06.バランスという面でいえば
薬草薬品研究会でジャスミンから気になる話を聞いてしまった。
いままで【鑑定】と【分離】を組合わせて、混ぜ合わせた塩と砂を分離するワザのトレーニングをしていた。
ところがこのワザは先があって、塩水から塩を取り出す時には難易度が上がるのだそうだ。
その結果、水に溶けた塩を全て取り出すのは難しいらしい。
説明ではイメージの問題らしいので、練習すれば効率は良くなるみたいだけれど、ジャスミンには「薬草から物質を取り出すなら乾燥させればいいのでは」と言われた。
たしかに乾燥させてしまえば、今は成功している塩と砂に近くなる。
でも薬草を乾燥させたら、薬として使える成分が壊れたりするんじゃないだろうか。
地球の記憶からすればそう考えてしまう。
そもそも『塩水と塩』という話が出てきたけれど、液体から個体の分離の話だ。
混ざった二種類以上の液体の分離とか、気体から個体の分離とか出来るのだろうか。
魔法を使って気体からの個体の分離が出来るなら、地球にあったような薬を作りたいというあたしの秘かな野望には近づく気がする。
ニオイがするところで魔法を使えば、薬の材料が取れるとかすごくラクそうだ。
「イメージのチカラかあ……」
「塩水から塩を分けるのは、塩と砂を分けるのと同じ手順よ?」
「はい……」
ニコニコと微笑むジャスミンに言われて、あたしはちょっとショックを受けていた。
「ウィンちゃん、大丈夫よ! まだ初等部一年生だし、順番に練習すればいいと思うの!」
「――そうですよね。ありがとうございます、カレン先輩」
あたしがいきなり目標が増えたことにショックを受けていたのを見て、カレンは笑顔で励ましてくれた。
たしかに今すぐに出来る必要は無いんだよな。
というか、どうしてもすぐに必要になったら、出来そうな人を探してやってもらう手もあるんじゃないだろうか。
カレンの言葉で励まされて、あたしは少し自分の思考が回り始めた気がした。
休憩したあとはあたしは塩水から塩を取り出すのを試してみたけれど、どうにもイメージの働かせ方が固体同士のときとは違うみたいだ。
「気長に練習しよう……」
あたしはそう呟いて【鑑定】と【分離】を組合わせる練習を再開した。
その後、適当なところで練習を切り上げて、あたしは寮の自室に戻った。
夕食はいつものように姉さん達と食べ、宿題をやっつけて日課のトレーニングを行い、軽く読書をしてから寝た。
一夜明けて光曜日になった。
午前の授業を受けてお昼になり、実習班のみんなで昼食を食べに行く。
多少はあたしへの視線が弱まった気がするけれど、気を緩めると観察されている気がする。
仕方がないので気配を押さえて移動して、料理を取って適当な席に座る。
食事をしながら話をしていたら、食品研究会の話になった。
サラは一緒に狩猟部に行く時に食品研の話をすることがあるけれど、ジューンからは魔道具研究会の話ばかり出ている気がする。
「ジューンは最近はあまり食品研には出ていないの?」
あたしがミックスサンドを頬張りながら訊くと、「そんなことは無いですよ」とジューンが応える。
「私もサラと同じくらいには食品研に出ていますね?」
ジューンはビュッフェで取ってきた卵料理を食べながら、サラに視線を向ける。
「そうやね。ジューンちゃんと一緒に行ったりしとるけど、料理研が噛まない“食品研だけ”の活動やったら、あいかわらずチーズ作りがメインやね」
サラは今日はミートパイを食べているけれど、サクサクの生地がおいしそうだ。
彼女が一緒に取ってきたかぼちゃのポタージュスープもおいしそうだけれど、あたしもおなじスープを取ってきているのでそこは安心なんですよ (断言)。
「そうですね。大きな変化は無いですけど、魔道具でもっと生産を簡単にできないかという話をしたりします」
「魔道具ですの? ――魔石を使ってしまうのでしたら、赤字になってしまうのではありませんか?」
キャリルは今日はチキンソテーの日みたいだ。
トマトソースが掛かっていて美味しそうだ。
「逆に、使用者自身の魔力でまかなう方式なら、いい運用ができるかもしれぬのじゃ」
ニナはフィットチーネのクリームパスタを食べている。
けっこうボリュームがありそうだけれど、クリーミーな見た目がいい感じだな。
それはともかく、魔道具でチーズ作りを簡単にする、か。
場合によっては地球で言うところの産業革命になりそうだよね。
でも個人の魔力で動かすならそこまで行かないんだろうか。
「チーズ作りに魔道具を使うって、例えばどんな機能なの?」
「獣人の嗅覚では危険な株を使ったチーズづくりの自動化でしょうか」
ああ、チーズの激臭への対策か。
