04.そのままでは何の変化もない
真っ白い神域でお茶とマロンケーキを頂いていると、一気に現実の悩みが吹っ飛んでいく気がする。
正確にはあまりに浮世離れしている状況に、ちょっとした悩みが実はどうでもいい事に思えてくるんだとおもう。
それでもここでの話を終えて現実に戻れば、あたしはあの野営天幕に現れた連中に対処しなければならないはずだ。
「珍しく煮詰まってる感じねウィン。そこまで悩むような状況かしら?」
「えー、でも面倒くさいじゃない。まだ一人でいるところを、『集団で闇討ちしてきた』とかの方が対処がラクじゃないかしら?」
もっとも、それを強く主張するのも、正直どうなんだろうとは思うけれども。
たとえ手遅れでも、『武闘派』とかはあまり呼ばれたく無いんですよ、うん。
「……キミがなやんでいることは、ワタシがわざを授ければかいけつできるとおもいます……」
「ティーマパニア様の技ですか?」
あたしの問いに、ティーマパニア様はコクリと頷く。
「……わざのなまえは『時輪脱力法』といいます……」
「時の本質に関わるワザよね~」
「ウィンの場合は習得すれば、ステータスの“戦闘技法”に反映されると思うわ。でも正直、戦闘以外にも使える技よ」
ティーマパニア様とアシマーヴィア様とソフィエンタが順に告げる。
なにやら大層なワザみたいだけれど、そんなものをティーマパニア様から直接おそわっていいものなんだろうか。
「……もちろん、だいじょうぶです。ウィン……キミは魔神のみこにはたらきかけて、ワタシの権能を人々がしるきっかけをつくってくれました……」
普通にあたしの懸念を察してくれたな。
この場にはあたし以外は神々しかいないし、思考が読まれていてもおかしく無いんだけれども。
「えーと……、もしかしてディアーナに相談して、王立国教会に魔神さまからの神託があったと説明してもらった件ですか?」
「……そのけんです……」
そう告げてティーマパニア様は、にゅっとあたしにサムズアップしてみせた。
確かソフィエンタから『闇神の狩庭』の話を聞いたときに、アカシックレコードの話を聞いた。
そのときに話の流れで、ティーマパニア様が『テクノロジーも担当する神だ』という話を知った。
でもそれは王国では知られていなかったので、ディアーナに頼んで魔神さまから神託があったことにしてもらった。
そこまでは記憶がある。
「……そのご、キミが住む国からひろがり、きゅうそくにワタシの権能のはなしがキミの世界にひろまっています……そしてワタシのしんじゃがふえているのです……」
そう告げたティーマパニア様は無表情なまま、右拳をむきゅっと握りしめてみせた。
たぶんあれは達成感を、雰囲気以上に噛み締めている感じでは無いだろうか。
「それは良かったです。ティーマパニア様の仕事を増やすのもどうかと思ったんですけれど、それって人間の尺度の話ですよね? 神さま的には権能を広めた方がいいかなって」
「……ぐっじょぶです、ウィン……」
そう言いながらティーマパニア様は、再度あたしににゅっとサムズアップしてみせた。
「だからもう、ウィンちゃんは“神さまの使徒”ってことにしてもいいと思うわよ~」
「あたしも同感ね、巫女とは別のものだし。それに、ティーマパニアの権能が知られないのは、どうしたものかっていうのは前から話があったのよ」
「それは……。今回のことに限らず、もっと早くに巫女なり覡を動かせばよかったんじゃないの?」
あたしは思わずソフィエンタの言葉に引っ掛かってしまった。
神さまの権能とか、結構大切な話なんじゃ無いんだろうか。
「……さまざまなめぐり合わせで、いままであとまわしになったのです……」
それは果たしていいんだろうか。
「でもウィン、テクノロジーってある程度は人類の文明が発展していないと、その重要さが伝わらないと思うのよ」
「……ホントに?」
「そうなんです!」
あたしが念を入れてソフィエンタに確認すると、彼女は勢いだけで胸を張って肯定してみせた。
たぶんそれ以上掘り下げてはいけないという意味なんだろうと、あたしは察した。
「ティーマパニア様の信者が増えるのを助けられたのは良かったです。でもそれでその――『時輪脱力法』を学ぶのは許されるんですか?」
「……だいじょうぶです、キミがさいしょの一人というわけではありません……」
「はあ……」
だれか他の人間が覚えたことがある技術なら、教えてもらうのも気がラクだ。
「せっかくティーマパニアがやる気を見せてるんだし、ウィンはまず覚えてみたらいいと思うわよ」
「そうね~。日常生活が変化するような、妙な副作用も無いワザよ~」
副作用と言われて微妙にギクッとするけれど、今回教えてもらえそうな技は大丈夫なのか。
「分かりました。そこまで言って頂けるなら、あたしは『時輪脱力法』を覚えます!」
