04.本来持っているものを
ソフィエンタの話では、邪神群をおびき出すエサにあたしを使うという。
創造神さまだとか豊穣神さまが直接乗り出すかは分からないけれど、ソフィエンタとかが仕事をするのに関わるんだろう。
あたしは所詮は人間だ。
おそらくは神々が責任を取ってくれるのだろうけれど、話を聞く限りでは面倒そうな相手だ。
ソフィエンタとかが失敗する切っ掛けを作りたくない。
そのくらいのことは考えていた。
「大丈夫よウィン。あなたにそんな責任を背負わせるつもりは微塵もないから。でも、相手が非主流派と言っても神々だし、連中の基礎知識はあったほうがいいのよ」
思考を読んだであろうソフィエンタは、そう言って優しく微笑んだ。
「うん。……分かったわ。それであたしは具体的に、何をすればいいのかしら?」
「それなのじゃが、基本的には普段通り過ごして欲しいのじゃ」
「それだけですか?」
ならソフィエンタの家に来る必要は無かったような。
でもナイショ話をしたかったのか。
「うむ。現状では収束していない可能性が多すぎて絞り切れないのじゃ。しかし恐らくは、ウィンの日常に現れた人間が、邪神群と関わっているはずじゃ」
「そうですね。創造神さまの言葉に補足すれば、あなたはあなた自身が引っかかるような人物に相対したとき、その人物をよく観察するようにしてくださいな」
創造神さまと豊穣神さまがそう告げた。
人間観察か。
どちらかといえばあたしはツッコミ体質だし、観察するのはそこまで苦ではないとおもう。
それよりもあたしの日常にそんな人はいるだろうか。
変態――もとい、ちょっと個性が強い人はわりと知っている気がするけれども、ヤバそうな神々が関わっているような予感を感じたことは無いんだけどな。
「ええと、そのお話はもしかして『預言』ですか?」
「ウィン、あなたの『予感』がカギになるわ」
ソフィエンタはそう告げてあたしをビシッと指さす。
「予感か、ちょっと曖昧なのね」
そんなことでいいんだろうか。
「曖昧でも、あなたは大切なものを選び取ることが出来る子よ。あたしの分身だもの、ヘタは打たないわよ」
「それって精神論? それともオカルトかしら?」
あたしは思わず苦笑してしまう。
それが不服だったのか、ソフィエンタは不敵に微笑む。
「違うわ。その時点における選択肢を切っ掛けにした行動の連鎖が、将来的に自分自身にもたらすものを定量的あるいは定性的な尺度で無意識に想定しつつ、意志と脳と肉体の感覚を統合させて結論する、実現性が高い未来の光景よ」
「長いわよ! ……もっとシンプルに言えないの、ソフィエンタ?」
思わずあたしはじっとりと彼女を見る。
あたしのツッコミに、負けじと彼女は口を開く。
「“知・情・意で一歩先を見通す目”――あなたの予感をひと言でいえば、そうなるかしら!」
最初からそう言ってくれればいいのにこの本体。
あたしはそう思った。
ソフィエンタから神域に呼び出され、あたしは邪神群のことについて説明を受けた。
色々と専門的っぽい話だったけれど、最低限いま必要な話は済んだとのことだった。
正直神さま用の従業員通路の話をされても、そうですかとしか言いようがないんですけど。
でもヘンな人を見かけたらよく観察すべしという話だ。
あたしの心情的にはそういう場合はダッシュで逃げたいけれども、今後は多少はガマンすることにした。
その場を逃げなくても気配を消して観察する手もあるかも知れないし。
ふと思うけれど、相手が神さまの力を得ているなら、あたしが気配を消しているくらいじゃ見破られるリスクはあるんだろうか。
相手によっては危険なこともあるのかも知れないし。
「大丈夫よウィン。本当にヤバい時は、あたしが何としてもあなたを護るから」
「うん。――分かったわ」
そこまでソフィエンタと話してから、あたしは現実に戻してもらうことになった。
帰り際に創造神さまから声を掛けられた。
「ウィン。お主を色々と神々の事情にまき込んで、済まないと思っておるよ」
「創造神さま……」
あたしの本体が薬神であるソフィエンタな関係で、今回創造神さまや豊穣神さまに会っている。
たぶん普通の人生を送っていたのなら、そんな機会は無かっただろう。
自分が薬神の分身である以上、神々の事情に巻き込まれるのは仕方が無いとは思う。
ただ、納得できるかどうかは別の問題ではあるけれど。
その辺りを黙っていてもいい気もしたけど、でも目の前の神々はあたしの思考なんかお見通しだろう。
あたしは細く息を吐き、口を開く。
「率直にいえば、失礼かもしれないけれど、メンドウに感じているのは事実です。創造神さまたちの前で誤魔化しても、あたしはやっぱりそう感じてしまいます」
「うむ。正直なのはワシらの前では美徳じゃよ」
創造神さまは微笑む。
