見したように存じます」


「ええ。あの場にはシンディも居ましたし、戦況がほぼ決まっていたので何もしませんでしたが」


 イネス様はシンディ様を呼び捨てにするんだな。


「そうだったんですね。ところでこれは伺ってもいいのか分からないのですが……」


「どうしたんですかウィン?」


「イネス様とシンディ様は、互いの名を呼び捨てでお話されるのですね」


 あたしがそう訊くと、イネス様はシンディ様と視線を合わせてからあたしに告げる。


「もう付き合いも長いですし、気心も知っておりますので」


「腐れ縁ですからね、わたくしとイネスは」


 二人はそう応えて屈託なく笑う。


 王国の貴族である以上、派閥の問題はあると思う。


 それでも派閥は派閥として、目の前のご婦人二人はいままでもこれからも友人として自然に接するのだろう。


 そういう自然に続いていく友情は、ちょっと憧れる。


「ところで私たちの友情の話もいいですが、魔法の話を少ししましょう。ウィンの場合は“単一式理論”もいいですが、もっと先に伸ばすべきことがあるのでは?」


 イネス様はそう言って、あたしとシンディ様を交互に見る。


「あれだけ武術の腕があるのでしたら、無詠唱を伸ばすべきではないでしょうか?」


 シンディ様はその言葉に「確かにそうですが……」と前置きして応える。


「魔法の才能がそれほど無いようなら、そう言って済ませました。ですがわたくしの見立てでは、ウィンはロレッタやプリシラほどでは無いにせよ、魔法の才があるのです」


「ふむ、確かにウィンの魔法の制御は、率直に申しましてもよく出来ています」


「ええ。補助としてではなく、本腰を入れて魔法を学ぶのなら、無詠唱よりは単一式理論や上級魔法、あとは環境魔力の制御の方が大切ではありませんかしら?」


「なるほど、シンディの方針もあるんですね」


 あたしにはそこまで魔法の才能があるのだろうか。


 というか、魔法の才能って何なんだろう。


 あたしの疑問を口にする前に、シンディ様があたしに確認する。


「ウィン、あなたは環境魔力の制御は練習しているのでしょう? ロレッタがそう言っていました」


「はい。学院の先輩から教えを得ています」


「ならそれは続けなさいな。わたくしは学院で学べないことを出来るだけ教えるようにしますから」


「承知しました、シンディ様」


 つまりは現状維持で、魔法の練習をする方向で良さそうだ。


「たしかにシンディの言うとおりですね。私もホリーの指導方針はそうしましょう」


 そう告げるイネス様は、どこか嬉しそうな表情を浮かべていた。


 名前が出たホリーは、少し離れていたけれど一瞬こちらを見て、何やら引きつった笑顔を浮かべていた



挿絵(By みてみん)

アルラ イメージ画 (aipictors使用)




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