そういう方向性はたしかに必要なのかもしれないな。
「そやね。臭いを分解するか、閉じ込めるか、幾つかやり方がありそうやんな」
「妾は臭いの分解が現実的と思うのじゃ、閉じ込める方式では魔道具の故障で大惨事が想像できるからの」
「ウチも激臭はもう堪忍やで」
サラがそう言ってキツネ耳をしなしなと垂れさせる。
まえに教室で気絶しちゃったんだよなサラは。
「あのときは済みませんでした」
「別にええって」
「ときにサラ。臭いで気絶するのは、どのような感覚なんですの?」
キャリルが興味深そうな表情で質問した。
獣人じゃ無ければあまり想像でき無さそうな気がするけれども。
「熱とか痛い感じがして意識が無くなってもうた。気がついたら洗浄の魔法で臭いを消してくれとったけど、残ってたらトラウマやったと思うで」
『ふーん』
その後あたし達は、サラとジューンがおすすめのチーズの話をしながらお昼を食べた。
午後の授業を受けて、放課後になった。
週次の打合せのために、あたしはキャリルと風紀委員会室に向かった。
今日はエルヴィスとアイリスが委員会室に居て、何やら話し込んでいる。
あたし達が挨拶をすると二人も挨拶を返してくれた。
「何かあったんですか?」
「ああ、昨日ウィンちゃんが止めてくれた件を話していたんだよ」
「エルヴィス先輩は『第二王子婚約者肉弾探究会』を知らなかったのよ」
「名前は知っていたんだけどね」
朗らかに告げるエルヴィスに対し、アイリスは腕組みして何やら考え込む。
「肉弾、ですの?」
キャリルよ、そこに引っ掛かるのか。
「あたし的にはどこからツッコんだらいいのか悩ましい名前ですけど、根本的な疑問としてディンラント王家への不敬罪なんかにはあたらないんですか?」
「ワタシが知る限りホワイト寄りのグレーゾーンみたいね。先生たちの中には問題視する人もいるみたいだけれど、本人たちの向上心につながるならって話みたい」
それでいいのかディンラント王家。
たしかに陛下はあたし達と喜んでピザを食べてくれる庶民派だけれど、何かがちがう気がするのは気のせいなんだろうか。
「『肉弾研究会』とはどんな活動をなさるんですの?」
キャリルには昨日の夕食のときにかいつまんで話をしたら、食い付いていた気がする。
『強さを得るには対価が必要ですわ』とか主張していたのだったか。
速攻でクギを刺したけど。
あたしが微妙に気を揉んでいると、アイリスが説明する。
「事実はともかく、自分をリンゼイ第二王子殿下の婚約者と想像して、それにふさわしい女性になるための活動らしいわ――」
そのために政治学や礼法、王国貴族家の歴史などの座学を行う。
それに加えて第二王子妃にふさわしい体力をつけ、戦闘力を付けるのだという。
「戦闘力って必要なんですか?」
「武門の貴族の場合は無条件で、『もちろんです』という答えになりますわウィン」
あたしが思わず呻くように問うと、キャリルが嬉しそうに肯定した。
「そうかなあ……。伯爵家とか高位貴族で、武を重んじる家なら多少は理解できるけれど、王子様の妃殿下よね?」
「そうですわね」
「王子殿下が司令官をして、その補佐として軍師をするならまだ理解できるわ。でも『戦闘力』ってそういう話じゃないわよね?」
あたしの言葉にキャリルは腕組みして応える。
「一理ありますわね。ローズ様はまさにそのようなタイプでしょうし」
軍師、だっただろうか。
あたしは先日会ったローズ様の穏やかで柔和な笑顔を想像しつつ、頭に疑問符を浮かべる。
「そうだったんだ?!」
アイリスが何やら衝撃を受けているけれど、この件に関してはあまり信用しない方がいいと思います、うん。
「ですがディンラント王家の場合は、竜魔法がございます。いざ戦いとなれば、前線に立向かうことを求められることもあると思いますわ」
そう告げてキャリルは自信ありげに頷いた。
「ふーん。……ちなみにキャリルちゃんは第二王子殿下に興味があるのかい?」
エルヴィスが何気なく尋ねる。
それに対して、キャリルは特に動揺することも無く応える。
「将としてはやや控えめで慎重な印象がありますわね。逆に第一王子殿下は前のめりですし、バランスという面でいえば……」
そこまで言ってキャリルはだまり込み、優しい笑みを浮かべた。
「キャリル?」
レノックス様には言及しないか。
「何でもありませんわ。とにかく、わたくしは件の『第二王子婚約者肉弾探究会』に参加することは無いと申しておきますわ」
『ふーん』
あたし達がそんな話をしていると、風紀委員会のみんなが集まってきた。
アイリス イメージ画 (aipictors使用)
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