11.ワザを再現したいんですよ
寮に戻ってからは自室に戻り、夕食はアルラ姉さん達と一緒に食べて宿題を片付け、日課のトレーニングを行う。
トレーニングでは『時輪脱力法』も練習を始めた。
具体的にはサイコロに【加速】か【減速】を掛けて、それを解除するという内容だ。
指先でサイコロに触れつつ発動するけれど、「あらよっと」などの掛け声が必要なのは変わらない。
それでも大声は出さなくてもできている。
サイコロを選んだのは特に意味はない。
ボールを選んで勝手に転がって行くようだと、面倒と思っただけだ。
要するに『時輪脱力法』で、魔法の解除が出来ればいいとおもって練習している。
周りの部屋の子からうるさいとか言われたくないし、その辺は気を付けてやっているけれども。
日課のトレーニングを片付けた後は読書をしてから寝た。
そして一夜明けて一月第五週の火曜日になった。
いつも通り授業を受け、お昼休みに実習班のメンバーで昼食を食べに行く。
それぞれ配膳口で料理を取って会計してから適当な席に着いた。
もともと何の話をしていたのだったか、お小遣いの話をしていたらサラのアルバイトの話になった。
商業ギルドの掲示板で単発の仕事の募集をしているので、放課後に時々行っているそうだ。
「単発の仕事かぁ、どんな仕事をしているの?」
あたしが天丼を食べながら訊くと、サラはトマトソースのパスタを食べる手を止めて応える。
「そうやね、軽作業――大規模なおそうじやら修繕なんかは冒険者の仕事やったりするから、商売の補助が基本やね」
「商売、ですの?」
キャリルはビュッフェで取ってきたマトンのステーキを食べながら訊く。
「うん。たとえば売り子さんや生産加工、あとは書類仕事の補助とかやんな」
「生産加工となると、パンとかお菓子の仕事が多そうですね」
ジューンは今日はミックスサンドを食べている。
彼女が一緒に取ってきたオニオンスープも美味しそうだな。
「美味しいのは生産やね。ジューンちゃんが言うた通りやけど、パンとかケーキとかお菓子を作る補助の仕事なんよ。そやけど報酬とは別にお裾分けがある場合があるんやわ」
「ふーん……。あたしちょっと今日の放課後にお裾分け――じゃなかった、商業ギルドに「ウィンちゃんにはおススメせえへんけど」」
あたしの言葉に割込んでサラが笑う。
はて、おススメでは無いとはどういうことなんだろう。
「そもそものおこづかいが手元にあるんやったら、それで買うたほうが時間の節約になるで。お仕事しとったら別のことできへんし」
「ぐぬぬ」
「それにダンジョンに行ける子ぉらが、商業ギルドの単発の仕事を追加でやるとかも変やろ。魔石の方がおこづかいになるのとちゃうんかな」
そう言われてみたら、そもそものバイトの相場の話を聞いていないことをあたしは思いだす。
改めて金額を聞いてみると、たしかにダンジョンに潜って手に入れた魔石のほうがずい分実入りが良さそうだ。
「サラのいうとおりかも」
「そうやろ? ウチは弓術を練習して早ようダンジョンに挑みたいんやわ。ウィンちゃん、キャリルちゃん、連れてってくらはる?」
「「もちろん (ですわ)」」
そこまでのんびりとあたし達の会話を聞いていたニナが、牛丼を食べる手を止めてサラに話しかけた。
あたしも今日は牛丼にするか悩んだんだよな。
「ときにサラよ、商業ギルドで単発の仕事は良いのじゃが、いま王都は聖地になったばかりでザワついておるのじゃ。安全のために一人で行かぬ方が良いと思うのじゃ」
たしかにそれはニナの言うとおりだな。
商業ギルドに求人を出すような商人だったら、そこまでヤバい連中とも思えない。
それでも悪徳商人が妙なことを始めるかも知れないし、ヘンな客への対応を強いられる仕事もあるかも知れない。
「ああ、それやったら大丈夫やで。子分代わりにカリオを巻き込んどるんやわ。いざというときはカリオに戦わせてウチは衛兵さんのとこまで逃げるわ」
『ふーん』
そういうことなら大丈夫か。
カリオはときどきガッカリモードに入るけれど、護衛くらいは問題無くできるだろう。
というか、その辺を歩いてる冒険者を相手にしても軽くひねれるんじゃなかろうか。
「まあ、子分ははんぶん冗談やけど、カリオも商いのことを経験したい言うとったし、いい機会やったみたいやで」
「そうなのじゃな。それならば問題はないのじゃ」
