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01.助力を期待するが


 予定通りジャニスを懲らしめたあたしは、待たせていたキャリルとクラウディアに合流した。


 あたしの満足げな表情を見た二人は苦笑いを浮かべていたけれど、ひと仕事終えた感覚が強かったんですよ。


「なかなか上手くいったわよ」


「そうですの。まったく……、ウィンは油断できませんわね」


「同感だよ。過去の恥ずかしい話を調べてから、それをネタにボーイフレンドの前で問答無用でほじくり返す……。ちょっと相手のお姉さんに同情するかな」


「いいえクラウディア先輩、これは必要な措置だったのです。あたしが今回貴重な部活の時間を使わされた以上、今後も似たことが起こるのは防ぐ必要がありました」


 そこまで言ってからあたしは拳を握りしめて主張する。


「そのためには、涙をのんで悪逆非道な手段を行使する必要があったのです!」


 あたしはそう言いながらキリっと表情を引き締めると、キャリルがじとっとした視線を向けながらあたしに問う。


「それでウィン、実際に行った感想はどうなのですの?」


「そりゃもちろん、すっごいスカッとしたわ!」


「あー、本音がダダ漏れで色々台無しだね……」


「そうですわね……」


 キャリルとクラウディアの呆れたような視線を感じつつ、あたしとしては達成感を感じていた。


 その後あたしはもう一度デイブの店に寄って、借りていたゴスロリ服を返した。


 首尾をデイブに報告したけれど、二人で怪しい笑い声をあげてその他のメンバーから呆れられた。


 でもブリタニーは口元が緩んでいた気がするけれども。


 あたしの用事が済んだ後は、三人で商業地区を歩いて買い物をしてから寮に戻った。


「それじゃあウィン、キャリル、今日は色々とありがとう。タヴァン先生やデイブさんとブリタニーさんを紹介してくれてうれしいよ」


「いえ、クラウディア先輩にはお世話になってますし、これからも助けてもらうと思います。何ていうかお互いさまです」


「ウィンの言うとおりですわ。それに久しぶりにクラウディア姉さまと王都を巡れて楽しかったですわ」


 クラウディアやキャリルの表情は明るい。


 あたしとしてもジャニスにぎゃふんと言わせたので、有意義な休日を過ごすことが出来た。




 王都ディンルーク北部にあるディンラント王国の王城、その中規模の広間の一つではライオネルとローズが主催して食事会が開かれていた。


 春の貴族たちの社交シーズンなどには、舞踏会も開かれる豪華なホールだ。


 戦時には、師団単位の作戦指令室を置くことが想定される部屋でもある。


 だが今日はローズの快癒を報告する食事会であり、部屋の飾りつけであるとか楽団が奏でる音楽、そして立食形式のテーブル配置がくつろぎ易さを演出していた。


 食事会が立食形式になったのはライオネルとローズの意向だ。


 その方が参加者たちにローズの健康をアピールできるという判断だったが、宰相のロズランなども宮廷医師長からの診断結果をもとにこれを強く推した。


 会場にはすでに参加者である貴族たちや王妃たち、そしてレノックスが入場しており、ライオネルも先ほど加わっている。


 宮内大臣直属である侍従長が司会を行い、ライオネルが挨拶を行う段となった。


 会場の中央に立ち、ライオネルは口を開く。


「今日この場に、急な招待にもかかわらず、皆が集まってくれたことに深く感謝する。先日、我が妃殿下が体調を崩し『魔素固定化異常神経変性症』と診断された。宮廷医師たちの働きにより体調を回復させた後、王立ルークスケイル記念学院と、王都ブライアーズ学園のぞれぞれの附属病院の医師たちが治療方法を特定した」


