10.心理的にダメージを与えたい
屋台で昼食を済ませた後、あたしはジャニスを懲らしめるためにデイブから情報収集を行うことにした。
エイミーのためだったとはいえ、ジャニスは自分が相談されたドニーの件をあたしに丸投げしたのだ。
ここは何らかの形でぎゃふんと言わせなければ、今後も似たようなことが起こるかも知れない。
あたしはそう考えて決意を固めた。
「どうしたんだいウィン、拳を固めてなにやら気合が入った表情を浮かべているけれども」
「ああ、ちょっとこのまえ武術研で面倒ごとに巻き込まれたんです――」
クラウディアが不思議そうな顔をして訊くので、あたしはかいつまんで事情を話した。
「――ということで、同門の年上のお姉さん達から面倒ごとを丸投げされたんですよ」
「そうなんだ? 確かに見方によっては貴重な部活の時間を勝手に浪費させられたということもできるよね」
ヤバい、クラウディアが核心に迫ることを指摘したぞ。
実はドニーと模擬戦をしたのはムダな時間だったんじゃないだろうか。
あたしが個人的に衝撃を受けていると、それを見ていたキャリルがフォローしてくれた。
「大丈夫ですわウィン。あなたが対応したことは、エイミーさんとあのドニーさんにとってムダにはならないと思いますの。きっと巡り巡ってあなたにも幸いがあるハズですわ」
「そうかしら……。だったらいいなあ……」
あたしの実感のこもった呟きに、クラウディアとキャリルは微笑んでいた。
二人には、デイブからジャニスを懲らしめるための情報収集を行うことを伝えた。
するとデイブの店に同行するとキャリルが言い始めた。
「いい機会ですし、クラウディア姉さまもデイブさんに紹介するべきですわ」
「ウィンと同門のデイブって、もしかして冒険者ギルドの相談役をしているデイブ・ソーントンさんかい?」
どうやらクラウディアはデイブを知っているようだ。
「私も冒険者登録しているし、デイブさんのことは知っているよ。直接の面識は無いけれどね」
「じゃあいい機会ですね。デイブはあたしの師匠の弟弟子なので紹介しますよ」
そうしてあたし達はデイブの店に向かった。
闇曜日の休みということもあり、店は普通に営業をしていてデイブは店内に居た。
『こんにちはー (ですの)』
「おうお嬢、キャリルもいるのか、そっちは友達かな。こんにちは」
「こんにちはお前さんたち。今日は買い物かい?」
店内には客がいないので、デイブとブリタニーが声を掛けてくれた。
「ううん、ごめんねブリタニー。今日はデイブに訊きたいことがあったのと、あたしの先輩を紹介しようと思ったのよ」
「「ふーん」」
「訊きたい事ってのも気になるが、そちらのお嬢ちゃんはどこかで見たことがある気がするな」
何か気が付いたことがあったのか、クラウディアの顔を見てデイブは考え始める。
「もしかしたら面識があるのかしら。彼女はクラウディアっていうの。先輩、この人があたしの師匠の弟弟子のデイブよ」
「こんにちはクラウディア、おれはデイブ・ソーントンだ。この店の主人をやっている。他には冒険者ギルドの相談役をしているがよろしくな」
「こんにちは、初めましてデイブさん。私はクラウディア・ウォーカーといいます。私自身は冒険者登録をしていますが、普段は学院で学生をしています。よろしくお願いします」
「ああ、よろしくな」
そう言ってデイブとクラウディアは握手をする。
「名字はウォーカーか。もしかしてクラウディアは『ウォーカー診療所』のお嬢ちゃんかい?」
「あ、はい。実家は医者をしています。よろしくおねがいします」
「ああよろしく。私はデイブの嫁でブリタニーだ。そうか、たぶんあんたの母親とは顔見知りだ――」
そう言ってブリタニーはクラウディアの両親の名前を確認したけれど、どうやら知り合いだったようだ。
デイブも納得したような顔を浮かべていた。
デイブはクラウディアに「うちでの買い物は学生のうちはまけてやる」と言っていたけれど、クラウディアは恐縮していた。
「それで、おれに訊きたい事って何だ? クラウディアもいるし、冒険者関係のことか?」
「ううん、そうだったら良かったんだけど、エイミーから何か聞いていないかしら?」
あたしの言葉にデイブは首を傾げ、ブリタニーの方に視線を向ける。
