12.一族もそれなりにヤバい連中
身支度を整えて食堂で朝食を食べるころには、あたしも完全に目が覚めていた。
スープを飲みながらアルラ姉さんに確認する。
「それで、キャリルとロレッタ様は朝早くに伯爵家の邸宅に向かったのよね?」
「ええ。邸宅でシンディ様と合流して、その足でキュロスカーメン侯爵家の邸宅に向かうはずね」
あたしが訊くと姉さんは頷いた。
普段何気なく接しているけれど、キャリルとロレッタ様は伯爵家の令嬢である。
本人たちが特別扱いされるのは煩わしく感じる性質なのは、ここに居るみんなが知っている。
それでもシンディ様とプリシラのお婆様であるイネス様が関わるような場面では、貴族として振舞わないと色々と不都合があるだろう。
王国の貴族家の派閥という意味では、ティルグレース伯爵家は南部貴族で、キュロスカーメン侯爵家は北部貴族だし。
迂闊な態度をとれば、それぞれの派閥の貴族が勝手に場外乱闘を始めることがあるそうだ。
「私たちはみんなでまとまって行けばいいわ。乗合い馬車で行けば直ぐだから問題無いし」
アルラ姉さんの言葉に、みんなも朝食を食べながら頷いた。
キャリルとロレッタ様以外だと、プリシラは昨日から邸宅にいて、ホリーは自分の実家から行くと聞いている。
だからここに居るメンバーは、あたし、サラ、ジューン、ニナ、アン、ディアーナ、アルラ姉さんだ。
アンとサラとジューンの三人は、なにやら貴族家の邸宅訪問ということで話が盛り上がっているようだった。
アンは実際に訪ねることが決まったら、楽しみになってきたらしい。
ニナとアルラ姉さんとディアーナは、魔法の話で盛り上がっていた。
あたしはときどきアンたちの話に加わって、貴族って面倒そうだと主張していたら笑われてしまった。
朝食後は、あたし達は一度自室に戻って忘れ物が無いかを確認した。
その後は寮の玄関に集合して外出の手続きを済ませ、正門を出て王都内の乗合い馬車に乗った。
みんなでキュロスカーメン侯爵家の邸宅最寄りの停留所に降りると、そこにはホリーが待っていてくれた。
「おはようみんなー」
『おはよう (なのじゃ)』
「ホリーの家は馬車で乗り付けなくていいの?」
あたしが訊くとホリーは笑う。
「わたしの家は、そういうのは色々とユルいからいいのよー」
「そう?」
「それよりここで溜まってないで、ちゃっちゃと移動するわよー」
『はーい (なのじゃ)』
引率の先生かホリーよ。
ホリーは『色々とユルいからいい』と言ったけれど、あたしは昨日の夜のサイモンドの話を思い出していた。
書店のオヤジさんの彼が言うところでは、ホリーの実家は『ゴリゴリのディンラント王家至上主義』という話だった。
貴族同士の社交なんかはあると思うのだけれど、ふだんはどういうさじ加減で付き合っているのだろう。
そんなことを思いつつ、あたし達はキュロスカーメン侯爵家の通用門へ向かう。
道すがら、あたしはホリーに声を掛けた。
「ねえホリー、昨日の晩にうちの旅団も色々と調べ物を手伝ったけど、面倒そうな話は聞いてるかしら?」
「面倒そう……。ああ……、ヘンな傭兵団の話かなー」
やっぱり霧鉛兵団の話は伝わっているんだろうな。
「あなたは関わるの?」
「知らなーい。でもウィンちゃん、手伝ってっていったら、助けてくれる?」
ホリーはそう言ってじっとあたしを見る。
「ホリーはあたしの友だちだと思ってたけど?」
「え? うん。わたしもそうだよー?」
そう言って彼女はニヤリと微笑む。
その様子に細く息を吐いて、あたしは告げる。
「月輪旅団の流儀なら友だちは助けるわよ。あ、でもそれを当てにして嵌めたらヒドイ目にあうかも」
「はは、そうなんだー」
「でも、ヤバいときは言いなさいよ」
「そうねー。もし“そいつら”がヤバいなら、うちの一族もそれなりにヤバい連中だから、『ヤバさ対決』になるかなー」
「『ヤバさ対決』ってなによ?」
そこまで話すとホリーは曖昧に微笑んで、その話題をやめた。
「ところで、キャリルとロレッタ様はもう着いているわよー。ティルグレース伯爵夫人閣下も一緒ね」
早起きだな貴族家。
休みの日にはいつまでも寝ていたいあたしとしては、ホリーの言葉に思わず感心する。
そう思っていると、ホリーの言葉が聞こえたサラも同じことを思ったようだ。
「ホリーちゃん、貴族家って朝が早いん? 商家と同じで色んな仕事をせなあかんの?」
「うーん、家によっても違うけどー、武門だとか役付きの家は朝早くて夜遅いわねー」
役付きか。
プリシラのお爺様であるキュロスカーメン侯爵閣下は、王国北部の地方総督をしている。
地方総督は、本来は家格と貴族家に伝わる人脈やノウハウから、辺境伯家から選ばれることが多い。
でも今代の北部の辺境伯は外務大臣をしているため、侯爵閣下が地方総督をしているという話だった。
そのあたりの話をしながら、あたし達は侯爵家の敷地の脇を伸びる道を塀に沿って歩く。
