03.先生は念を押すように告げる
いまあたしは『敢然たる詩』のみんなと、リー先生を訪ねている。
パーティーの打合せをしているうちに、学生自治の立場から王都を学生がパトロールする案を先生に相談してみようという話になった。
いざ伺ったら秒でダメ出しを食らったのだけれど。
結局のところ、王都の警備について、法的には王宮から許可を得る必要があるそうだ。
際限なく認めると、貴族や豪商などが私兵を大量に集める口実になるからとのこと。
その後あたし達はリー先生から『生徒に衛兵詰め所へ駆け込むよう啓もうする』とか、『魔法や魔道具で学院や衛兵に連絡する』という話を教えてもらった。
「魔道具を使うということでしたら、そのために準備をしなければならないということですわね」
そう言ってキャリルが考え込む。
彼女の本音としては学生でパトロールを実施し、そのことで学生などを狙う連中との実戦経験をつむ計算が頭にあった。
リー先生が秒で学生パトロールを否定してくれて助かったけれども。
あたしとしては、キャリルが妙なことに巻き込まれる可能性が排除できてホッとする。
これがあたしなら何故か妙なことに巻き込まれるんだよな。
やっぱり運が悪いんだろうか。
そういえばいつもいつの間にか意識の外に置かれてしまうんだけれど、ステータスの運の値が上がらないのを、ソフィエンタに相談した方がいいんだろうか。
「そのとおりですね。たとえば以前から構想はあったのですが、学生証は魔道具としての回路を持ちます。――それを利用して、非常時の通報の仕組みを学生証に登録することはできるでしょう」
リー先生がいきなり裏話をしてくれた。
たしかに地球の記憶であるようなIDカードのようなことが出来るように、魔道具としての回路が埋め込まれていてもおかしくない。
「登録となると、簡単にできるんですか?」
コウがリー先生に訊くと先生は頷く。
「生徒全員の学生証に登録する手間は発生しますが、不可能ではありませんね」
リー先生によると、通報は管理棟にある警備の本部に連絡が行くように出来るそうだ。
でもいたずらなどをどうするかなどの話が出て、導入は保留になっているらしい。
学院の生徒は悪意はあまり感じないんだけど、好奇心で突っ走って色々と問題を起こしそうなんだよな。
「いずれにせよ話を戻しますが、キャリルさん達の学生パトロールは、学院としては許可しかねます」
「そうですの……」
珍しくキャリルが肩を落としている。
でもまあこればっかりは仕方が無い。
それを目にしてもリー先生は念を押すように告げる。
「仮に何かパトロールの活動をされるとすれば、それは非公認になりますし、先ほど言った法的な制約を念頭に置く必要があるでしょうね」
王国の規制が絡む話なら、下手をすれば衛兵さんに連行されてしまう。
孫のあたしがそうなると、ブルースお爺ちゃんは困るだろうな。
あたしは思わず苦笑いを浮かべた。
あたし達のテンションが下がったのを確認してから、リー先生が苦笑する。
「皆さんの問題意識は、本来は褒められるべきことです。ですが今まで、皆さんの先輩たちも過去には検討したこともありましたが、けっきょく衛兵に通報するのが最も効果的という結論になっています」
なるほど、動機がキャリルと同じか不明だけれど、学生によるパトロールという話は過去にも生徒から出た話なのか。
マジメに問題意識を持って相談した先輩もいたんだろうな。
「ただ、卒業生の方たちには、パトロールを目的としたわけでは無いでしょうが、悩んだ末に非公認サークルで活動していた人たちもいたようですね」
「どんな非公認サークルですの?」
キャリルとしては反射的に確認した感じだろうか。
それに対してリー先生は、試すような視線をあたし達に向ける。
「いろいろなケースがありましたが、わたしが覚えているものでしたら『王都散策部』というものがありましたね」
『散策部 (ですの)?』
なるほど、先生は『パトロールを目的としたわけでは無いでしょう』と言った。
それって暗に、『やり方によってはパトロールの隠れ蓑にできる』と伝えたワケか。
隠れ蓑を使ってパトロールとかだと、もう執念を感じるな。
「散策する生徒の皆さんを学院が規制するのは遣り過ぎです。しかし、ただの散策を公認サークルにするわけにも行きません。色々と思いついて行動していた先輩たちは居ましたね」
『ふーん……』
「“王都都市計画研究会”、などを立ち上げて公認を目指したらどうだろうか?」
「構いませんが、公認サークルを目指す場合は、活動内容の明確化と顧問の先生の確保をしてくださいね」
