11.指さして宣言する
その日の午後、ジャニスはニコラスと昼食を取っていた。
商業地区にある大通り沿いの店で、テラス席に座り二人でパスタを食べていた。
付き合い始めのころは微かな遠慮もあったかも知れないが、それでも互いに相手が動植物の話題を好むことが分かってからは良い意味で気楽に接している。
いまも二人は、王国と共和国の国境にある山間部に生息するヤマネコの話で盛り上がっていた。
「――つーかさ、ほとんど豹みたいだって話じゃね?」
「でもそれにしては、意外と人に懐く個体も居るみたいなんだよ。あ、もちろん動物と会話できるスキル持ちは別にした話なんだけどさ」
「会話っていいなー。あーしもそのスキル目指すかなあ。けっこー想像すっとテンション爆アガりじゃね?」
「確かに話せた方が便利そうだなとは思うよね。実用面だけじゃなくて、気持ちの面で憧れが湧き上がるっていうか」
「さすがあーしのニコラスだ、分かってんじゃん」
「まあね、ジャニスも同感でしょ?」
「当然」
「「ははははは」」
そこまで話をしたところで、ジャニスは視線と同時に知った気配を感じ取った。
その気配の記憶を思い出すと、直ぐにキャリルのものだと判別できた。
位置的にはジャニスから見て大通りの反対側の斜め前から、こちらを見ている感じがする。
直ぐ近くには友人なのか未成年くらいの子供の気配がするが、ウィンの気配はしない。
念のためさらに周囲の気配を探ると、キャリルを護衛できる位置に手練れの気配が二人分感じ取れた。
これは多分ティルグレース伯爵家の“庭師”だろうとあたりをつける。
「さてどうすっかなあ」
「こっちを見ている子たちの話かい?」
「そーそー。たまたまこっちに気が付いたって感じかもしれないじゃん? あーしたちに用が無いなら別にニコラスと過ごしてても良くね?」
「でももちろん、あたしはジャニスに用があるのよね」
その声と共に、そっとジャニスの肩に手が置かれた。
ジャニスがその声の主の気配に気付いたのは、誰の声なのかを認識出来てからだった。
ウィンが直前まで気配を隠して近づき、自分の背後を取ったことにジャニスは衝撃を受けていた。
あたしはジャニスの肩に手を置きながら、場に化すレベルで消していた気配を現わす。
たぶん本能的な動きだろうけれど、ニコラスが一瞬だけあたしに闘争心に似た意識を向ける。
でも現れたのがあたしだと認識すると、すぐにフレンドリーに微笑んでくれた。
「こんにちはウィンさん。今日はお買い物?」
「こんにちはニコラスさん、それとジャニス。お昼を食べてたのにごめんなさい」
「こんにちはお嬢。気配を消してたのか……」
そう言いながらジャニスはあたしの方に向き直った。
「うん、ジャニスに用があったんだけど、逃げられたりしたくなかったのよ」
「べつにあーしは逃げたりは……」
そこまで告げてからジャニスは語尾を濁す。
「ねえジャニス、あたしに何か言うことがあるんじゃないかしら?」
「いや……、ええと……、そうだなあ。お嬢の服? いつもと感じが違うじゃん。スゲー似合ってると思うぜ。あーしも着てたなあ……」
「それだけかしら?」
あたしが視線に圧力を込めると、ジャニスは微妙に冷や汗をかき始める。
ちなみにあたしが着ているのは、ブリタニーの伝手で借りてきた黒いゴスロリドレスと黒いロングブーツだ。
手には革製の黒い手袋も装着している。
「うーんと……、それだけ、かな?」
「そう? あたしね、デイブから話を聞いてから来たの」
そう告げてからあたしは一歩下がり、舞台女優を意識するような立ち姿でビシッとジャニスを指さして宣言する。
「『聞け! あーしがあんたの運命だ! 沈みな!』、だったかしら?」
あたしがデイブから訊き出したかつてのジャニスのキメ台詞を叫ぶと、彼女は途端に椅子に座ったまま固まった。
その直後に顔を耳まで真っ赤にしてからあたしに叫んだ。
「やめろおおおお! やめてええええ! お嬢おおおおお!」
「ジャニス、あなた自分でこのセリフを考えて、積極的に使ってたらしいじゃない――」
「うわああああああああ!!」
