09.ピンチになるのはイヤなんです
第二十階層のボスを撃破したあたし達は、魔石を入手したあとにその場で簡単に講評を行ってから移動を再開する。
まずはそのまま密林の道を抜け、第二十階層の出口を通り抜けてそのまま第二十一階層の入り口を通過する。
転移の魔道具には前回鉱物スライム捕獲で来た時に魔力で登録したし、今日はそのまま挑む感じだ。
「それではここで小休止だ。打合せでも決めてあったが、今日は第二十一階層の道沿いに進む。その攻略が完了したら第二十一階層の入り口から転移の魔道具で撤収する」
「この階層では、いつもの『街道の安全確保』に見立てた移動だね?」
レノックス様にコウが確認するけれど、みんな把握している話だ。
「そうだ。予定通り、今日はこの階層の攻略を行ってから引き上げる。だから武器などの装備品を改めて確認してくれ」
『はーい (ですの)』
そうしてあたし達は小休止に入った。
王都南ダンジョンの第二十一階層から第三十階層は森林と山のエリアだ。
ここは前回来た時に体験したけれど、魔獣との戦闘後におこぼれ狙いの魔獣が追加で襲ってくることが普通にある。
あたしとしては斥候の鍛錬になるという意味では歓迎だけれども、気は抜けない。
魔獣の強さが増しているからだ。
特に注意が必要なのはオーガが生息しているのと、オオカミであるとか蜂などの個体の攻撃力が高くて群れを作る魔獣が生息していることだろうか。
他にもクマやトラ、ヒツジやヤギなんかの魔獣も居るので、魔獣素材を集めて稼ぐにはこのエリアは持ってこいらしいけれども。
あたしは周囲の気配を探りつつ、予習してきたこのエリアの魔獣のことを想起しつつ、自身の装備品の確認を進めた。
まあ、それは直ぐに完了する。
周囲の気配を確認する限り、たしかにそれなりに強そうな魔獣が森の中を移動している。
ただ、第二十階層で撃破したハイオークとその取り巻きくらいの危険度じゃないかと思う。
問題は前回来た時に突然現れたトラの魔獣なんだけど、ああいうのはどうしたものだろう。
「うーん……」
「どうしたんだウィン?」
「ああうん。前回来た時にトラの魔獣の接近を許したじゃない? 今回どうやって察知したらいいものかって思ってたのよ」
あたしが一人で唸っているとカリオが声を掛けてくれた。
懸念を伝えると不思議そうな顔をする。
「俺が臭いで察知して判断できるぞ」
ああ、その手があるのか。
「ウィン、オレたちが奇襲に対処する鍛錬にもなる。そこまで重く考えなくていい」
「そう? 斥候の主担当としてはちょっと複雑なんですけど」
「大丈夫だよウィン。少しはボクたちを信頼してね」
「どーんとまかせなさいなウィン。トラの魔獣程度、わたくしが直ぐに対処いたします」
「う、うん……」
とはいうものの、奇襲自体は避けたい気がするんだけどな。
魔獣の強さが増しているから、安全性という面では軽視できないし。
あたしが考え込んでいると、カリオが一言告げる。
「それにトラとかヤマネコの魔獣は単独行動がほとんどだろ。奇襲されてもいきなり囲まれてヤバくなることはあまり無いと思うぞ」
「だといいんだけど……」
いちおうカリオが指摘したことは正解だという予感があった。
それでもあたしは気を引き締めることにした。
ラクこそ正義ではあるけれど、手抜きをしてピンチになるのはイヤなんですよ。
そんなやり取りをしているうちに準備が整ったということで、あたし達は移動を開始した。
『敢然たる詩』のメンバーは、あたし、キャリル、コウ、レノックス様、カリオの順で移動している。
森林と山のエリアに伸びる道だから、ジャングルの中の道を進むよりは身体的な負荷は少ない。
それでもこのエリアは魔獣の脅威が増しているから気が抜けないけれども。
移動を開始してからすぐにあたしは道沿いに魔獣の気配に気づき、ハンドサインでみんなを停止させた。
あたしのところに集まったみんなに説明する。
「この先の道沿いに魔獣の気配があるわ。肉食獣系の魔獣というよりは、それ以外の感じね」
「昆虫とかか? ええと……、距離は約一キールちょっとってとこか」
「種類は不明だけれど、何となく群れて動いてる感じね。ヤギとかヒツジをイメージするわ」
カリオの言葉を否定するけれど、感じ取った魔獣の気配とかその動きは感覚的なものだ。
実際に目で見て調べられればいいのだけれど、風魔法の【巻層の眼】とかを使っても木の枝に遮られて見えないと思う。
そこまで考えて、ふとスウィッシュに偵察に行かせることを思いつく。
でもすぐに、近くには護衛の人たちがいることを思いだして、今回は諦めた。