「「「おー (……)」」」
あたしの言葉に三柱の女神たちは拍手してくれた。
ソフィエンタが用意してくれたお茶とマロンケーキを頂きながら、まずは理論面での説明を受けることになった。
「さっきアシマーヴィア様が『時の本質』って言ってましたけど、あたしで分かりますかね? 数学とかならともかく、物理とか苦手なんです」
「……だいじょうぶです……時のほんしつをひとことでいえば、『エントロピーの調節』で、せいかくには『エントロピーとネゲントロピーの均衡』です……」
なにやら聞き覚えの無い言葉が出てきたぞ。
「『ネゲントロピー』、ですか?」
あたしが確認すると、ティーマパニア様はコクリと頷く。
彼女によれば『ネゲントロピー』とは『エントロピー』の逆で、『秩序をたもつこと』だという。
地球でも物理学者が想起した概念らしい。
「ええと、『均衡』とかちょっと意外です。『エントロピー』って、ものごとが散らかってしまう働きですよね? 『乱雑さ』ともいうんでしたっけ?」
「エントロピーの理解はそれで合ってるわよウィン」
ソフィエンタの言葉にあたしは頷く。
よかった、記憶はまちがっていないか。
「あまり得意な話じゃないですけど、時間が経つにつれて『乱雑さ』って増えるんじゃないですか? 時間てそのまま『エントロピー』のイメージがありますけど」
「……それは解釈やたんとうのちがいです……すべてのうちゅうを作った創造神さまは『無』さえもつくりましたが、うちゅうはそこにあるだけで『乱雑さ』をまします……」
「ウィンは物理が苦手だけど、『熱力学の第二法則』は実感として頭の中にあるのよ。孤立した系の中では、液体が混ざりあったりガスが拡散したり、エネルギーが散逸するわよね」
「それは……、知ってるけど……」
系という言葉が微妙にモヤっとするけれど、紅茶やコーヒーにミルクを入れれば、広がっていくのが自然なことだ。
アロマだとかお香を部屋の中で使えば、その香りは部屋中に広がっていく。
それはまさにエントロピーだ。
「……時間の方向性というてんでいえば、『乱雑さ』がふえると、時間が一方向にむかうようになります……」
ティーマパニア様の説明によれば、この宇宙を含めてすべての宇宙は創造神さまが作ったそうだ。
その作業によって、無さえも無い『根源空』という状態の中に幾つも宇宙ができた。
できあがった宇宙は新築の家みたいにキレイで完璧に完成しているけれど、そのままでは何の変化もないタダの容れ物だ。
そこでそれぞれの宇宙の中に初期特異点というものを作ったそうな。
このあたりであたしは、聞くだけで魂が抜けそうになってたけれど。
でも初期特異点を置いたことで、個別の宇宙のエネルギー分布に『変化』が出ると言っていたか。
その変化は『乱雑さ』を増すきっかけになるそうだ。
具体的な例でいえば、最初の宇宙はカップに注いだ紅茶で、初期特異点はそこに垂らしたミルクみたいなものらしい。
「つまり宇宙って時間の流れとか関係無く、神さま的には『宇宙があるだけ』で『乱雑さ』が増していくものなんですか?」
「……そうです……でも『乱雑さ』の増えかたには方向性がありますが……そのふえる速さは宇宙のばしょや状況でことなります……それの均衡を調節するのが、時をたんとうする神々のしごとです……」
そう言ってティーマパニア様は胸を張った。
宇宙には『乱雑さ』が増える性質があって、時が流れる向きが決まる。
でも部分的に時が流れる速さが変わる。
それを、時を担当する神々が調節することで、宇宙が破たんすること無く時が進んでいる。
時の女神さまが目の前で説明してくれたら、あたしとしては信じるしかない話だ。
「ティーマパニア様の話は理解しましたし、仕組みについては神さまの担当の話だっていうのは理解しました」
でも具体例の話はかなりむずかしいです、うん。
簡単にいえば、エントロピーが過剰に増したり、逆に減ったりすることがあるのだそうだ。
それによって宇宙のどこかでは時間の流れが局所的に無限ループになることもあるらしい、――ゲームじゃ無いんだから。
他には生き物の発達には、その身体だとか文明の安定的な維持が必要だ。
生き物が『乱雑さ』を減らして健康でいたり、テクノロジーや文化を発達させるのを助けるという。
自己組織化の働きとも言っていたけど、あたしとしては「そうですか (震え声)」と応えるしかなかったわけで。
それでもあたしの言葉にティーマパニア様は頷く。
あたしはまだ理解できない部分があるのを言語化できるだろうか。
ティーマパニア イメージ画 (aipictors使用)
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