07.どうやら凶悪な方向に
いまあたし達は王都南ダンジョンに居る。
まずは『敢然たる詩』で、パーティーとして第二十階層のボスに挑む。
そもそもダンジョンにおけるボスとは何だろうか。
ダンジョンが資料を提示して体系立てて説明してくれた例は無いそうなので、その理由についてはダンジョンを研究した学者さんたちの知見が基本になっている。
それによると、特定の範囲の環境魔力のひずみみたいなもので『ボス』と呼ばれる個体が発生するのだそうだ。
あたし達が何気なく『ボス』とか『ボス個体』とか呼ぶ強力な個体は、必ずしも下位の個体を従えている訳じゃあ無い。
今回第二十階層で撃破する予定のハイオークには、取り巻きである下位の個体がセットになっている。
取り巻きはボス個体の指示には従っているみたいだ。
でもだからと言って、そのボスがジャングルのエリアの他の魔獣に対して指示を出して従えているかといえば、別にそんなことは無い。
それでも『ボス』と呼ばれている。
この呼び方は冒険者だとか騎士団なんかの戦闘集団が、ほかの魔獣と区別するためにそういう風に慣習的に呼んでいる結果だ。
そもそもダンジョンでは、なぜボス個体が発生するのだろう。
ダンジョンの入門の本にあった説明では、そのエリアで魔獣を発生させる環境魔力は均一ではなく、ある地点で濃くなってひずみを生んでいるらしい。
その結果、そのエリアで『ボス』と呼ばれる魔獣が生まれるとのことだった。
これ以上詳しい話については魔獣の発生に関する研究の専門書に書いてるみたいだけれど、あたし的にはそこまで調べていない。
それでまあ、カリオが説明してくれているわけだけれど、今回挑むハイオークはそこまで難敵という訳でも無いらしい。
「簡単にいえば、ごつい身体をしたオークの集団が密集陣形で突っ込んでくるだけだ」
「カリオはどうやって攻略したの?」
「そうだな。俺が挑んだときは各個撃破をえらんだよ。足を止めても囲まれて殴られるだけだろ? 速さは無さそうだったけど、パワーはありそうだったし」
たしかにオークって時点で身体がデカい。
イノシシの魔獣が獣人化したやつで、ただのオークでも外見的に筋肉がヤバそうな感じだ。
たぶんあれをシャーリィ様が目にしたら、大好物を見かけた顔をして手にした戦槌で殴りにいくとおもう。
「わたくしとしては殴り合いをしても構いませんが」
そしてあたしの目の前で、シャーリィ様の娘さんがそう言っている。
「待てキャリル。おまえが非力だとは言わないが、今回は集団戦だ。パーティーとして連携しながら勝つ戦術を取るべきだ」
「分かっておりますわレノ」
本当に分かっていることをあたしは願った。
「でもわたくしも、鍛錬を積みたいとは思っていますわよ?」
「鍛錬ってどういことよ」
「ウィンには話してありますわよね? わたくしは動きの質を変えたいのです」
「動きの質? それがボス攻略と関係あるのか?」
カリオが怪訝そうな表情をキャリルに向ける。
コウやレノックス様にしても半信半疑だったりするけれども。
話をしてみると、キャリルはやっぱりブルースお爺ちゃんみたいな動きに興味があるのだという。
それを耳にして同意したのか、護衛に当たってくれている冒険者の格好をした近衛騎士の人たちが何やら頷いていた。
「でもキャリルは雷霆流でしょ? ブルースお爺ちゃんは竜征流の使い手よ?」
ふだんは棍棒とか金棒みたいなものを振り回しているようだけれど、本来は大剣術の使い手だ。
父さんの話では光竜騎士団でも上位に入る実力があるらしい。
「雷霆流は槍に根差し、突く・打つ・払うが基本です。その上でわたくしは自身の雷霆流を超えるために、斬るという動きを取り入れたいのです」
そう言ってキャリルは高揚した笑顔を浮かべる。
なんかすごく嬉しそうに言っているけれど、どうやら凶悪な方向にキャリルが進化しようとしているのか。
「キャリルがブルースさんを目標にする気持ちは、ボクも少し分かるかな。あの体捌きは単純に“打つ”という動きとは違うよね」
「さすがコウ、ふだんカタナを使っているのは伊達ではありませんわね!」
その後も話をして、結局キャリルとレノックス様が囮をすることにした。
二人がまず敵の集団に距離を保って攻撃し、注意を集める。
残ったあたしとカリオとコウが気配を消して、ボスの取り巻きの脚を破壊していく。