少なくとも使い魔の話がマーヴィン先生から公表されるまでは、大っぴらには使わないようにしよう。
「どうしたんですのウィン?」
「何でもないわ。――そうね、ヤギを想定するわ。数は八頭。資料で読んだのだと、たぶん家畜のヤギなんかよりも大きいわ」
「ちょっとした馬くらいのサイズだったよね?」
あたしの話をコウが確認する。
「確かそうね。動揺しないでね」
『はーい (ですの)』
そこまで話してから気配を遮断して近づき、目視できる距離になってから陣形を変える。
魔獣は想定通りヤギの魔獣でマッドゴートと呼ばれるやつだった。
情報通り小型の馬くらいのサイズはあるけど、予習してなかったら驚くかも知れない。
あたしはコウと組み、残りのメンバーがもう一つの組を作る。
「さあヤギさん達! 観念なさいまし!!」
『め゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛!!』
キャリルが叫びながら突っ込むと、マッドゴート達は威嚇の鳴き声を上げた後に彼女へと突進する。
でもすぐに直前まで気配を消していたコウとあたしが、側面からマッドゴートの群れを強襲した。
コウが火属性魔力を纏わせた斬撃で瞬時に二頭を倒すと、マッドゴートたちはすぐに浮足立つ。
そこに容赦なくキャリルが戦槌から持ち替えてあった斧槍を振るい、動揺で棒立ちになっている個体の頭部を破壊していく。
あたしやカリオやレノックス様は気配を消したまま周囲を移動しつつ、マッドゴートの脚を破壊して回って行った。
この時にあたしが主に使っていたのは、四閃月冥の裏だった。
一体ずつ処理したけれど、ちょっとしたパニックになっているマッドゴートたち相手なら奥義・月転陣で斬って行っても良かっただろうか。
武器を投げる技である奥義・月転陣なら中距離攻撃が出来るし、一投で複数を狙える。
いや、それでも確実に一体ずつ対処する方が隙が無いか。
あまり妙な欲をかいてチームとしての連携を乱すようなことになったら、みんながピンチになるかも知れない。
このマッドゴート相手なら大丈夫だろうけれども。
そんな葛藤を抱きつつ、あたしはヤギの魔獣たちの脚を斬り飛ばしていった。
戦闘はすぐに終了した。
斥候で魔獣の配置を把握して先手が取れれば、そこまでヤバい事にはならないとおもう。
この森林と山のエリアでもそれは確認できた。
ああでも、脅威度が高い魔獣が出てきたら危険ではあるよね。
あたし達がマッドゴートに刃を入れて魔石を取り出していたら、とつぜん道から十メートルくらい離れた森の中に気配を察知した。
気配をかなり抑えていたけど、殺気は消せていなかった。
だから気が付いたけれども、襲って来たのはオオヤマネコの魔獣のブラッディリンクスだった。
でもこの個体も奇襲は避けられたので、率先して対処したキャリルが斧槍で仕留めていた。
マッドゴートとブラッディリンクスは魔石を取り出した後に血抜きをした。
その状態でレノックス様が、護衛の人たちに持たせていたマジックバッグに仕舞わせた。
「この階層からは魔獣素材を売ればそれなりの値が付くというのでな、持ち帰ってみようと思ったのだ」
「ふーん。でもパーティーの戦果ということなら、俺たちの誰かがマジックバッグを持った方が良くないか?」
「オレもそう思ったのだが、護衛の者たちが『荷運びくらいするので鍛錬に集中しろ』と言って聞かなかったのだ」
護衛で来ているのは近衛騎士さん達だし、第三王子殿下のレノックス様のパーティーということで気を使ってくれているんだろう。
でもレノックス様はともかく、あたし達に気を使わなくてもいいと思うんだけれども。
レノックス様からその話を聞いて、あたし達は護衛の人たちにお礼を言ったら恐縮された。
その後も森林の中を伸びる道を進み、途中で冒険者が護衛する製材所で休憩を入れたりした。
森林と山のエリアでは林業を行っているようだ。
冒険者の人に訊いてみると、鉱石を取れる場所もどこかにあるらしい。
ダンジョンてどこもそういうものなんだろうか。
でも鉱物スライムがいる訳だし、何らかの鉱脈もあるんだろうな。
魔獣を狩りながら道なりに進んだけれど、今回はオーガやオオカミ、ハチの魔獣などには遭遇しなかった。
あたし達は第二十一階層の出口から第二十二階層の入り口に向かい、魔道具に魔力を登録して帰還した。
ウィン イメージ画 (aipictors使用)
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