「ティルグレース伯爵家以上に大きな敷地ね……」
あたしがそう言って嘆息すると、ジューンが訊いてきた。
「爵位でいえば侯爵家は伯爵家の一つ上のランクですよねウィン?」
「そうね。……王都の土地って限られるじゃない? ティルグレース伯爵家やその倍はあるキュロスカーメン侯爵家クラスの敷地が、王都で一番大きな敷地だとおもうわ」
なぜか記憶にあるのだけれど、日本の東京ドームの広さがだいたい五ヘクタールくらいだったはずだ。
東京大学の赤門のあるキャンパスが、六十ヘクタールくらいじゃ無かっただろうか。
一ヘクタールが一万平方メートルだ。
正方形で一ヘクタールを考えると一片の大きさは百メートルで、日本の小中学校の校庭の面積くらいだったとおもう。
日本での人生の仕事で使った数字だったかも知れないけれど、そこは上手く思いだせないんだよな。
仕事のことを思いだせないのは、なぜかホッとするのはどういうことなんだろう。
あまり考えないようにしよう。
現実の王都に話を戻すと、公爵家、辺境伯家、侯爵家の邸宅がだいたい四ヘクタールくらい、伯爵家が二ヘクタールくらいだろうか。
ちなみに学院の敷地は、推定で五十ヘクタールくらいはある気がする。
「ウィンは調べたことがあるんですか?」
ジューンは不思議そうな顔で聞く。
「調べたっていうか、身体強化して王都内をうろついていたら、足で何となく広さを覚えちゃったのよ」
「なるほど、自分の足で測ったのと同じなんですね」
「うん。感覚的な話だけど、大体あってると思うわ」
王都の貴族家で一番大きな敷地となると、王弟である将軍閣下の公爵家になる。
将軍閣下の邸宅は、ティルグレース伯爵家二個分くらいはあると思う。
そんな話をしていると、あたし達はキュロスカーメン侯爵家の通用門に辿り着いた。
そのまま警備の兵にホリーが話をして顔パスで通り、そのまま屋敷の通用口に向かう。
あたし達は公園と言われても違和感のない木立の中の道を進む。
車止めから通用口に入るけれど、ここもいわば裏口なのにスゴく立派な建築だ。
ふと視線を向けると、サラとジューンとアンは目を輝かせていた。
確かに貴族家の邸宅って設えが豪華だし、地球の記憶でいうところのテーマパークのパビリオンみたいな感じはするよね。
通用口では、ここもホリーが話をしたら顔パスだった。
建物の中に入ると侍女服を着た女性が待っていたけれど、内装はティルグレース伯爵家よりも少し華やかな印象を覚えた。
あたし達は侯爵邸に伺っているんだなと思いつつ、侍女さんに注意を向ける。
「皆さま、平素プリシラお嬢さまとお付き合いいただき、ありがとうございます。恐れ入りますが、これから案内します部屋にてお着換えいただけますでしょうか?」
「こちらこそ、いつもご高配を賜りありがとうございます。お話は伺っていますので、ご案内をお願いいたします」
侍女さんにはアルラ姉さんが対応してくれた。
そしてあたし達は邸内を移動し、応接室の一つに案内された。
応接室といっても、学院の普通の教室一つ分くらいはあるのだけれど。
案内された部屋であたし達はそれぞれ【収納】を使い、学院の制服を取り出した。
今回キュロスカーメン侯爵家を訪ねるにあたって、服装規定があるという話になった。
もっとも、あたし達は学院の生徒ということで、学院の制服を着ていれば正装という扱いでいいらしい。
「ウチ、ドレスコード言われて、ドレスを用意せなアカンかと思ったで」
「そう? 侯爵家だからなのかしらね。キャリルの家はそこまで気にしなかったわよ」
サラとあたしが話していると、ホリーが告げる。
「キャリルの家は武門だから、極言すれば『戦えるならそれが正装』って言っても通るわよー」
それはそれで問題な気がするぞ。
なんでも『武門だから』で済ませそうなんだよな、ティルグレース伯爵家。
でもロレッタ様の婚約を発表した食事会の時は、キチンとおもてなしとかしていた。
「ふつうは侯爵家以上にもなると、きちんと正装じゃ無ければ煩い家もあるわねー」
「それやったら王宮とかはどうなん?」
「王宮は王家が実力主義だから、清潔感があれば公式の場以外は何も言われないはずよー」
『ふーん』
たしかに清潔感というのは重要なキーワードかも知れないな。
正装では無くても、身だしなみには気を付けようという話な訳だ。
あたし達はそんなことを話しながら、学院の制服に着替えた。
その後あたし達はまた侍女さんに案内されて邸内を移動し、訓練場という場所に案内された。
そこにはすでにプリシラとキャリルとロレッタ様が居た。
訓練場の脇のガゼボに目を向けると、シンディ様ともう一人、年配の女性がお茶を飲んでいるのが目に入った。
その女性の気配で、あたしは彼女がプリシラのお婆様だと察した。
ホリー イメージ画 (aipictors使用)
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