05.最終兵器なんだろうか
普段お世話になっている男子生徒にクッキーを配った後は、少し早かったけれど寮の自室に戻った。
夕食はいつものようにアルラ姉さん達と食べたけれど、『クッキー焼き大会』の話になった。
近くのテーブルで食事している子たちも同じ話をしていたけれども。
「姉さん達にケガが無くて良かったわよ」
「大丈夫ですわウィン。いざとなればロレッタ姉さまがアルラ姉さまを守りますわ」
「ええとキャリル、あまり『いざ』というときは来て欲しくないのだけれど」
「大丈夫よアルラ。あなたの魔法も防御に徹すれば中々のものよ」
そういえば、姉さんが模擬戦とかをしているところは見たことが無いんだよな。
姉さんが母さんとの稽古をしていたのを見たは、ずい分前だし。
それを指摘すると、「私たちは仮にも特待生よ」とロレッタ様に笑われてしまった。
まあそれはそうなんですけどね、心配なのは心配なんですよ。
「姉さん、いつでも母さんの技を覚えたくなったら言ってね。ビシバシ教えるわよ?」
「あはは、その時はお願いするわね」
たぶんアルラ姉さんは、ニナが教える刈葦流の方がお気に入りな予感がした。
夕食後は約束した時間にニナの部屋に集まった。
いつものメンバーだけど、あたしとニナとキャリルとサラとジューン、プリシラとホリー、アンとアルラ姉さんとロレッタ様、そしてディアーナだ。
「どうしたのじゃウィンよ?」
「うん。そろそろニナの部屋も満員よね。もしこれ以上メンバーが増えるようなら、場所を変えた方がいいかしらって考えていたのよ」
「仲間が増えることは歓迎すべきことと認識しますが、同時に人数が増えることで魔道具の秘密が露見する可能性を強く想像します」
プリシラの言う通りなんだよな。
「詳しいことは『向こう側』で話したほうがええんちゃう?」
「そうね、――ニナ、始めましょう」
「分かったのじゃ。みんな、近くの者に手を触れるのじゃ」
ニナには『闇神の狩庭』へ闇属性魔力を込めてもらった。
そしてあたしは「ゲートオープン」と告げながらペンダントトップ中央に指で触れた。
いつものように強いめまいを一瞬覚えたあと、寮の中の気配が一変していることを確認した。
「うん、いつも通りね。食堂に移動しましょう」
『はーい (ですの)(なのじゃ)』
廊下を移動する間に、みんなはそれぞれの使い魔を呼び出していた。
そうか、ここは『夢の世界』だし、使い魔を呼び出しても誰かに目を付けられることは無いか。
あたしもみんなに倣ってスウィッシュを呼び出して食堂に向かった。
食堂ではまずニナに滞在時間を伸ばしてもらい、注意事項として『光魔法は使わない』のを改めて確認した。
おやつとハーブティーを虚空から取り出して頂きつつ、みんなとさっきの話の続きを始める。
これからも人数が増えたらどうしようかという件だ。
話合いの結果、いまのところは現在のメンバーで固定して、属性魔力の操作系魔法を練習することになった。
「メンバーをふやしたくなったら、ウィンちゃんに相談すればいいわよね?」
「そうね。でも基本的には今のメンバーでまずは練習を続けましょう」
「さしあたって、どのレベルまで練習しますか?」
アンの言葉にあたしが応えると、ジューンが確認して来た。
「どのくらいが当面の目標で妥当なのかしらね」
あたしがニナに視線を向けると、ニナはプリシラに確認した。
「プリシラよ、お主のお婆様はどのくらいをまず目指せと仰っておるかのう?」
彼女のお婆様はイネス様だ。
シンディ様のライバルで、『移動魔法図書館』の二つ名を持つ。
シンディ様がへんた――天才的な魔法の腕前なので、そのライバルともなれば推して知るべしだろう。
やっぱり侯爵家の最終兵器なんだろうか。
「はい。お婆様の課題では、【水操作】を使って水属性魔力で糸を作り、それでハンカチサイズの旗を目標にしなさいと指示されています」