あたしが指摘すると、ジャニスはそのまま頭を抱えて座ったままうつむいてしまった。
それを見てあたしは思わず口元をゆがめる。
「ええとウィンさん、どうしたんだい?」
「じつはちょっとジャニスを懲らしめようと思って、彼女の昔の話をデイブから訊き出してきたんです」
「ちょっとタンマお嬢! 後生だから勘弁して! な?! こんどメシ奢るからあああ!」
あたしとジャニスを伺いつつ、ニコラスは幸せそうな笑みを浮かべる。
「ああでも、僕はむしろジャニスの昔の話なら聞いてみたいんだけど」
「もちろんニコラスさんなら構いません」
そう応えてからあたしはキリっと表情を引き締めた。
デイブの店で、その辺りの情報をあたしは幾つか訊き出していた。
その中の代表的なものを幾つか紹介する。
デイブからの情報によれば、ジャニスがあたしと同じくらいの年齢だったころ、戦闘服用の黒のゴスロリドレスを何着も持っていたそうだ。
「決めポーズもあったんだよな。なんだっけ?」
「『聞け、あーしがあんたの運命だホニャララ』、だったかな」
デイブがニヤケ顔でブリタニーに確認すると、ブリタニーは苦笑いしつつそう告げた。
「あったなあ、懐かしいぜ。ホニャララには、『死にな』とか『沈みな』とかそんな感じだったかな」
そう言ってデイブは怪しい顔をして笑う。
「ああ、それで武器をもった手の人差し指で指差すんだったと思うよ」
そうしてあたしは有力なネタの一つをゲットした。
「ほかには無いの?」
「まだあるぜ。そうだな……。まだジャニスのファンが大勢いた頃に、視線がウザくなったらしくてな。屋台で暴食すれば引くだろうと思いついて、挑んだことがあった」
「それは――、どうなったの?」
デイブとあたしのやり取りにブリタニーが補足する。
「ジャニスの幼なじみも二、三人加わって、揚げ物の屋台とかを二軒売り切れするまで食べたね」
「そうそう。そんで翌日ハラ壊して寝込んだ」
そのネタは微妙だが、恥ずかしい話には違いないだろう。
あたしはデイブにさらに食い下がった。
「あとはそうだなあ……。いま思えばジャニスの初恋かも知れんが、キツネ獣人の若いのに一時期くっついて歩いてた。そいつは気だてがいいヤツだったが、恋人が迎えに来た」
「あー撃沈したのか。でもべつに恥ずかしくは無いわよね?」
初恋と、それが振られる事なんてどこにでもある話なんじゃないだろうか。
ここでもデイブからの情報をブリタニーが補足してくれた。
「くっついて歩くとき、でっかいキツネのつけ耳を頭に付けてたんだ」
「おおそうだハハハハハ。んで、その肖像画とその模写がファンに流れた」
思いのほか黒歴史だった。
「――ということがあったそうです」
「ウィンさん、貴重な情報をありがとう」
ニコラスはそう言ってあたしにサムズアップしてウインクした。
「………………」
ジャニスはなにやらテーブルに突っ伏してぴくぴくしている。
「それでジャニス、何でこうなったのかは分かるわよね? エイミーがあなたに相談したのに、あたしに丸投げしたって聞いたからなのよ?」
あたしがそう告げると、ジャニスはのそっと頭を上げた。
「でもよお、お嬢。あーしがお嬢を高く買ってるのは事実だぜ。エイミーのことも、お嬢に任せれば上手くいくと思ったからだし」
「だとしても。……いいえ、違うわね。だからこそそういう時は、あなたもあたしのところに一緒に来てくれれば良かったのよ。雑に丸投げたようにしか感じないわよ!」
「うっ、ごめんなお嬢。確かにそう言われたらその通りだ。反省する」
「はぁぁぁぁ……。反省と謝罪を受け入れます」
気が済んだかと言われたら微妙だけれど、ジャニスが反省したなら良かったと思うことにした。
ちなみにジャニスのゴスロリ服は、まだ何着か家に仕舞ってあるそうだ。
要るかと言われたので断ったら、ジャニスには微妙な顔をされた。
ゴスロリ服はあたしの趣味では無いんですよ。
ともあれ、ジャニスを懲らしめる件はそんな感じでかたが付いた。
ウィン イメージ画 (aipictors使用)
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