07.頭の中に情報はあっても
技の記憶に関しては先にティーマパニア様に渡してもらっている。
『極限の脱力 (リラックス)のイメージ』をある程度維持できるようになった今、あとは実践あるのみという話になった。
それはいいのだけれど、まさか女神たち相手にスパーリングとかしないだろうな。
本体だったり友だちになってくれたとはいえ、神々相手に攻撃を出すのはどうなんだろう。
「そうね、技の実践での練習は、ワタクシが闇人形を用意するわ~」
「闇人形、ですか?」
そのことばにあたしは、地魔法で作る土人形を想起した。
「ええ、自律的に動く闇属性魔力の塊ね~」
ということは土人形と大きくは変わらないのか。
でも自律的に動くってことは、『闇神の狩庭』で戦った『闇ゴーレム』に近いものなんだろうか。
「今回はそこまで大きなものは必要無いでしょう。ティーマパニア、幾つくらい用意したらいいかしら~?」
「……とりあえず、十体ほどおねがいします……」
「そんなものでいいの? 二桁ほど多くしても一瞬で用意できるわよ~?」
アシマーヴィア様はこともなげに言ってみせるけれど、千体の闇人形を一瞬で作るとかは流石に神さまだな。
いや、『二桁』と言ったのは千体以上ってことなんだろうか。
「アシマーヴィアが本気を出したら、闇属性魔力だけであなたの住む惑星サイズの地形を住人ごと一瞬で再現するわよウィン」
「それは……」
闇属性魔力ってことは、黒い星が出現するのだろうか。
ちょっとキモいです。
「確かにあまり闇人形を作ってもブキミかも知れないわね~。まあいいわ~」
そう告げてからアシマーヴィア様はパチンと指を鳴らした。
すると彼女の背後に、十体の闇人形が整列して現れる。
でもその形が問題だった。
「この闇人形……、もしかしてあたしの姿にしてありますか?」
「せいか~い。特に注文も無かったし、修行って自分と向き合うものだと思うの~」
「はあ……」
自分と向き合うってそういう意味じゃあ無い気がします、うん。
「……それでは、ワタシがおてほんをみせます……闇人形のやみをはらいます……」
ティーマパニア様はそう告げると、あたし達から少し離れた位置に瞬間移動した。
「……アシマーヴィア、はじめてください……」
「は~い、行くわよ~」
アシマーヴィア様がそう応えると、あたしの姿をした闇人形たちは歩いてティーマパニア様の元に近づいた。
そして残り数メートルというところで、ゾンビ映画よろしく両手を伸ばしてティーマパニア様に迫る。
だが彼女は慌てることも無く、闇人形が伸ばした手の片方にそっと手を触れる。
その刹那に奇跡が起こった――
いや、実際にはそう感じるほど鮮やかに、彼女が手を触れた位置から闇人形が虚空へと消えていく。
姿を保つために纏まっていた闇属性魔力が解けて、大気の中に溶けていくように見えた。
「『コーヒーやお茶に入れたミルク』みたいね……。いや、見かけはそうでも、やっているのは『乱雑さ』の解消なのね……」
ティーマパニア様に授けられた『時輪脱力法』の記憶で、あたしでも同じことが出来るという情報は頭の中にある。
少なくとも、彼女が実演してくれたレベルのことは出来るはずだ。
時神さまの権能を全力全開で発動している、という話ではないのだから。
「でも出来るかしら……」
「ウィン、悩んでないで練習すればいいのよ。ここでの時間の流れは気にしなくていいんだから」
「あ、うん」
ソフィエンタがフォローするように言ってくれたけれど、その言葉にティーマパニア様とアシマーヴィア様も頷いてくれた。
「それじゃあ、よろしくお願いします!」
そしてあたしは実践練習を始めた。
その数分後――
「助けて~~~」
あたしは十体の闇人形(しかもあたしの姿)に抱き着かれて、もみくちゃにされていた。
頭の中に情報はあっても、同じことを行うにはコツを覚える必要があったのだった。
どのくらい時間が経ったのか、実際にやるとなるとコツを覚えるのは難航した。
それでも三柱の女神たちの知恵を借りながら試行錯誤した。
その結果、ティーマパニア様が見せてくれたお手本と、同じ結果を出せるようにはなった。
「はぁ~……」
目の前で虚空に溶けていく最後の闇人形を眺めながら、あたしは安どと共にため息をついた。
「どうなるかと思いましたが、何とか結果だけは出せるようになりました。ありがとうございます!」
あたしはそう言って女神たちに頭を下げた。
