03.問題がある可能性
最初に思い浮かんだのは、Aクラスのみんなが目の前のクッキーを食べるのを止めることだった。
何かがマズい気がする。
ただ、誰にこの懸念を伝えたらいいんだろう。
あたしの予感だといえばキャリルは信じてくれる。
でもそれは彼女との長い付き合いがあるからでもある。
もしかしたらニナなんかも察してくれるかもしれないけれども。
それでもこうして迷っている時間が惜しい。
あたしはとにかく近くに居るキャリルに声を掛けた。
「ねえキャリル、突然だけどさっきからイヤな予感がするの。みんながこのままクッキーを食べるのはマズい気がする」
「それはどういう予感ですの?」
「上手く言えないけれど、とにかく口に入れるのは待った方がいいと思うの」
「分かりましたわ。ウィンがそう言う以上、先ずは皆さんの手を止めてもらいましょう。その間にウィンはディナ先生に説明を。“スキルが察知した”といえば対処してくれると思いますの」
ああ、こういう時はキャリルの肝の太さが頼りになるな。
あたしもどちらかと言えば神経は図太い方だけれども、予感に駆られて判断が怪しくなっていたらイヤだし。
「それで行きましょう!」
あたしはキャリルの案を採用し、彼女と頷き合う。
そしてキャリルと二手に分かれ、あたしはディナ先生に歩み寄ってから説明するため話しかけた。
「先生済みません。大至急相談したいんですが、クッキーを食べることがマズい気がするんです」
「ウィンさん、どうしたんですか突然?」
「詳細は言えないのですが、あたしのスキルでクラスのみんながこのままクッキーを食べるのが危険な気がするんです。何か安全を確認する方法は無いでしょうか?」
あたしの言葉にディナ先生は穏やかな表情を浮かべる。
「少し待って下さいね――、皆さん! ちょっと手を止めてください!」
いつものクラスでの声色を崩さず、ディナ先生はみんなに呼び掛けた。
決して慌てない様子で伝えるのは見事だと思う。
「せっかく作ったクッキーですが、何らかの問題がある可能性があるようです。すこしだけ確認するので、口にするのは待って下さい!」
『はい!』
野営天幕の下で作業をしていたクラスのみんなは、ディナ先生の呼びかけで一斉に手を止めた。
あたしは少しホッとしてキャリルの方に視線を向ける。
彼女もこちらを見たので、二人で頷き合った。
そうしている間にもディナ先生は、焼き上がったクッキーの山から幾つか取り分ける。
クッキーの山の特定の位置に固まらないように、できるだけ離れた位置のものを数個手にした。
そしてディナ先生はおもむろに【鑑定】を使った。
というか、初めからそれで確認すれば良かったのか。
でもみんなに待ってもらうには、ディナ先生から呼び掛けてもらったのは良かったと思うけれども。
「――これはっ?! 皆さん、このままの状態では出来上がったクッキーを食べることはできません! どうやら――」
ディナ先生があたし達に説明しようとしたけれども、その直後に他のクラスの野営天幕から叫び声が上がった。
「うぼらばぁぁあああああ!」
「ぅあああべしっ!」
「きてはぁぁぁあああっ!」
『おおおおおおおおおおおおお!!』
明らかに異様な叫び声が周囲で起こっているのに加えて、地属性魔力を多めに纏っている気配が徐々に増えて行った。
「くっ! 遅かったですね!」
「ディナ先生?!」
「まさかこんなことに……。事前の食材のチェックをすり抜けるとは、してやられました」
してやられたとはどういう意味なんだろう。
あたしの当惑した視線に気づいたディナ先生が短く告げる。
「クッキーに使った食材に、地魔法の【練体】に似た効果を引き起こすものが含まれていたようです」
「え……、でも先生たちは試食したんですよね?」
「はい。ですが何個か食べないと効果が出ないものだったようです――。皆さん! このクッキーは【解毒】を掛けるまで食べないでください!」
食材と言っても毒に近いものなのだろうか。
そんなものを食べ物に入れる時点で、あたしは非公認サークルの『闇鍋研究会』の関与を想像してしまった。
でも彼らはパーシー先生の元で『魔獣素材研究会』として再出発したんじゃ無かったのだろうか。