 ライオネルはそこまで語ってから、宮廷医師長、会場内のルークスケイル記念学院のマーヴィンや付属病院長、そしてブライアーズ学園学長や付属病院長に視線を向ける。


 すると彼らは一斉に礼をした。


「この方法に必要なものが特殊なスライムと判明し、オリバー将軍とレノックス殿下が光竜騎士団や近衛騎士たちから選別したスペシャルチームを率いた。加えてレノックス殿下には、その学友の助力があり、レディ・ティルグレースやプロシリア共和国の駐在武官たちなどが助力をしてくれた。また本人たちの意向もあり名は秘すが、尊く高潔な者たちの助力もあったのも告げておこう」


 ライオネルは語りながらオリバーやレノックス、シンディやフレディに視線を向ける。


 視線を受けたそれぞれは順に礼をした。


「彼らの迅速な働きにより、我が妃殿下は適切な治療を受けることができた。その結果急速に体調は回復し、(やまい)は根治したと診断された。――宮廷医師長、いま私が述べたことは相違ないだろうか?」


「はい。私と宮廷医師二名により、確認致してございます。それぞれが独自に、ディンラント王国で標準的に行われております診察を行いました。その結果、宮廷医師長の名において、第一王子妃殿下は完全に健康になられたと宣言いたします」


 宮廷医師長の言葉にライオネルは頷く。


「これにより、ディンラント王国と王家はこれからも光輝ある未来へと向かうこととなった。今後も皆の助力を期待するが、そのためにも皆が健康であることを私は強く願うものである」


 そうしてライオネルが挨拶を締めくくると、会場には拍手が満ちた。


 続いて侍従長が、司会としてローズの入場を告げた。


 華やかさを感じさせる曲を楽団が演奏する中で広間の入り口が開き、彼女が姿を見せた。


 白に近い淡い薔薇色のロングドレスを纏い、ローズは穏やかに微笑む。


 先ずその笑みに参加者たちは視線を奪われ、彼女の血色の良さに見とれ、ドレスの色で改めて彼女の名を想起する。


 ああ、ディンルークの薔薇が咲いた――


 誰ともなしにそんなことを近くの者と語りつつ、参加者たちはローズの優美さに惜しみない拍手を送った。


 彼女はそのまま広間の中央に向かうが、途中で貴族家の顔見知りの女性と言葉を交わす。


 そんな様子も、その場の者に彼女の息災を印象付けるには十分だった。


 やがてしっかりした足取りで歩みながらワイングラスを手にし、ライオネルの傍らに立つ。


 その時にはライオネルもまたワイングラスを手にしていた。


 そしてローズが口を開く。


「皆さま、本日はお越し頂きありがとうございます。ライオネル殿下がご説明下さいましたが、今回さまざまな方に助けて頂き、この命を繋ぐことが叶いました。そのことをそれぞれの方々に感謝するとともに、皆さまはもちろん、王国に善良に暮らす全ての民が健康であることを願いたいと思います。乾杯をいたしますので、皆さまグラスをご用意ください」


