09.確かに骨が折れそうだ
タヴァン先生と合流したあたし達は、先生の案内で附属研究所の中を移動した。
魔法の研究者が集まっている『旧館』を抜けて、新しい建物の『新館』に入る。
そこから更に移動して、『第三多目的実験室』と表札に書かれた部屋に到着した。
実験室に近づいた段階で気が付いたけれど、実験台の並ぶ大きな部屋の中にはパーシー先生とディナ先生が居た。
その他には、高等部の職員室で見かけたことがある中年男性の先生もいる。
あたし達は挨拶をしてから自己紹介をした。
高等部の先生は牧畜とか農業関連の授業を担当しているという話だった。
パーシー先生に関しては魔獣に詳しいからいいとして、ディナ先生は『狩猟部の顧問なので、魔獣の生態に関して詳しくなりたいのです』とか言っていた。
確かに狩猟部の顧問なら、魔獣に詳しい方がいいのはその通りだけれども。
ディナ先生の真意は何となく分かるような気もするけれど、あたしもキャリルもスルーした。
「それでパーシー先生、今日はどういう方針で作業をしましょうか?」
タヴァン先生が問うとパーシー先生が頷き、実験台の上にならぶ大き目の陶製の器を示す。
「ご覧の通り、樽に入っていた鉱物スライムの一部は、陶製の蒸発皿に移してあります」
蒸発皿は小振りな洗面器ほどのサイズがあるけれど、その中はセメントのような質感のもので満たされている。
「作業の内容を話す前に、生徒がいるので基本的なところからお話しますね」
「おねがいします」
タヴァン先生の言葉に再度頷き、パーシー先生は説明を始めた。
「まず基本的な事ですが、鉱物スライムに限らずスライムという魔獣は雌雄同体――オスとメスがおなじです。そして食べ物が足りている状態を作ってやり、身体が大きくなると勝手に分裂します」
「パーシー先生、どのくらいまで大きくなると分裂するんですか?」
あたしが手を挙げて質問すると、パーシー先生は嬉しそうに告げる。
こういうやりとりが好きなんだろうか。
「スライムの種類にもよりますし、同じスライムでも食べたものによって大きさがまちまちになるようです。まあ、見た目はゼリーみたいだったりしますけれど、食べたもので身体の大きさや頑丈さなどが変わってくるという説があります」
『ふーん』
ディナ先生が考え込むような表情で口を開く。
「分裂という仕組みも良く分からないのですけれど、書物でいえば複写というか写本みたいな感じですね」
「そのとおりですね」
パーシー先生はディナ先生の言葉に頷いていた。
この世界では鑑定の魔法のお陰で、生物の体の構造に関しては学問が進んでいる。
それでも把握できるのは細胞や核までで、DNAやらRNAやらゲノムまでは理解が進んでいない。
そんな中でもスライムの分裂について、直感的に複写とか写本という比喩が出るあたり、ディナ先生は生き物を情報という側面で見ているんじゃないだろうか。
ディナ先生って数学の先生だし、理系的な考え方に向いている気がする。
あたしはそんなことを考えていた。
スライムの生態に関する基本を説明してくれたあと、パーシー先生は鉱物スライムの話に移った。
「それで肝心の鉱物スライムの話なのですが、実はどういうものを与えれば育ってくれるかまでは研究されていないんです」
「それはなぜですか? 伝統医療に使われるくらい古くから知られているのに、研究が進んでいないのは少し意外です」
クラウディアが不思議そうに問う。
あたしも彼女の指摘した点は同感だ。
「いい質問です。少なくとも我々が暮らすアウレウス大陸では、鉱物スライムはミネラルアントと共生関係にあることがほとんどです」
そう応えてパーシー先生はタヴァン先生に視線を向ける。
その視線に頷いてタヴァン先生が告げる。
「そうですね。私が修行に行ったアルゲンテウス大陸でも、それは変わりませんでした」
「つまり、ミネラルアントと共生関係にあるものがほとんどで、単独で生活している鉱物スライムを野山やダンジョン内で見つけるのは難しいんです。あと、ミネラルアントをどうにかするのは、研究者には難しい場合が多いですね」
そこまで言ってから、パーシー先生は鉱物スライムが入った蒸発皿を示す。
「今の状態でも見えるとは思いますが、もっと近くで鉱物スライムを見てもらえば理由は分かると思います」
その言葉であたし達は、それぞれ実験台の上の鉱物スライムを観察した。
「気配が小さいですわね。それに表面の見た目は、天然石に近いですわ」
「そうだね。蒸発皿の中に水面のように平らになっているけど……、言われなければ石を細かく砕いて土魔法で固めたものに見えるかな」
キャリルとクラウディアがそんなことを言っているけれど、これをダンジョン内を移動しながら見つけるのは確かに骨が折れそうだ。