「いや、特に何も知らないね」
ブリタニーもそう言って首を横に振っていた。
「そうなのね。それじゃあこれから相談するのかしら。じつはエイミーに交際を申し込んできた男性が居るのよ」
「ふーん。どんな奴だ?」
「ドニー・マシュー・クレメンスって名乗ってたわ。自称だけれどグレンベイス男爵の二男の二男で、冒険者をしてる。あと蜂道流を実戦レベルで使えそうね」
「グレンベイス男爵……、冒険者……、蜂道流か。護衛任務で最近評判がいい奴だったかな。――ああ、たぶん顔は思い浮かぶぜ」
貴族家出身の冒険者だから、念のため顔を覚えているんだろうか。
「そうなのね。で、エイミーが交際を申し込まれてやんわりと断って、店先でお父さんが半殺しにしたみたいなの」
「「あー……」」
デイブとブリタニーが苦笑いを浮かべた。
あたしは会ったことは無いけれど、エイミーのお父さんはデイブ達とも顔見知りなんだろう。
「見かねたエイミーが魔法でドニーを回復させて、何を考えたか『ウィンと模擬戦をして』って言ったらしいの」
「おもしれえじゃねえかそれ」
「面白くないわよ、メンドウ事じゃない!」
くそ、デイブめニヤケ顔を浮かべ始めたな。
「でもエイミーがお嬢を頼ったなら、何とかしてやるべきだろ」
「あたしもそう思ったわよ。けっきょく戦ってドニーの問題は整理できたの。エイミーには、デイブにあとは身元とか調べてもらうように言ったわ」
「なるほどな。――その報告か?」
「ちがうわ。エイミーは最初にドニーのことをジャニスに相談したみたいなの。それでジャニスが『ウィンに相談しろ』って言ったみたいなのよ。おかしくないコレ?」
「「あー、丸投げか」」
あたしの話にデイブとブリタニーがハモって反応した。
その表情はちょっと呆れているような感じだ。
「そういうわけであたしとしては、少しはジャニスを懲らしめたいのよ。そのためにデイブに相談したかったの」
「そうか。……事情は分かったが、懲らしめるっつっても、どの程度のことを考えてるんだ?」
特に圧を加えて来るでも無しに、デイブは何気ない感じであたしに問う。
どの程度って言っても、それなりに心理的にダメージを与えたいところだ。
じゃないとまた似たことが起こるかも知れないからな。
「あたしとしてはデイブから聞きたいのは、ジャニスの恥ずかしい話よ!!」
「はずかしい話、か」
「そうよ! 懲らしめるのにも、予習復讐上等Death!!」
あたしはそう宣言して、人差し指を一本立ててデイブに示した。
「そういうことならおれは泣く泣くジャニスの話をするべきだろう。ああ! 気が進まんが仲間内の和を保つためには、仕方が無いよなあああ!」
そう言ってデイブは怪しい笑みを浮かべた。
たぶん夕暮れ時とかに街角で見かけたら、衛兵さんに通報されかねない奴だ。
でも今はそれが心強かった。
「じゃあ、話してくれるわよね」
「ああ、非常に遺憾だが、涙を呑んで丁寧に説明しようっ!」
デイブはそう言い切ってからキリっとした表情を浮かべた。
そうしてあたしはデイブから、ジャニスの話を幾つか訊き出すことに成功した。
「上手く言えないけれど、情報って大切なんだねえ」
「もちろんですわお姉さま。――ウィンのアプローチが妥当なのかは考えどころですが」
「構わないさ。ジャニスはときどき適当だからな。たまには痛い目を見てもいいだろう」
「情報って怖いねえ」
「その点は同感ですわ」
「まあ、情報は商売でも戦いでも、どんな局面でも大事なものだよね」
なにやらクラウディアとキャリルがブリタニーと話しながら、あたしとデイブのやり取りをうかがっている。
あたしとしてはそれどころではなく、集中してデイブから話を聞き出した。
そのあとブリタニーも会話に巻き込んで、情報の補強を行った。
あまりに集中しすぎてデイブと二人で怪しい笑い声を上げたりしていた気がするけれど、キャリル達には残念そうな視線を向けられた。
とりあえずデイブの店にお客さんがいなかったのは幸いだったかもしれない。
そんなお昼のひと時を過ごした。
ブリタニー イメージ画 (aipictors使用)
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