あたしもニナに同感だったけれど、カリオは確か最初は国から頼まれてキャリルを護衛することになっていたハズだ。
そこが気になって後日確認したところ、キャリルが学院の敷地内で行動する分にはそこまでうるさく無くなったらしい。
現状では、ダンジョン行きに同行すれば良いという指示になっているとのことだった。
ともあれサラの話を聞いて、あたしは思わず呟いた。
「色々大変そうだなあカリオ」
その声にジューンとニナは頷いて笑っていた。
放課後になって実習班のみんなとプリシラたちも一緒に部活棟に向かう。
部活棟に着くとみんなとは玄関で別れ、あたしとサラは狩猟部の部室に向かった。
服装などを準備して他の部員と一緒に部活用の屋外訓練場に移動する。
ディナ先生が合流したところでいつも通り、あたしたちは身体強化をしない状態で弓矢の合同練習を行う。
その後に個別練習に移り、前回成功した魔法の矢を放つワザ――白梟流の無影射を練習した。
相変わらず水属性魔力の矢を放っているけれど、コツらしきものは何となく把握できてきている気がする。
身体の動かし方と五感が捉える情報、自身の中のイメージなんかをひとまとめに整理しながら、虚空に水属性魔力で矢を作り出して放つ。
それをもっと明確に自分のワザとしてしみ込ませようとして、一射ごとに集中していたら先輩から『休憩しましょう?』と声を掛けられた。
「ウィンちゃんは弓が好きなのね。前にそう言ってた気がするけど、たしかに凄い集中力ね」
あたしの練習をいつも見てくれている先輩が、感心しているような少々呆れているような微妙な感じでそう告げた。
名前を上げるのは今さらだけれど、彼女はエイリーン・ブランドンという。
魔法科高等部二年でニッキーと同学年で、白梟流の上級者だ。
実家は王国南部の酪農家兼チーズ生産者という話だけれど、卒業後は冒険者になるか光竜騎士団の入団試験を受けるかで悩んでいるそうだ。
「そうですね。……きっかけは知りたい技術があって入部した感じですけれど、集中していく感じは好きですよ。少し未来の矢が命中する瞬間をイメージしながら放つとか、そういうのが」
「知りたい技術? って何だったかしら?」
そこに食いつくのか。
もともとの切っ掛けは月転流の刺突技である死帛澪月に裏の技があって、それが魔力の刃を飛ばすという話だった。
以前ノーラがあたしとスパーリングした時に教えてくれたのだけれど、彼女は百五十年前くらいに月転流の宗家の子と友達だったそうだ。
その縁で『ナントカレイゲツの裏』というのを、ノーラは対処したことがあったようだ。
突きの挙動をすると魔力の刃が飛び出し、刃の大きさや飛距離は魔力量で変わり、クギくらいの大きさにしたら数百ミータは飛んだ、そう言っていた。
スパーリングでそれだから、殺し技として研ぎ澄ませたらもっと凶悪になるとおもう。
「細かい事情は話せないんですが、とある伝手であたしが修めた流派に失伝したワザがあるって分かったんですよ。それが魔力の刃を飛ばすワザなんです」
「へー……、失伝か。え、でもそれって困るんじゃない?」
「そこはうちの流派の場合、敵に近づく技術を磨いて大丈夫にしてるんです」
「あー、たしかにウィンちゃんはスゴイもんね!」
何がスゴイんだよ先輩よ。
「と、とにかくそういう感じで、魔力の刃を飛ばすワザを再現したいんですよ」
「なるほど。そういうことなら、白梟流の無影射で魔法の矢を飛ばすのは、参考になるでしょうね」
「やっぱりそう思います?」
「ええ。私たちが習っているのは弓術よ。遠距離攻撃という点では、投擲術なんか目じゃ無いもの」
「それはそうですよね」
そうか、やり方によっては魔法の刃じゃなくて魔法の矢を飛ばすイメージで、『死帛澪月の裏』を再現できる可能性もあるのか。
「どういう形での再現を目指すにしろ、まずは白梟流の無影射をきちんと覚えますね」
「その本音は?」
「まほうのやがささるのがたのしいです」
これは事実だったりする。
あたしの言葉にエイリーンは笑っていた。
「楽しいならウィンちゃんの上達は早いわよ」
「だと嬉しいですけどね」
そんな話をしつつ、ときどき休憩しながらあたしは練習をした。
ノーラ イメージ画 (aipictors使用)
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