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12.不自然なほどに表情を消して


 闇曜日の午後にフェリックスとパトリックの二人は、連れ立って王都ブライアーズ学園を訪ねていた。


 先日自分たちが通う王立ルークスケイル記念学院にて、不審者騒動が発生した。


 魔神の聖地となったことで巡礼客が王都に増えたということもあり、不審者騒動がダメ押しとなる形で王都内の学校は警備体制を厳しくすることになった。


 その関係で学園の正門では、身分証の提示と訪問目的の伝達が求められた。


 学生証の確認も済み、フェリックスが自分たちの訪問目的を告げる。


「今日うかがったのは、『斥候部』の部員の人たちに話を聞きたかったんです」


「ああ、あの子らか……。まあいいだろう。参考に教えてくれ、君らは学院卒業後はどうするつもりだ?」


 正門の守衛の一人に確認され、フェリックスとパトリックは応えた。


「進路のお話ですか? 冒険者の仕事に興味がありますけど」


「僕はその辺はまだ分からないですね。今日はフェリックス先輩にくっ付いてきただけですし」


 突然の話題に少々戸惑いつつ、二人は応える。


「ふーむ。まあ問題無いか。君らはせっかく権威ある学院に通ってるんだから、あまり妙な活動を斥候部の子たちから参考にしないのをお勧めするよ」


 守衛の言葉に曖昧に微笑んで、二人は無事に受付を済ませた。


 正門から学園構内に入り、すこし歩いたところで二人は口を開く。


「ここまでは順調だねー」


「正規の手続きで構内に入りましたし、問題は無いでしょう。『斥候部』の人たちって……、あまり評判が良く無いんですか?」


「いいや、そんなことは無いはずだよー。多分だけれど、さっきの守衛さんたちは現役か元冒険者なんだろう。『斥候部』の人たちは冒険者の斥候というよりは、うちの活動に近いからさ」