レノックス様とリー先生がそんなやり取りをする。
あたし以外の『敢然たる詩』のメンバーは、レノックス様の『王都都市研究会』という言葉に興味を示したようだった。
あたし以外は都市に根差すようなステータスの“役割”を覚えているし、目的をもって散策するのもメリットがあるだろうな。
「ここまでの話だけれど、他の学校ではどうなんでしょうね?」
「基本的には同様の方針だと思いますよウィンさん」
確かに法的な縛りがあるならそうなるよね。
「うーん……。散策とか他の目的でサークルなり部活を立ち上げて、王都を見て回るのはいいんですけど、満遍なくパトロールよろしく散策するには人数が要りますよね?」
あたしがそう告げると、カリオがどういう発想でそういう話に行きついたのか理解に苦しむ話をした。
いや、分からなくは無いんだけど、リー先生の前ではどうだったんだろう。
「なあウィン、人数が要るなら運動部の走り込みに協力してもらえばいいんじゃないか? さしあたって筋肉競争部にたの「却下よ」」
あたしは秒でカリオの発言を斬り捨てた。
だが――
次の瞬間あたしはリー先生から、凍てつくような気配を向けられているのを感じた。
そしてその理由をすぐに想起して、なにかフォローしなければと思った段階で先生が口を開く。
「何を却下するのですかウィンさん……?「ヒッ」」
思わずあたしは反射的に小さな悲鳴を上げてしまった。
そのくらいの本能的な部分での恐怖を覚えたのだ。
副学長としての風格ってスゴイんだな。
でもいまは現実逃避している場合じゃあない。
「むしろそういう活動を行うなら、筋肉競争部は新たなるステージにふみ出す機会を得るので無いでしょうか?!」
リー先生はそう力説しながら拳を握りしめる。
あ、藪蛇だコレ。
思わずカリオの方にあたしが視線を向けると、奴はサッと視線を逸らした。
あとでデコピンしよう、うん。
「ですがリー先生、やはりそこは慎重に活動を決めねば、王国に先生の部活が規制を受けるかも知れませんわ」
キャリルが空気を読まずに正論を告げる。
リー先生は口の中で「わたしの部活」と呟いて固まり、頬を染める。
だが直ぐに我に返って一つ咳をすると、あたし達に向き直った。
「キャリルさんの指摘は妥当な問題意識ですね。“わたしの”筋肉競争部などの運動部に協力を求める気持ちは分かりますが、直ぐには動けませんか。そういう意味で却下なのですねウィンさん?」
「…………はい」
あたしとしては「イエス」か「はい」しか許されないように感じたけれど、その時のリー先生の微笑みは中々の迫力があった。
リー先生との学生によるパトロールの話は、ここまでで区切りがついた。
その後はレノックス様が『これは独り言なのだが』と前置きをして、『我が家の人間で問題意識を共有する』とリー先生に話していた。
「こいつらとオレも話していたのだが、王都の庶民の子供にも暴力に遭うリスクがある。放置すれば住民が巡礼客と揉めるのが日常になりかねん」
「それは避けなければなりませんね」
「そうだ。もとより治安の悪化は懸念されていたが、子供を巡るトラブル増加という視点は無かったはずだ。オレからも話したほうがいいだろう」
「ぜひお願いいたしますわ」
「承知したリー先生」
そこまで話をして、あたし達はリー先生に感謝を述べてから高等部の職員室を離れた。
高等部の講義棟を出たところで近くのベンチに座り、あたしはふと思いだしてカリオにビシッとデコピンを食らわせた。
悶絶しているカリオを横目に、あたしはみんなに訊いた。
「それで結局、王都を散策するような部活は立ち上げるつもりなの?」
「オレはやってもいいと思っている。べつに非公認サークルでも構わんしな」
「わたくしも面白そうと思いますわね」
「ボクも他の部活やトレーニングと被らないなら、手伝ってもいいよ」
「……いってー……、ええと、俺も付き合うぞ」
そういうことなら、あたしもタイミングが合えば協力するか。
それを伝えると、キャリルやレノックス様には無理をしないでいいと笑われてしまった。
キャリルの当初の学生によるパトロールとは違う方向に向かってしまったけれど、これはこれで興味深い方向性なのかも知れない。
あたしはそう考えていた。
リー イメージ画 (aipictors使用)
お読みいただきありがとうございます。
おもしろいと感じてくださいましたら、ブックマークと、
下の評価をおねがいいたします。
読者の皆様の応援が、筆者の力になります。