可能ならその段階で取り巻きの魔獣を撃破する。
あとはボスとの戦いでキャリルとコウが前に出て、残りのメンバーで死角から挑むことを決めた。
とはいうものの、コウはキャリルの補佐に徹するという。
あたしとしては不安になってくるのだけれども。
「ウィン、大丈夫ですわ。わたくしもあなたに並び立つために、前に進み続けねばなりませんの」
「キャリルはいつでもあたしの頼れるマブダチよ?」
あたしの言葉にキャリルは何も言わずに、微笑んで頷いていた。
その後、あたし達は小休止を終えて移動を再開する。
「それじゃあ行くぞ」
『はーい (ですの)』
そうしてあたし達はジャングルの中の道を進む。
縦列の陣形であたしが斥候を担当して進み、いつも通りに周辺には暗部の人たちらしき気配が展開して、後方には近衛騎士の人たちの気配が追従してくる。
そのまま進んで程なく、ボス個体らしき集団の気配を察知する。
幸いというか今回は先客などは居ないようなので、あたしたちが挑戦できそうだ。
ハンドサインでパーティーを停止させて周囲の状況を説明する。
「よし、このまま突っ込むが問題無いな?」
レノックス様の確認にあたし達は頷いた。
密林の木々が開けて広場のようになっている。
その中ほどにはハイオークが一体と、その取り巻きであるオークソルジャーが十二体いた。
森の中で仕留めたのか、ダチョウの魔獣であるマッドオストリッチの死体を引きちぎりながら食べ散らかしていた。
その様子を冷静に確認しつつ、キャリルとレノックスが気配の遮断を解く。
ハイオークたちまで距離は五十メートル強といったところか。
二人ともそれぞれが修めた武術の方法で身体強化を済ませている。
キャリルに関しては雷霆流の戦闘技法である雷陣を発動し、その身に雷属性魔力を纏っていた。
「さああなたたち、これからわたくし達が討伐いたしますわ!!」
そう叫んで彼女は戦槌を構え直す。
「キャリル、名乗りはいいが距離を保つのを忘れるな」
「承知していますわ」
「ブボオオオオオオオオ!!」
ハイオークがキャリルとレノックスを威嚇するように吠えると、取り巻きたちもそれに応えるようにそれぞれ吠え声を上げていた。
そして手にしていた魔獣の肉をその場に放り出して立ち上がり、近くに転がしていた棍棒などを手に取る。
やがて取り巻きたちはハイオークの周りに集まって、密集陣形を作った。
「ここまで情報通りだと拍子抜けですわ」
「気は抜くなよキャリル」
「無論ですの!」
何の感慨も浮かべないレノックスの声に、キャリルは獰猛な笑みを浮かべてみせた。
『ブボオオオオオオオオ!!』
二人のやり取りを理解していたわけでは無いだろうが、ハイオークたちは叫び声を上げつつ、キャリル達めがけて一斉に突進を始める。
それに対してキャリルとレノックスは、それぞれの攻撃の間合いに入った段階で技を放つ。
キャリルは雷陣に伴う放電攻撃を自身の戦槌から放った。
レノックスは自身の細剣に水属性魔法を込める。
そして彼は朱櫟流の虚突という技で魔力の刃を作り、その刃を振るって水属性魔力の刃を飛ばした。
今回レノックスが放った虚突はただの水属性魔力の刃だ。
だがこれが熟練者となると、装備している細剣の強度によっては戦術魔法も込めることが出来る。
その場合無詠唱と組合わせることで、細剣の突きの所作で戦術魔法を連続して撃ち出す砲台と化すが、そこまで至る使い手はごくわずかである。
中距離からの彼らの攻撃はハイオークたちに直撃するが、痛打とはならない。
だが魔獣たちはキャリルとレノックスを敵と認識し、吠え声を強めて突進した。
二人は身体強化した身で高速移動して距離を保つ。
この段階で当初決めていた戦術がハマり、気配を消していたウィンたちがボス個体の取り巻き達を攻撃する。
脚部を破壊するように気配を消した攻撃を繰り出し、その全てがあっさりヒットしている。
脚部が破壊された個体は突進から脱落し、その場でもがいているがウィンが率先して動いてとどめを刺していった。
魔獣と言えども命であり、長く苦しめるのはウィンの流儀では無かった。
程なくその場には『敢然たる詩』とレノックスの護衛たち、そしてボス個体であるハイオークのみが残った。
キャリル イメージ画 (aipictors使用)
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