「ああ、それは心配されるかも知れませんね」


 フェリックスの言葉でパトリックは正門の詰め所の雰囲気を思い出す。


 学院のそれと比べると、そこまで衛兵を思わせるような威圧的な感じがしなかった気がした。


「うん。守衛さんたちから見て、俺たちの学院は貴族家の子供が学園よりも多いだろ? 勝手なイメージを持ってるんじゃないかなー」


「そういうのってあるんですかね?」


「あると思うぜー」


 そんな話をしながら二人は学園の構内を歩いて行った。


「当たり前ですけど、それと見てわかるような変わったところなんてありませんね」


「そりゃそうだよねー」


「でも今日は『問題がある』って話を聞いたのと、“例のお守り”の件で確認をするんですよね?」


「まあねー」


 フェリックスはそう言ってユルい雰囲気のままブライアーズ学園の構内を歩く。


「そもそも『問題』って何か言って来てるんですか?」


「その辺は直接会ってからだねー。多分大した話じゃあないさ。『ウェスリーがイールパイの話を忘れる程度』の話なんじゃないかなー」


 フェリックスは機嫌良さそうな笑みを浮かべ、パトリックにウィンクをしてみせた。


 パトリックはその表情と発言内容に内心気を引き締めつつ、素知らぬ顔で応じる。


「じゃあ、『舐めとんのかシバくぞ』って感じの、どうでもいい話なんですね?」


 そう言ってパトリックはフェリックスにウィンクを返した。


 ふだん彼はそのような口調を使うことは無いので、フェリックスにその内容で自分の理解を伝えた。


「そうそう。だからいつも通り気楽にいこうねー」


 そう告げる笑顔のフェリックスは、一瞬だけ油断ない目を浮かべた。




 フェリックスとパトリックは学園内の案内板を頼りに、待ち合わせ場所に向かった。


 学園の購買部外にあるベンチの一つだったが、そこには彼らと同年代の少女が一人と少年が二人いた。


 全員冒険者が着るような頑丈そうな服を着込んでいるが、その中で少女が口を開く。


「ようフェリックス、元気にしてるかい?」


「お陰さまで元気だよレベッカ。そっちは変わりなさそうじゃないか」


 そこまで話して二人は握手をした。


「まあいつもの顔ぶれだしね。――その子は後輩かい?」


 レベッカはそう言ってパトリックに視線を向ける。


「うん。けっこう出来る奴だよ」


「ふーん、まあよろしくな」


 そう言ってレベッカはパトリックに片手を出す。


 彼女が自己紹介が無いことや、自分が名乗らないことに何も言わない時点で、何かが起きているとパトリックは察する。


「……よろしくです」


 いつもよりもやや抑制的な雰囲気を保ちつつ、パトリックはレベッカと握手をした。


 その様子に一瞬だけ機嫌良さそうに彼女は頷く。


「それでまあ、『問題』の話をしようか」


「ん? べつに構わないけどさー、今するのかい?」


「ああ。『問題』の情報共有は早い方がいいだろ」


「まあ、聞くけれども」


 そう言ってフェリックスは頷く。


 彼がふとパトリックの方に視線を向けると、不自然なほどに表情を消していた。


 その時点でフェリックスは、自分と同じように怪しい視線や気配を感じていると察する。


 だが彼はそのことをパトリックなりレベッカに告げるでもなく、彼女が『問題』と呼ぶ内容を聞くことにした。


「じつはここ最近、ある研究員のところに客が増えているんだ――」


 レベッカはそう言って、ブライアーズ学園附属研究所の研究員であるフィル・ディラックの話をした。


 『魔法交通工学研究室』の研究者だが、『魔導馬車研究会』の顧問をしている人物だという。


 フェリックスは何となく自らの学院のマーゴットを想起しつつ、確認する。


「なにか怪しいものでも開発しているというところかい?」


「アタシらはそう睨んでるんだがね、商業ギルドや冒険者ギルドのお歴々だけじゃ無く、学院の研究員も来てるみたいなんだよ」


「共同研究ってことかな。……場合によっては学院の警備体制とかにも影響が出る話かもだねー」


「そうなんだよ。その辺りの話はなにか掴んでいないかい?」


 レベッカに問われ、フェリックスは考え込む。


 そうしている間も非常に微かだが、奇妙な気配と視線が向けられているのを感じる。


「ごめん。魔道具とかの関係かも知れないけれど、俺たちも把握していないよ。持ち帰っていいだろうか?」


「そうか。情報が無いのは残念だが、キナ臭い話になるかは未知数だ。なにか掴んだら教えてほしい」


「分かったよー」


 そうしてレベッカとの会話は一区切りついた。


 フェリックスが確認するが、ほかには用件は無いという。


「ところでフェリックス、たまには甘いものでも食いに行かないかしら? そこの後輩の話とかウェスリーの野郎の話とかも聞きたいのよ」


 何やら気が抜けたのか、あるいはそれ以外の意図があるのか、レベッカは口調を変えてそう告げる。


 その上で彼女はフェリックスにあざとく首を傾げてみせた。


 レベッカの様子に苦笑いを浮かべつつ、フェリックスは応える。


「べつに構いませんよお嬢さん。いい店を知っていますし」


 そう言ってからフェリックスは貴族然とした丁寧な礼をしてみせた。


 互いの様子にフェリックスとレベッカは吹き出すと、彼らはそろってブライアーズ学園の正門へと移動した。


 そして守衛の詰め所でフェリックスとパトリックは退出の手続きを済まる。


 学園の敷地を出た後は、全員で身体強化と気配遮断をしてから商業地区へと高速移動した。




 数分後、フェリックスたちの姿は商業地区にあった。


 王都ディンルークの商業地区の路地裏にある、古ぼけた喫茶店の入り口をくぐる。


 非公認サークル『諜報技術研究会』の幹部たち馴染みの店だ。


 そしてフェリックスが着いたときには、ウェスリーを始め他の幹部たちも揃っていた。


「オヤジさん、コーヒーとアップルパイのセットを五人分頼みます」


 店主にそう告げるとフェリックスは、パトリックやレベッカたちを連れて諜報研幹部たちの近くに座った。


「こんにちはアンタたち。みんな元気そうじゃない」


「別に元気をなくすようなことも無いさ。レベッカたちも息災そうで何よりだ――」


 胡散臭そうな笑みを浮かべつつ、ウェスリーはそう言って彼女たちを歓迎した。


 挨拶もそこそこにレベッカはパトリックに視線を向ける。


「さっきはロクな挨拶も出来なくて悪かったね後輩クン」


「いえ、何か考えがあるんだろうなとは分かりましたから」


「そうかい。なかなかスジがいい子が入ったじゃないか。羨ましいよ」


 レベッカはそう言ってケラケラと笑ってから自己紹介をした。


「アタシはレベッカ・ハントという。商業科高等部三年だ。『アンタらと似たような活動をしてるとこ』の部長だよ。よろしく」


「僕はパトリック・ラクソンと言います。魔法科初等部一年です。よろしくお願いします」


 そう言って二人は握手をした。


 するとそのタイミングで喫茶店の店主が注文のものを持ってきた。


 飲み物と甘味が揃ったところでウェスリーが無詠唱で風魔法を使い、周囲に見えない防音壁を作る。


「それでレベッカ、あの視線と気配は何なんだ?」


「何も説明しなくて悪かったねフェリックス。ちょっとエサを撒きたかったのさ。公然と学園の構内でナイショの話をすれば、あの感覚を味わえると思ってね――」


 レベッカによれば、十二月に入ってから奇妙な視線と気配を感じるようになったという。


 気づけるのはそれなりに気配の察知に長けているか、魔力制御に長けている必要があるようだが。


 特に内緒話をしている時に限って感じられたので、学園内の誰かが魔道具などを使って情報を集めていることを考えたそうだ。


「――だがアタシらが調べても原因が分からなくてね。魔道具の類いなら人手が入るから、必ず情報を取り出すヤツがいるはずなんだ」


「だが見つからないか。レベッカほどの使い手を騙すとなると、やっぱり魔法なんじゃ無いのか?」


「アンタもそう思うかいウェスリー?」


「同門の姉弟子の技量は把握している。腕が鈍った感じも無いし、そうなるとレベッカの問題というよりは相手の技術だろう」


 レベッカは一つ頷いて、経緯を説明した。


 元々は学園高等部の魔法科三年生に相談されて知ったが、構内の広い範囲で魔法的に妙な流れを感じるそうだ。


 現象としては、内緒話を監視する視線と気配だ。


 相談してきた生徒の話では、あまり一般的ではない魔法の類いだろうということだった。


「教師には相談したのか?」


「先生らは真っ先に気づくだろう。それが無い時点で、アタシらは内部犯行を疑ってる。教師が仕掛けたなら、迂闊な相談はヤバいと思ってるよ」


「やれやれ、まずは目的や動機を割り出すにしろ、『魔法的な何か』が分からないと話にならないかなー」


 フェリックスの言葉で、その場の者たちはそれぞれ考え込んだ。



挿絵(By みてみん)

パトリック イメージ画 (aipictors使用)




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