09.公然の秘密だけれど
教室内で思い思いに過ごしていたあたし達だったが、ディナ先生が現れると同時にみんな自然と自分の席に移動した。
あたしもそうだけれども、あの後『クッキー焼き大会』の会場がどうなったのかが気になったのだろう。
「まずは皆さんが今回無事でよかったです」
開口一番ディナ先生はそう言って微笑む。
そして直ぐに表情を引き締めてから、説明を始めた。
「さて、『クッキー焼き大会』の会場での騒動ですが、少々ケガ人が出たものの暴れ出した生徒たちは先生たちが魔法で寝かせました」
ああ、やっぱりケガ人が出てしまったのか。
周辺の気配を探った感じでは、全ての生徒とは言わないけれど一部が好戦的になっていた。
アルラ姉さんとかロレッタ様とか大丈夫だったんだろうか。
ニナ達と話し込んでしまったけれど、姉さん達と連絡を取らなかったのを少しだけ後悔した。
心配という意味では実戦経験がない友達や先輩たちも心配だけれども。
アンとかカレンとかジャスミンとかは大丈夫だったろうか。
「ケガを負った人たちは教職員が魔法で治療を行いました。幸い附属病院に連れて行くような生徒は出ませんでした」
ディナ先生の言葉に、みんなはホッとしたように息を吐いた。
あたしも思わずため息をつく。
「クッキーを焼くイベントとしては、今回は現時点で出来ている分だけで終了ということになります」
確かに盛大にトラブルが発生してしまったし、仕方が無いだろう。
ただ納得が出来るかどうかは別の話だ。
近くの席のみんなも残念そうな顔を浮かべているな。
「先生、犯人捜しはしないのか?」
虚を突くようにカリオが声を上げたけれど、その問いはみんなも気になった点だと思う。
だがディナ先生は直ぐにその問いに応えた。
「今回の騒動を起こした生徒たちは、自分たちから名乗り出ました」
先生の言葉に教室内がザワつく。
「静かにしてください、話の途中です。――非公認サークルに所属する生徒たちでしたが、ここまで大ごとになることは想定外だったそうです」
非公認サークルということは、やっぱり『闇鍋研究会』の連中なんだろうか。
自分たちの行動でどうなるかを、もう少し想像してほしかったよ。
「先生、そんなん納得できへんです」
サラが思わず口に出すけれど、それに頷くクラスメイトも多い。
「そうですね、無論彼らには処分が下ります――」
ディナ先生によると本人たちはいたく反省しているらしい。
『王都ディンルーク健康スライム祭り』の学院の行事を妨げたことで、衛兵に捕縛されてガチの王国への不敬罪が問われないかを心配して、見るも無残な顔色をしていたという。
そこまで想像できるならやめようよホントに。
「そいつらは衛兵に突き出すのだろうか、先生?」
レノックス様が冷静な声で問う。
公然の秘密だけれど彼は王家の人間だ。
今回の騒動を起こした生徒の扱いが気になったんだろう。
ただレノックス様の場合、なんだかんだで大らかなところがある。
あまり重い処分したく無いんじゃないだろうか。
ともあれレノックス様が問うたという事実の前に、クラスのみんなは固唾をのんでディナ先生に視線を向けた。
「結論からいえば、学院内で対処します。本人たちはいたく反省しています――」
加えて、現場で騒いだり暴れた生徒たちは、本人たちが自己管理が出来なかった点も考慮する必要があるという。
「先生すみません、それでも好戦的になった生徒たちは、あのクッキーを食べたのが原因では無いんですか?」
「それは切っ掛けです。眠らせた生徒たちを鑑定した先生たちは、飲酒よりも影響が少なかっただろうと結論しています」
あたしの言葉にディナ先生が応えてくれた。
でもちょっと意外な内容だろうか。
「それって、王都の商業地区で見かける酔っ払いの方がキケンという意味ですか?」
「もちろん体質や飲んだ量の違いなどもありますし、お酒を飲んだ人は危険な人だとは言いません。問題なのは、今回のクッキーを食べて高揚感を感じた生徒が、それをきっかけに勝手な行動をとったという点です」
「あたしとしては、酒飲みがキケンということにしてもいいんですけど」
「ウィンさん、それはかなり暴論ですよ」