「くっ……、犯人捜しは後かしら。まずはクッキーを浄化しないと……」
あたしがそう呟くのと同時に、ニナが無詠唱で水魔法を使ってくれた。
「取り急ぎ、焼き上がったクッキーについては【解毒】を掛けたのじゃ――」
直後にニナは無詠唱で【鑑定】を行う。
「いま魔法で調べたのじゃが、ディナ先生の見立て通り【解毒】で妙な効果は消えたのじゃ。原因の食材は――」
どうやらニナはそのまま調査を始めてくれたようだ。
あたしは先生に地魔法の【練体】について確認した。
「【練体】という魔法はひと言でいえば、身体強化を行う魔法です。武術で行う魔力制御由来の身体強化に重ね掛けが出来ます」
「ええと、他のクラスから上がっている叫び声はその効果なんですか?」
「その可能性が高いです。たしかあの魔法に掛かると意識が高揚し、戦闘や任意の作業に向かいやすくなるはずです」
意識が高揚って要するにハイになるってことだろうけど、ヤバい気がする。
「それってまさか、いつもよりも暴力沙汰が起こりやすくなるってことですか?」
「否定はできません」
ディナ先生がそう告げた直後に、野営天幕の外に十名ほどの生徒の気配が現れた。
思わずそちらに目を向ける。
すると男女十名ほどの集団は全員が好戦的な気配を纏い、あたしに視線を向けている。
そして彼らは一斉に叫んだ。
『斬撃の乙女! 俺 (私)たちと勝負だ!』
「え、イヤです」
あたしのイヤな予感はこの状況を指していたのだろうか。
彼らのうち『学院裏闘技場』の件で闇討ちしてきた人が五人で、それ以外の生徒が男女三人ずつか。
闇討ち組の顔は、彼らを倒した後に意識が無いのを、仮面を外して治療したからよく覚えている。
そこまで認識したところで、あたしは気配を消して逃げる選択肢を考えてしまった。
けれどこの場にはキャリルを始め、『敢然たる詩』の仲間がいる。
あたしが逃げた後にみんなが代わりに戦うことになったら、あとでどんな顔をすればいいというのやら。
なら目の前のキマっ――高揚している連中を叩きのめせばいいんだろうか。
でもクラスのみんなの目があるんだよな。
もうあたしは『斬撃の乙女』の二つ名が浸透しているし今さらではあるけれど、『脳筋で暴力頼りの武闘派』という評価が増すのは避けたいんですよ。
クラスのみんなは生暖かい目で許容してくれるかもしれないけれど、あたしの精神にダメージが蓄積する気がする。
どうしたらいいんだろう。
だれかたすけてほしい。
あたしはその時、割と素な感じでそんなことを願ってしまった。
その刹那に、視界が切り替わった。
切り替わった視界には真っ白な空間が広がり、そこが神域だと直ぐに気づく。
「あれ? あたし、なんで……」
「今回はあなたの“友だち”の頼みで呼びつけたわよ?」
ソフィエンタの声がしたので振り返る。
するとそこにはソフィエンタと共に、ティーマパニア様とアシマーヴィア様が立っていた。
「……友だちがこまっているのなら、たすけなければなりません……」
「ワタクシは今日は付き添いね~。ティーマパニアが何とかしたいみたいなの~」
「そういう訳なんでウィン、ちょっと話をしましょうか」
その時のあたしは恐らく、鳩が豆鉄砲をくらったような顔をしていたんじゃないかと思う。
あたしは促されるまま、ソフィエンタが用意したテーブルについた。
「あの、ティーマパニア様。助けて下さるのは嬉しいんですが、特別扱いでは無いんですよね?」
「……キミがアンフェアなのを嫌うのはしっています……でもキミはもうワタシをたすけ、信者をふやすきっかけをよういしました……」
そう言ってティーマパニア様はじーっとあたしの顔を覗き込んだ。
「その辺を含めて、お茶をしながら話しましょうか」
ソフィエンタがそう告げると、次の瞬間テーブルの上にはマロンケーキと紅茶が並んだ。
それを見たあたしは、自分を落ち着かせるようにため息をつく。
「分かったわ。詳しく伺います」
あたしの言葉を聞いた三柱の女神たちは、柔和な表情で頷いた。
ニナ イメージ画 (aipictors使用)
お読みいただきありがとうございます。
おもしろいと感じてくださいましたら、ブックマークと、
下の評価をおねがいいたします。
読者の皆様の応援が、筆者の力になります。