覚えたてでぎこちないのにもほどがあるけれども、技術のスペックだけでいえば凄まじいものを覚えてしまった。
確かにこれで、あたしは現実に戻っても対処できるだろう。
あたしのところにやってきた生徒たちから、問答無用で『地魔法の【練体】に似た効果』を引きはがすことが出来るはずだ。
闇人形に対してソフィエンタが【練体】の効果を与え、あたしがそれを狙って解除できるのも確認した。
「……キミは『時輪脱力法』をおぼえましたが、さいしょのいっぽを踏みだしただけです……できれば日課のとれーにんぐで、さらなるしゅうれんを行うのをすすめます……」
「確かに使い方はまだ『おぼえただけ』ですよね……。分かりました、ありがとうございます!」
じっさいこれはかなり強力な技術だ。
ここまでの修業のついででソフィエンタから、『スキルや魔法の効果を解除する魔法』の話をしてもらった。
でもそういう魔法は秘伝だったり、習得難易度が高いのだそうだ。
あたしの場合は『時輪脱力法』の方が月転流に組み込みやすいだろうとのことだった。
そこまで想起してからもう一度ティーマパニア様とアシマーヴィア様、そしてソフィエンタに礼を言った。
「……しゅぎょうがしたくなったら、いつでも相談してください……」
ティーマパニア様はそう言って、付けヒゲをいじりつつ頷いていた。
その後あたしは休憩を取ってから現実に戻すと言われ、テーブルを囲んでお茶を頂いた。
三柱の女神たちとはティーマパニア様の信者が増えている話をしたけれど、テクノロジーの権能が周知されたことで今後信者がどんどん増えるだろうと言っていた。
「ウィンをティーマパニアの巫女にすることは許可できませんが、『時神の使徒』にするくらいならいいかも知れませんね」
「……それは、かんげいします……」
「ワタクシもそれはちょっと羨ましいかしら~」
「アシマーヴィアは自分の巫女が居るじゃないですか」
「あの、使徒って何をすればいいんでしょうか?」
“ア〇ムをさがして人類の敵になる”とかはお断りですが。
「本来は教えを広める担当だけど、もうティーマパニアの権能が広まる決定的な切っ掛けにはなったのよね」
「……そのとおりです……」
「ワタクシもなにか、闇に関する神話を広めてもらおうかしら?」
「はあ……」
何やらそんな話をしつつ、あたしはお茶を頂いた。
休憩を取ったあと、あたしは改めてお礼を伝えてから現実に戻してもらった。
現実にもどると、あたしはクラスのみんなが居る野営天幕の中に立っていた。
神域に行く直前の姿勢のまま、あたしに好戦的な視線を向けている十名ほどの生徒たちへと身体を向けている。
「いざ勝負!」
「ダメです! 何を言っているんですかあなた達は!」
ディナ先生が慌てて彼らとあたしのあいだに割って入る。
「いまは学院の行事の最中です! 模擬戦などは認められません!」
ちょっと待って欲しい。
その言い方だと、行事が終わったらいいってことになりませんか先生。
「俺たちは斬撃の乙女との格の違いを知った――」
「だがいまこの瞬間は、身体にチカラが満ちているわ――」
「たとえ勝てなくても彼女に挑むこと、その心根に義がある――」
「そう、これははるか高みへと飛翔する彼女を、非才の私たちが追い付く機会――」
「挑戦する魂は、学院の精神に適うだろう――」
『さあッ!』
彼らの言い分にディナ先生はこめかみを押さえる。
「話を聞きなさいあなた達……! 行事と関係のないことは認めません!」
ディナ先生が若干キレ気味に叫んでいるけれど、あの生徒たちの様子では止まらない気がする。
色々と気は進まないけれど、あたしは前に出ることにした。
「先生、ちょっと待っててくださいね」
「ウィンさん?! ダメですよ、勝手なことをしてはいけません!!」
ディナ先生としては、目の前で模擬戦を始めるのを認めたくなかったのだろう。
可能な限り最後まで、彼らを説得したかったんじゃないだろうか。
ディナ先生は優しいよね。
でもたぶん妙なものを口に入れたせいで、直ぐには彼らに話が通らないとあたしは結論した。
あたしはディナ先生の横を通り、彼らの前に歩いていく。
そして最初の一人にスっと手を伸ばす。
「ほいさっさ」
そう告げながらあたしは標的にそっと触れた。
ウィン イメージ画 (aipictors使用)
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