ディナ先生が苦笑するとクラスのみんなは笑い声をあげた。
そのあと先生は、今回の騒動を起こした生徒たちへの処分の話をした。
犯人たちにはお説教のフルコースと、反省文のレポート提出、そして内申書への記録を行うとのことだった。
そこまでディナ先生の話が及んだところで、いちおうクラスのみんなは納得したような表情を浮かべた。
その段階でニナが手を上げてディナ先生に告げる。
「ディナ先生、ひとついいじゃろうか?」
「はいニナさん、どうしましたか?」
「今回は地魔法でみられる効果を、食品の摂取のみで成した貴重な例なのじゃ。妾はこの件で、当事者たちに徹底した学術的な調査と記録、その発表方法を仕込む方が後々のためになると思うのじゃが」
ニナによると本人たちが反省する心があるなら、事前に危険なことを判断できるような訓練を無理やりにでも行った方がいいという話だった。
その指摘にディナ先生は頷く。
「非常に重要な指摘だと思いますよニナさん。貴重な意見として、ワタシから直接リー先生などに上げておきます」
「承知したのじゃ」
たしかに事前に危険なことが起こると理解できていたなら、今回の犯人の生徒たちは思いとどまった可能性はあるだろうか。
今回はケガ人で済んだけれども、次があったらヤバそうだし。
そうしてディナ先生からの説明が進み、あたし達が焼いたクッキーを分配する話になった。
その話が出た段階でクラスが騒がしくなってディナ先生から注意されたけれども。
あたしたちのクラスは誰かが食べる前に止められたし、数は揃っている。
「ここに用意したクッキーは、【鑑定】で問題が無いことは確認済みです――」
先生によれば、教職員の中には廃棄するべきだという声もあったそうだ。
それでもせっかく生徒たちが楽しみにしていた行事だ。
加えて魔法による鑑定で無害なのが確認されているのに棄てるのは、学術的な態度では無いという声もあったらしい。
その話を聞いて、『もったいない』という概念が、王国では微妙に理解されていないことをあたしは考えていた。
先生の説明のあとに二学期のクラス委員長をしているプリシラが主体になり、みんなで手分けをして公平に分配した。
さっそく口にしてみたけれど、クッキーはやさしい味がした。
ニンジンだとかカボチャのフレーバーが残っている気がする。
「これは結構いける味ね……」
思わずそう呟いたけれど、女子のみんなはまた作りたいねと話し、男子たちは大げさに感動している連中がいた。
みんなは自分の分をすべて食べ切らずに残したけれど、たぶん誰かに贈るんだろう。
クッキーの分配と試食が済んだところで、ディナ先生が解散を告げる。
「今日は王国の祭日ですので、これで解散です。お祭りの趣旨から逸脱しないように過ごしてくださいね」
『はい』
あたし達の返事に、ディナ先生は満足そうな笑顔を浮かべていた。
その後あたしはアルラ姉さんに魔法で連絡を入れて、ロレッタ様を含めて無事なのを確認した。
アンやカレンやジャスミンとも連絡が取れて全員無事だと分かり、ようやく気分的に落ち着けた気がした。
クラスを離れ、実習班のみんなと一緒に昼食を食べることにした。
『クッキー焼き大会』はあんな騒ぎになったけれど、ディナ先生に確認したらふつうに営業しているようだ。
スゴイな食堂のオバちゃんたち。
ともあれ、あたし達は食堂に移動したのだけれど、入り口を入ると好奇の視線を感じた。
あたしが見渡すと、それなりの数の生徒たちがすでに食堂に来ている。
ただ、いつもよりは生徒の数が少ないけれど。
学院の外に昼食を食べに行ったのか、それとも『クッキー焼き大会』の騒動で食欲がなくなったのか。
ケガは先生たちが治すと思うし。
そうやって考えていると、実習班のみんなもあたしへの好機の視線に気が付いた。
「なんか視線を感じるんやけど、ウィンちゃんを見とるような気がするわ」
「なにかしらね……」
サラに訊いてみたら、彼女は何やら考え始めた。
プリシラ イメージ画 (aipictors使用)
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