 そう告げてローズは会場を見渡す。


 彼女の声量に、参加者たちは確かにローズの健康を実感していた。


 程なく司会の侍従長が準備できたことを告げると、改めてローズは口を開く。


「それでは皆さま――、ディンラント王国の更なる発展と、私たちひとりひとりの健康を願って、乾杯っ!」


『乾杯!』


 参加者たちは一斉にグラスを開けて、拍手をし始める。


 同時にオリバーを始め、高位貴族の者たちが次々に大声で祝福の言葉を叫ぶ。


『第一王子夫妻の健康に!』


 そうしてライオネルとローズ主催の食事会が始まった。




 雅やかな音楽演奏される中、貴族たちはそれぞれ料理を取りつつ交流を深めている。


 レノックスのところにも挨拶に訪れた者たちが居たが、先ほどのライオネルの説明もあり、スライム捕獲に関して話を聞きたがるものが多く居た。


 彼らを相手にレノックスは「近衛騎士などの戦術が使われたので詳しく話せない」と説明し、代わりにオリバーの指揮でクリスタルアントの巣を攻略する話をした。


 その話にしても概略にとどめ、「指揮のノウハウは将軍閣下に訊くのを勧める」と話を締める。


 レノックスに話しかけた貴族たちも、彼への顔つなぎが出来たうえにオリバーをレノックスから紹介された形だ。


 こんどはオリバーに顔つなぎしようと、いそいそとレノックスの元を離れて行った。


 そのようなやり取りが繰り返されあと、レノックスのところへ来る貴族が途切れた。


 今日の食事会はそもそもライオネルとローズが主役であり、実際二人の周りに多くの貴族たちが集まっているようだった。


 その様子に安どしつつ、レノックスは王都南ダンジョン行きで鍛錬した気配遮断を行う。


 完全に気配を断つのではなく、人混みの中では微かに残すのがコツだと暗部の者から説明を受けている。


 そのようにしてレノックスは会場の中央を離れ、一人でのんびりと食事を取った。


 彼に気づかないのか、中にはレノックスのすぐ傍らに居るのに親しい仲間内で噂話を始める貴族たちもいた。


「今回のスライムを使った治療は、他国から伝来した伝統医療らしいですな――」


「他国ですか。伝統医療となると我が国では無いならフサルーナでしょうか――」


「それがどうにも、海の向こうのパールス帝国のようですじゃ――」


「なるほど、かの地は世界の医療の中心となっていますね――」


「時にフサルーナといえば以前からひどかったですが、昨今は爵位の売買が常態化しているようですぞ――」


「それだけならまだしも、そういう新興貴族を取りまとめる勢力の話も聞くようになってきたのじゃ――」


「戦乱などは考え難いですが、フサルーナの場合は政変が恐ろしいです――」


 どこまで本当かは分かったものでは無いが、王家主催の食事会であまりに事実から乖離した話をすればその貴族は評判を落とす。


 だからレノックスは、たまたま耳にしたフサルーナの話を頭の片隅に留めおいた。


「なるほど、こういう情報収集は存外楽しいものかも知れんな」


 レノックスはひとりそう呟いて、気配を遮断したまま会場を歩き始めた。


 その様子を給仕係に扮した暗部の者たちが気付き、万一の時はレノックスをフォローできるようにさり気なく数名で彼を追って移動した。


 その傍ら暗部の者たちも、本来の仕事である貴族たちの言動からの情報収集を進めて行った。


 やがて宴もたけなわとなり、司会の侍従長がライオネルから重大発表があることを伝えた。


 それぞれの思惑を含んだ憶測で会場はさわがしくなるが、ライオネルが拡声の魔法で説明を始める。


「皆、食事会を楽しんでくれているようで何よりだ。此度、この場を借りて王国の医療における一つの方針を伝えたい。陛下とも相談の上決まったことだが、今後ディンラント王国では、王家の名の元に伝統医療の研究を支援することとした。これには我が国と友好関係にある、アルゲンテウス大陸のパールス帝国から伝わった医療も含まれる。医療が発展すれば皆も健康になり民も健康になり、我が国も豊かになるだろう。重ね重ね私と我が妃殿下は皆の健康を願っている!」


 ライオネルがそう宣言すると食事会に参加した貴族たちは、その内心はともかく――表向きは一様に強い賛意を示していた。


 ライオネルとローズ主催の食事会は貴族それぞれに思惑が生じた機会となったが、ローズが以前よりも健康そうに振舞っていること自体は好意的に受け止められた。


 少なくともレノックスにはそのように感じられた。


 その一方でレノックスの動きを追いつつも、暗部の者たちは参加した貴族たちの言動をチェックし、興味深い言動を示した者たちをリストアップしていた。


 やがて食事会は司会の侍従長によって閉会が告げられ、雅やかな余韻を残しつつも各自が広間を退出していった。



挿絵(By みてみん)

レノックス イメージ画 (aipictors使用)




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