「あらかじめどの辺りにいるのかが絞れていれば、辛うじて探せる感じかしら」
「それでも外見は石ですし、じっとしていれば分からないですね」
あたしの言葉に、ディナ先生がそう言って首を傾げていた。
あたし達の反応を一通り確認したあと、パーシー先生が告げる。
「ちょっと触ってみてください。人体に害は無いですから」
確かにローズ様の治療に使われたのだし、鉱物スライムは人体に害は無いんだろう。
普通のスライムだと酸で生き物を溶かそうとしたりするけれど、そういう心配は無いそうだ。
まずは指でつついてみる。
「おお、なんだこれ?!」
思わず声を上げてしまうけれど、手に伝わる感触としてはゼリーみたいな感じで弾力がある。
見た目の質感は河原の丸石のようなすべすべした感じだけれど、触った感触はぜんぜん別のものだ。
「この鉱物スライムを今後、飼育することを目指します。ごく微量の水分と鉱物を与えればいいのは分かっていますが、どういう鉱物を与えればいいのかまでは完全には分かっていません」
「パーシー先生、この蒸発皿のような陶器の器を食べたりしないことは、私の修業先でも判明していましたよ」
「はい、その辺りは一般的な知識ですね」
『ふーん』
エサの鉱物が分からないなら、先はまだ長そうだな。
「それでここまでが基本的な説明になります。そして今日の方針ですが、今日皆さんには元気なものとそうで無いものを仕訳けて欲しいんです」
「ということは、鑑定の魔法が必要ですのね」
「そうなります。そしてこの仕訳の作業は、鉱物スライムが食べるエサを探す準備になります――」
パーシー先生はみんなに、今日だけで終わる量では無いことを強調した。
「鑑定の魔法頼りなので、休み休みやってくれればいいです。それに平日には学院の職員が助っ人で来てくれることになっています」
「まずはやってみましょう」
パーシー先生とタヴァン先生の言葉に頷いて、あたし達は鉱物スライムの仕分け作業を始めることになった。
始めてみれば作業自体は順調だったけれど、蒸発皿に手を突っ込んで手のひらサイズの鉱物スライムをすくい上げるのは奇妙な感触がした。
「これを延々と続けるのかあ……」
あたしは呻きつつも、【鑑定】を使いまくって作業を続けた。
その作業はときどき休憩を挟みながら、お昼前まで続いた。
単純作業を続けたけれど、全員が音を上げるでもなく黙々と鉱物スライムの仕分け作業を行った。
時間的にそろそろ解散しようということになり、あたし達は作業を終える。
あたしはふと思いついて【状態】の魔法で自身のステータスを確認した。
「おお! 地味にこれは嬉しいわね」
「どうしたんですのウィン?」
「いまステータスを確認してみたんだけれど、知恵の値が上がったうえに、あたし的には微妙な称号が消えてくれたの」
称号が消えたのは、鉱物スライム関連の作業とは関係無いとは思うけれど。
「それは、――何が消えたんですの?」
「『悪魔刺し(仮)』ってやつね」
「ああ、わたくしも『悪魔叩き(仮)』が消えたんですのよ」
そう言うキャリルの表情はがっかりした様子だった。
べつにそんな称号は要らないんですよ、うん。
「それでは皆さん、本日は解散としましょう。ウィンさん、キャリルさん、クラウディアさん、今日はありがとうございました。地味な作業ですが、お手伝いいただけましたら助かります」
そう言ってタヴァン先生は頭を下げた。
先生は他の先生たちにも礼を言って、あたし達は今回の鉱物スライムの仕分けを終えた。
先生たちとは附属研究所の玄関前で別れ、あたしとキャリルとクラウディアは一緒にお昼を食べることにした。
今日は闇曜日で学院がお休みだし、『王都ディンルーク健康スライム祭り』が行われている。
キャリルがせっかくなので屋台メシを食べたいと言い始めた。
あたしもクラウディアも特に異論が無かったので一度寮に戻って外出の手続きをして、その足で学院を出て商業地区に向かった。
身体強化をしてすぐに着いたのだけれど、人の混み具合は祭りだから増えているということは無さそうだ。
それでも貼り紙で祭りを祝う言葉を見かけたりする。
あとは屋台の食べ物の値段が地味に値上げしているようだった。
「食べ物の値段が上がるのはキツイわよね」
「需要と供給のバランスですわね」
「解消されればいいんだけれど、そのためには輸入とか食材の生産とか色んなことが絡みそうだよね」
あたしとキャリルとクラウディアは買い食いしながら、そんな話をした。
その後肉串やら揚げパンやらクレープなんかを食べ歩き、あたし達は満足できた。
ディナ イメージ画 (aipictors使用)
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