05.熱情でも理性でも
状況的に考えて、あたしは創造神さまから称号を頂いてしまったようだ。
あたしはソフィエンタの分身だけれども、そのことで特別扱いされたいと思ったことは無い。
ラクこそ正義なのは、あたしの中で確信に近いものがある。
でもそれはズルをしたい訳じゃあ無いんですよ。
今回の場合は特別扱いじゃ無い――かなあ。
以前あたしは『モフの巫女 (仮)』の称号を得た時に、同時期に『世話人』という“役割”を覚えた。
“称号を付ける”ということが、そもそも特別扱いと捉える人もいるだろうか。
でも『モフの巫女 (仮)』とかはあたしが望んだ称号では無いし、それは果たして特別扱いなんだろうか。
あたしはその辺りのことを考えて、すこし時間を無駄にしてしまった。
独りで考え込んでいてもらちが明かないし、あたしは誰かに相談しようと考える。
一番確実なのはソフィエンタだろうけれど、その前にスウィッシュに相談してみることにした。
「それでぼくが呼ばれたんだね」
「うん。あなたが知ってるとは思っていないけれど、一緒に考えてくれるかなって」
「無茶ぶりじゃないかなそれ。――と言ってだまり込むところだけれど、『たまゆら』については『瞬きのあいだ』くらいの意味だと思うよ」
「おお! 知ってるの?」
「いちおうね。どういう経緯かまでは分からないけれど、マホロバ風の文化圏について言葉の記憶があるね」
「ふーん。確かに日本の記憶でいえば古語に近いような響きに聞こえるかしら」
スウィッシュはあたしの言葉を肯定する。
彼によれば、『たまゆらのねかひ』とは『たまゆらの願い』とのことだ。
「つまり、『ほんの瞬きのあいだに願うこと』くらいの意味じゃないかな」
「それが称号になるの?」
「ぼくに訊かれても困るかな」
それは確かにそうか。
「それじゃあ、『アイン・ソフ・アウル』ってなに?」
「しらなーい」
何やらご機嫌な感じでスウィッシュは告げた。
まあ、あまり期待してなかったからいいんだけどさ。
「ぼくに訊いてないで、ソフィエンタに訊いてみたら?」
「うーん、さっき会ったばかりなのよね……」
そう言いつつも気になってしまったので、結局ソフィエンタに訊くことにした。
窓際のローズマリーの鉢植えに椅子を向けて、胸の前で指を組んで目を閉じる。
「ソフィエンタ、ちょっといいかしら?」
「どうしたのウィン。称号のことかしら?」
すぐに念話で応答があったけれど、いちおう説明してくれた。
『たまゆらのねかひ』については、スウィッシュと話していた内容で正解らしい。
そしてフリガナの方の情報だけれど――
「そっちはあなたの記憶に無いなら気にしないで?」
「そんなのでいいの?」
「ええ。いい称号だと思うし、そういうものなんだなと思っていればいいわ。地上の子たちに見られても、意味が分かる子はほぼ居ないと思うし」
「なんかモヤモヤするんですけど?」
説明が面倒で端折ってるんじゃないだろうな。
「ならウィン、理解するために王立国教会で修行する? あたしはあなたが望むなら応援するけれど」
「いや、ふつうのくらしがいちばんです」
ソフィエンタとそんなやり取りをして念話を終え、あたしはスウィッシュを引っ込めて早めに寝た。
一夜明けて、一月第五週の風曜日になった。
いつものように授業を受けてお昼になり、みんなで昼食を食べている。
あたしは今日はベーコンとブロッコリーのペンネを頂いている。
ブロッコリーが解れてクリームソースに混ざり、全体が薄い緑色になっているのだけれどそれでひどくおいしそうに感じてしまった。
ちなみにサラとニナもあたしと同じ料理を選んだ。
二人とも美味しそうに食べているけれど、ふとあたしはニナの顔を見て話すことがあったのを思い出した。
「そういえばニナ、そろそろ月が変わるじゃない? ブライアーズ学園のフィル先生から地魔法を習う件だけれど、どうしよう?」
「そうじゃのう。――さすがにもう論文の方向性は決まっておるじゃろう」
そう言ってニナは考え込む。
彼女の話では、フィル先生なら参考文献集めなどは手堅くやるだろうとのことだった。
「あとはデータ集めなどになるじゃろうし、時間はあると思うのじゃ。学生たちにやらせるじゃろうからの」
フィル先生はブライアーズ学園の『魔導馬車研究会』で、顧問をしている先生だ。
前回訪ねた時も、生徒たちがぞろぞろ居たんだよな。
「先生本人がデータ集めに専念する可能性は無いかしら?」
「ふむ。否定は出来ぬが……、その辺は弁えるじゃろう。学生を上手く使うと思うのじゃ。でなければあそこまで生徒たちに慕われておらぬのじゃ」
それもそうか。
あたしがニナの言葉に納得していると、あたし達の会話に興味深そうにしていたジューンが訊いてきた。
「以前言っていたフィル先生の話ですね。『魔導馬車研究会』の顧問とのことですが、あちらの部活はどんな雰囲気なんですか?」