プリシラの言葉にニナは考え込む。
「ふむ……。まあ、妥当な目標かの。それ以上のサイズともなると、恐らく難易度が上がるはずじゃ」
『ふーん……』
「そして現時点までの練習時間をかなり雑に計算するとじゃ、『魔神の加護』が無い状態に換算しておよそ百時間は練習しておるはずじゃ」
いままで『夢の世界』には確か五回来ているけれど、ニナに時間を伸ばしてもらって魔法の鍛錬をしたのが四回だろうか。
一回あたり九時間滞在したけど、そのうち休憩を除けばおよそ六時間練習した。
また、四回のうち二回は『魔神の加護』を得てからだけど、その効果が十倍だと仮定して二回分の十二時間が百二十時間とおなじか。
ニナの概算は少なめに見積もっているけれど、トレーニングの成否とかを考慮すれば百時間としておくのが妥当なんだろう。
「そして今日の時点までのペースでいえば、妾の見立てでは『魔神の加護』が無い状態でおよそ三百時間ほど練習すれば目標達成が見えてくると思うのじゃ」
「イネス様――プリシラちゃんのお婆様はたぶん、一年間かけて練習させるつもりで課題を出したのかも知れないわ」
ニナの話を聞いて、ロレッタ様がそう告げた。
イネス様の指導方針についての見立てだけれど、みんなも妥当な話だろうと受け止めていた。
「それじゃあ、いま百時間分ということは、あと二百時間分練習すればいいわけね?」
「うむ。そう聞くと果てしない数字じゃが、いままでのペースでも今日を入れて四回練習すればまずは目標達成が見えるはずじゃ」
『おお~!!』
具体的な期間の目安が見えたことで、みんなはやる気が出てきたようだ。
あたしとしても、ちょっと楽しみになってきたし。
「それでは皆さん、頑張りましょう!」
そう言ってキャリルが手にしていたティーカップを掲げる。
『おー!!』
あたしたちはハーブティーで乾杯してから、いつものようにみんなで寮内の“悪夢の元”を狩ってまわる。
それが終わってから屋上に出て、各属性魔力の操作系魔法を練習した。
途中でスウィッシュが話しかけてきて、練習を中断して風魔法の話をしたりして過ごした。
休憩時間のあいだに、ニナとは使い魔の論文化の話をした。
「そういえばニナ、使い魔の論文化は上手く行ってるみたいじゃない?」
アイリスが風紀委員会の打合せで会って、そんなことを言ってたんだよな。
「そうじゃな。順調と思うのじゃ」
あたし達は屋上にキャンプテーブルを出し、椅子も並べてお茶をしている。
ニナは自分の席の隣にお座りする自分の使い魔を撫でている。
真っ黒なオオカミで、名前はザンナという。
「使い魔の論文は、元より緊急報告的に専門誌に送る予定じゃが、来月の初旬には送付できると思うのじゃ」
「それじゃあ、もうほとんど出来てるってこと?」
それはまたすごい早さだな。
緊急報告的と言ったけれど、フィル先生の魔導馬車の論文とは分量が違うそうだ。
「専門誌が受理した段階で、マーヴィン先生から発表があるはずなのじゃ」
「マーヴィン先生が発表するんやったら、急速に広まるやろね」
「もしかしたら、特別講義を開くかもねー」
ニナの説明にサラやホリーがそんなことを言っていた。
サラはトラッティーノと名付けたモモンガを肩に乗せ、ホリーはプラウルと名付けたキツネを膝の上に乗せて撫でている。
「とくべつ講義……。ニナちゃんが先生をやるの?」
アンがリスの姿をした使い魔のスキッピーを頭の上に乗せたまま訊くと、ニナは首を横に振った。
「おそらくウィラー先生が行うじゃろうのう。あの先生は何かと器用なのじゃ」
『ふーん』
みんなは思い思いに使い魔と触れあいつつ、これからの予定を考えているようだった。
ロレッタ イメージ画 (aipictors使用)
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