12.確かに気にしすぎだよね
午前中の『クッキー焼き大会』の騒動はあったけれど、食堂は相変わらず平和でホッとする。
あたし達『敢然たる詩』の面々は配膳口でカットフルーツなどのおやつをゲットして会計を済ませ、適当なテーブルに座った。
「どうしたんだウィン、何だか不機嫌そうな顔をしてるけど」
「ウィンはパトロールの件は不賛成ですの?」
カリオとキャリルが怪訝そうな顔であたしに問う。
いや、学生パトロールの件じゃあ無いんですよ。
「ああ、ごめんなさいね。例の視線をまだ感じるのよ」
「例の視線って何だいウィン? もしかしてまだ挑戦者の類いが狙ってるのかな……。ボクでも分からないなら、それなりに手練れだと思うけれども」
コウの気遣いは嬉しいけれど、そういう話では無いんですよ。
「いやコウ、恐らく違うだろう。いまもウィンへの視線があるようだが、どちらかといえば怖いもの見たさな視線ではないだろうか」
「レノが正解ね……」
そう応えて憂鬱になる。
それでも配膳口でゲットしたプリンを口にすると、すこしだけ元気になった気がした。
「怖いもの見たさって、どういうことだい?」
「あたし、自分の口から説明したく無いんですけど……」
コウに問われてあたしはまたテンションが下がる。
どうしたものだろうな。
「打合せで話した件ですわ。ウィンが新しい称号を得たのですが、その件に関連して生徒の注目を集めているようなのです」
『あー……』
キャリルの言葉にみんなは納得してくれた。
「さっきも話したけど、気にしなくていいと思うぞウィン」
「まあそうね。気にしてたら気分が悪くなるし」
「そういうことならダンジョン行きの話でもしないかい?」
カリオやコウがそう言ってくれたので、あたしは【風操作】で周囲を防音にした。
第二十階層に出現するボスのハイオークたちについては、以前にもカリオから話を聞いている。
油断するわけでは無いけれど、あたしたちは軽く流して第二十一階層からの話をした。
先日の鉱物スライム捕獲で訪ねたときに実際に自分の目で確認できたけれど、森林と山のエリアだ。
移動そのものはそこまで面倒では無くて、魔獣にどう対処するかという話になるだろう。
あの時デイブが、冒険者ギルドの相談役としての貌で説明していた。
『この階層付近に生息する魔獣からかなり強さが増しています。縄張りなども広く、戦闘終了後にそのおこぼれを狙って別の魔獣が襲ってくるケースが増えてきます』
確かそういう話をしていた。
みんなもその話は覚えていて、攻略の方針をどうするのかという話題になった。
「ひとつは今まで通り、強敵を求めてダンジョン深部を目指す動きですわね」
「ああ、確かにそれも選択肢の一つだ。他には特定の階層を周回するという鍛錬も出来るだろう」
「このメンバーでの攻略っていうのは、現地で戦ってみなきゃ分からないだろ」
「同感だね。ダンジョン攻略は鍛錬のための手段であって、潜れば潜るほどいいって訳でも無いし」
「…………」
「どうしたんですのウィン?」
みんなが話し込んでいる時に、あたしは余計なことを思いついてしまっていた。
「ああ、ごめんなさい。ちょっとおバカなことを考えてたのよ」
「おバカなことって何だ?」
カリオが怪訝そうな表情を浮かべた。
「うん。どうでもいい話だけれど、王都南ダンジョンで第二十一階層から三十階層までのエリアはオーガが出るじゃない?」
「そうらしいな」
「知り合いでいえばライゾウ先輩って、ご先祖にハイオーガの血が入ってるらしいじゃない?」
「それを気にしてるのかウィンは?」
「まあそうね。でも別物といえばそうだし、逆にライゾウ先輩に失礼かとも思ったのよ」
『…………』
あたしの言葉でみんなは考え込んだけれど、カリオが肩をすくめて告げる。
「ウィンの気にし過ぎだと思うぞ」
「そうかしら?」