ジューンは今日はキャリルと同じものを食べているけれど、白身魚のバターソテーを選んだ。
バターが濃厚だけれど、魚だからそこまで重く無くて食べやすいんだよなあれ。
「雰囲気のう。――男子比率が高くて、なかなか興味深かったのぢゃ」
「やっぱり男子が多いと、勢いというか熱気がスゴいんじゃないですか?」
「うむ、あの熱情は非常に好ましいものなのぢゃ」
なにやらニナがジューンに応じてしたり顔で応じているけれど、部活のことじゃないことを考えている予感がする。
「でも研究開発となると、理性的な開発は大切ではありませんの?」
キャリルが興味を持ったのかニナに訊いた。
それに対してニナはしたり顔で頷く。
「“開発”は常に重要なのぢゃ、熱情でも理性でも、ウエルカムなのぢゃ」
何だろう。
微妙に会話のニュアンスがかみ合っていない気がする。
気のせいなんだろうか。
あたしはふと思いついてニナに訊いてみた。
「ニナは魔道具開発にも関心があるの?」
「妾が関心があるのは、ひとつのことに打ち込む男子生徒たちの情熱、それにつきるかも知れぬのぢゃ」
やっぱりそっち方向の関心の話だったか。
精霊の姿を先方の学園生徒の姿で再現しなければ、あたしは特に言うことは無いけれども。
「いっそニナちゃんは、ボーイフレンドつくったらええのに」
「それとこれとは話が別でのう、密かに見守るのが楽しいのぢゃ」
あたしはそれを聞いて細く息を吐く。
「ノーラさんに報告した方がいい話なのかしら」
あたしの言葉でニナはすました表情を浮かべて告げる。
「それはさておき、フィル先生からはしっかり魔法を学ばねばなのじゃ」
それには異論は無いけれども、あたしとしてはニナの今後について微妙に不安を感じたやり取りだった。
放課後になって、あたしは実習班のみんなやプリシラたちと部活棟に移動した。
みんなとは玄関で別れて薬草薬品研究会に向かう。
「こんにちはー」
『こんにちはー』
薬薬研のみんなが挨拶を返してくれるので、あたしはいつものように乳鉢と塩と砂を用意した。
そして開いている席を使って、【鑑定】と【分離】を組合わせる練習を始める。
あくまでも体感だけれども、この練習にもずい分慣れたと思うし、使っている魔法の発動もスムーズになっている気がする。
そう思って淡々と練習を進めていると、先輩たちがお茶にしようと声を掛けてくれた。
あたしは簡単に片づけてハーブティーを淹れるのを手伝った。
「ウィンちゃんは【鑑定】と【分離】を組合わせるのが上手になったわよね!」
「ありがとうございます。そうだといいんですけれど」
カレンが褒めてくれるので少し嬉しい。
「少しだけ見せてもらったけれど、ウィンちゃんはそろそろ塩水から塩を分離する練習をしてもいいかも知れないわね」
「え゛、もしかして上級編みたいな練習があるんですか?」
塩水ですか。
確か最初にこの方法をジャスミンから教わったときは、顧問のスコット先生が塩害の研究で使った技術だと教えてくれた気がする。
土に含まれた塩を取り除くのに最適な方法を調べるのに、どの方法が効果があったのかを調べるため、だったか。
「うーん、上級、中級、初級というカテゴリーでいえば、ウィンちゃんは初級編をクリアした感じじゃないかしら?」
ジャスミンはそう告げてニコニコと微笑む。
「もしかして、塩水の中から塩を取り出すのって、けっこう難しいんですか?」
「人によるんじゃないかしら。わたしはけっこう難しいと思うわね」
ジャスミンから聞いたのだけれど、彼女はいちおう覚えているそうだ。
「前提として、砂と塩をキレイに分けられないと無理なのよ」
「水の中にあるというのが厄介なんですか?」
「溶けているのをまた元に戻す、というのがイメージしづらいのよね――」
ジャスミンによれば彼女にしても、覚えることはできたけれど効率が悪いらしい。
塩水から取り出す塩の量が、明らかに混ぜた量よりも少なくなってしまうそうだ。
「スコット先生は全て取り出せるみたいだけれど、イメージの問題だと言っていたわ」
「先は長そうなんですね……」
「でもウィンちゃんは乾かしたもの同士は分離できるのよね? 薬草の中の物質を取り出すという話だったと思うけれど、乾燥させればいいんじゃないかしら」
「それは……、そうですけれど」
あたしが呻くように応えると、ジャスミンは不思議そうな顔をしていた。
ジューン イメージ画 (aipictors使用)
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※『神秘のカバラー(フォーチュン著・大沼忠弘訳)』を参考に、「アイン・ソフ・オウル」を「アイン・ソフ・アウル」に修正しました(2025/11/10)。
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