豊穣神さまやソフィエンタも笑顔を浮かべているな。
「はい。――ただ、同時に、邪神群の目的は創造神さまに成り代わることだっていうことを聞いています。ヤバい連中だということも」
「連中の目的はそうじゃの。彼らがヤバいかどうかは視点にもよるのじゃが、中には世界を自分たちの遊び場としか思っておらぬ神々も居るのじゃよ」
それはまたヤバいというより迷惑な神々だな。
地球の神話でも色んな神々が語られて、トリックスターな神もいた記憶がある。
でもいまは歴史の中での神話とか伝承じゃなくて、実際に息づかいが感じられる神々の非主流派の話だ。
「それって、あたしが暮らす世界も、遊び場にされるリスクがあるってことですよね」
「残念ながらそうじゃな。生きとし生けるものに無害な遊びならまだ許せるんじゃが、色々と悩ましいのじゃ」
「それなら、あたしに出来ることがあるなら手伝いますよ」
「ありがとう、ウィン」
創造神さまは嬉しそうに微笑んで、あたしに右手を差し出した。
あたしはその手を取って握手をする。
その直後にあたしの頭上で何かが輝き出した。
「うおっ、なんですこれ?!」
あたしが握手をしたまま呻くと、すぐにその光は消えた。
何となく創造神さまが何かを授けてくれた予感がして、あたしは尋ねる。
「もしかしてあたし、創造神さまから加護や祝福を頂いたんですか?」
べつにあたしは、特別扱いされたいわけでは無いんだけれども。
あたしの言葉を聞いて創造神さまは手を放す。
「ワシの祝福は、常に全ての宇宙で、生きとし生けるものに漏れなく与えられておるよ」
「それって……」
そこまで行くと、生命という仕組みに創造神さまの力が宿っているようにも聞こえてくるけれども。
あたしの思考には触れずに、創造神さまは告げる。
「何というか、ちょっとしたおまじないみたいなものじゃよ」
「おまじない、ですか?」
「うむ。ウィンが本来持っているものを、自分で見つけやすくなるようにのう」
「はあ……、ありがとうございます」
「お主がラクをしたいと言って、ふだん頑張っているのは知っておるよ。今後も自分のペースで進むと良いのじゃ」
「はい」
あたしが創造神さまに頷くと、豊穣神さまやソフィエンタも機嫌が良さそうな顔で頷いていた。
現実にもどると、あたしは寮の自室にいた。
椅子に座って勉強机に向かい、手の中にはハーブティーのカップがある。
ハーブティーはまだ温かいままで、淹れて直ぐの状態のままだった。
何となく時計の魔道具を確認するけれど、現実ではほとんど時間が経っていない状態で帰還したようだった。
さっきまでソフィエンタや豊穣神さま、創造神さまと交わした言葉を思い出しつつ、あたしは呟く。
「はあ。いつも通りってことで、日課のトレーニングを片付けますかね」
そうしてあたしはいつも通りトレーニングを行った。
それが終わった段階でふと思い立ち、【状態】の魔法を使った。
最新のステータスを確認したのだけれど、称号で『適当無双 (仮)』が消えていないかを期待していた気持ちはある。
創造神さまと握手したときに何かスゴく光ったけれど、あたしがビミョーだと思っていた称号を消してくれたりとかを期待してしまった。
結論をいえば残っていたのだけれども。
ただ、称号については妙なものが増えていた。
「『適当無双 (仮)』は仕方ないし様子見するとして、『たまゆらのねかひ』って何よ……? ていうかカッコ仮じゃあないわねこれ?!」
いつの間にかステータスの称号の欄に『たまゆらのねかひ』というものが増えていた。
正直心当たりがない。
そう思ってステータスのその称号に意識を集中させると、追加で説明が出てきた。
「『最も小さいものが最も大きなものを象る』? なんじゃこれ?」
そこからさらに意識を集中すると、『“役割”やスキルを取得する確率がすこし上昇する』という説明が出てきた。
はて、称号って誰かがあたしをそう呼んだから、付くものじゃないのだろうか。
そこまで想起してから、あたしはさっきまで話していた創造神さまの言葉が頭に過ぎった。
「『本来ウィンが持っているものを、自分で見つけやすくなる』だったっけ? うーん……」
状況的に考えて、創造神さまと握手したときにもらった称号じゃないだろうか。
あたしは思わず考え込んでしまった。
ウィン イメージ画 (aipictors使用)
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※『神秘のカバラー(フォーチュン著・大沼忠弘訳)』を参考に、「アイン・ソフ・オウル」を「アイン・ソフ・アウル」に修正しました(2025/11/10)。
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