「ああ。俺は獅子獣人だけど、獅子の魔獣を倒したとしても何とも思わない自信がある」
『あー……』
あたしを含めてみんなはカリオの言葉に納得した。
その後、人類――というかヒューマン種はサルから進化したはずだけど、サルの魔獣が襲って来たのを撃退しても気にしないよなという話に落ち着いた。
確かに気にしすぎだよね。
でも将来的にハイオーガに遭遇したら、会話が成立するのかは気になるところだ。
王都南ダンジョンではオーガソルジャーまでしか確認されていないみたいだけれど。
あたし達はそんな話をして過ごした。
話に熱中していたのか、あたしとしては珍しく彼らが近づくのに気がつかなかった。
気が付いたときにはあたし達の近くに会いたくない顔があった。
「……! ……!」
防音だというのに何やら機嫌良さそうに話しかけているのはウェスリーだった。
「ええとウィン、ウェスリー先輩が何か用がありそうな感じだよ? 話を聞いてみないかい?」
お断りです。
コウの言葉に思わずそう応えたくなった。
でもウェスリーの場合はそう考えても仕方がないと思う。
とはいうもののピザパーティーのときに、『敢然たる詩』のみんなもウェスリーとフェリックスは顔見知りになっている。
キャリルは黙っていたけれど、カリオやレノックス様もあたしに促した。
「気は進まないけれど、話を聞いてみましょうか」
そう言ってあたしは防音を解いた。
気配を念入りに消しておけばよかったと思ったけれど、後の祭りである。
「やあ何度でも話をするが、君らに相談がある! なかなか興味深い話だから少しだけ聞いてみてくれまいか!」
「何を熱心に話しかけているんですかウェスリー先輩。――まさかとは思いますが、イールパイの話とかじゃあ無いですよね?」
あたしはじっとりした視線を向けた。
するとウェスリーは突然、衝撃を受けたような表情を浮かべる。
まさか図星だったんじゃあ無いだろうな。
もう逃げようかな。
「残念だが、イールパイの話では無い……、くっ……」
何やら深刻そうな表情を浮かべてウェスリーは呻いている。
「なら少し安心です」
「それはそれで予定外の信じがたい反応だなウィン。まあいい。――ピザパーティーのときにジェストンとは友人になったし、イエナとは知り合いになった。彼らに関係がある話かも知れん」
予定外って何だよ。
それはともかく兄さんと姉さんの名が出てきたことで、あたしの中でスイッチが切り替わる。
「……詳しくうかがっていいですか?」
「無論だ。もともとその件で俺たちは相談するつもりだった。そこに君らが居ただけだ」
ウェスリーはそう言って怪しく微笑み、無詠唱で風魔法を使って周囲を防音にした。
あたし達『敢然たる詩』のメンバーに加え、諜報技術研究会幹部の面々も含んでいるようだ。
パトリックの姿もあるな。
「まあ、立ち話も何だ、座らせてもらうぞ」
ウェスリーがそう言って、彼らはあたし達の席のすぐ隣に陣取る。
「そういうのはあたし達が言うセリフじゃ無いんですかね?」
「細かいことはいいだろう。いまはブライアーズ学園のことだ」
あたしはウェスリーの笑みに真意を測ろうとした。
でもよくよく考えたらこの人は言動が怪しいだけで、ウソをついたり陥れたりするような言葉は使わないんだよな。
そこに思い至ってあたしは目をつぶり、気分を落ち着かせるように息を吐く。
そして目を開けてウェスリーに告げる。
「姉さんや兄さんたちに関係ありそうな話なら、教えてほしいです」
「ああ、話すぞ。とはいっても、俺たちとしても正直どこから手を付けるか悩んでいるんだがな――」
そう言いつつ、ウェスリーは怪しげな笑顔を崩さずに話し始めた。
ジェストン イメージ画 (aipictors使用)
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