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07.才能の形を象るように


 王都ディンルークの商業地区の南端で、平民たちが暮らす地区に隣接したエリアに倉庫付きの商家の事務所があった。


 路地裏のかなり奥まったところで、荷物の運搬はマジックバッグが欠かせないような小規模の事務所だ。


 そこの一室には、いま三人の魔族が集まっていた。


 赤の深淵(アビッソロッソ)の幹部で三塔(さんとう)と呼ばれる、ルーチョとゼヴェロ、そしてセラフィーナだ。


「ねえルーチョ、新芽から小麦を育てるというわけでは無いでしょうけれど、ほんとうにわたし達が食べられるものを用意できたのかしら。あなたが巣立つ前のヒナを好んで狙う猛禽のようにこだわりがあるのは知っているけれど、この地で拾った子なのよね?」


「もちろん問題ありませんよセラフィーナ。我々は魔法で変装することはできますが、やっぱり何ごとにも絶対はありません」


 セラフィーナに平然とした顔を向けながら、胡散臭い笑顔でルーチョが弁明している。


 それを見ながらゼヴェロは息を吐く。


「ひと頃よりはマシになったが、ディンラント王国のメシは大味だ。俺たちが長居するならまともな料理番は置いた方がいい。そう思わないかセラフィーナ?」


「確かにゼヴェロ、あなたが言っていることは、山の天気を風向きで察するよりは理解できるわよ。それに長居するなら拡張事業に合わせて『料理店』を開けば、食材の中に『色々なもの』を隠せるもの」


 セラフィーナはそう告げて柔らかい笑みを浮かべた。




 彼らは赤の深淵として王都で活動するうえで、表向きは食堂や料理店を営むことを決定していた。


 拠点の隠れ蓑としての開業だ。


 だが、彼らがさまざまな儀式を実践するうえで、生贄に使う肉などを調達したり隠す(、、)のに都合が良いと判断した。


 その準備のために手下を王都で動かしているが、商売の準備は順調だった。


 魔神の聖地である王都への巡礼客が増えているため、食に関する店はむしろ足りないくらいだ。


 ここで問題となるのが人材だった。


 三塔や彼らの手下が店に立つと、彼らの本業たる赤の深淵としての活動時間が減る。


 それを解消するために、ルーチョは自ら貧民街で人材探しを行った。


 これにはまっとうな料理人は、王都で奪い合いになっている背景がある。


 だがその結果、彼の【鑑定(アプレイザル)】で調べても、なかなか納得できる人材が見つからなかった。


 給仕などをできそうな者は貧民街で何人か確保しているが、最悪は手下の中で一番料理が上手い者を料理長とすることを考え始めた。


 その時、貧民街の路地裏でルーチョは一人の少女に目が留まった。


 みすぼらしい格好をしていて路上に腰を下ろしているが、年のころは十歳くらいだろうか。


 ルーチョが目に留めたのは、少女が茶色いもの――植物の根のようなものを齧っていたからだ。


 何気なくルーチョは、少女と彼女が齧っているものを魔法で鑑定した。


 その結果に彼は胡散臭い笑みを浮かべて頷き、少女に話しかけた。


「あなた、料理人になる積もりはありませんか?」


「…………」


「才能を伸ばせば、人並みに生きられますよ? やっぱり能力を活かしてこそ、人生は素晴らしいと思うのです」


 芝居がかったような所作でルーチョは少女に手を差し伸べてみせる。


 だが、彼女の反応は薄い。


「人並みとかよく分かんないんだし……。料理人とか見習いもやったことが無いんだし……」


「あなたには才能があります。ステータスで『貪食者(どんしょくしゃ)』という“役割”をもち、『強化味覚』というスキルがあるのです」


「ステータスとか、よく分かんないんだし……」


「ええ、ええ、分からないことがあるのはやっぱり当然です。どうすれば、あなたは私に雇われてくれますか?」


 そう言ってルーチョは少女の前で膝をかがめる。


 彼の胡散臭い笑顔に何の感慨も無く、少女は告げる。


「雇われるとか分からないんだし……。でも、お兄さんがおいしいって思うものを知りたいんだし……」


「そうですよね?! 何事にも基準は必要です。幸い、食べ物は持ち合わせがあります――」


 ルーチョはそう告げて、無詠唱で【収納(ストレージ)】から包みを取り出してそのまま手渡す。


 少女は齧っていた植物の根――ルーチョの鑑定によれば甘草の近縁種の根だったが、それをポケットに仕舞い、包みを受け取った。


 それを開くと中には茶色い俵型の揚げ物が入っている。


 揚げた時の熱は既になく冷めてしまっているが、それでも食欲をそそる香りがする。


「スップリといいます。どうぞ食べてみてください!」


「…………」


 ルーチョに促されて、少女はサクッとそのモッツァレラチーズ入りのライスコロッケを噛み締める。


 外側のカリッとした食感に加えて、もっちりした弾力のモッツァレラチーズはシンプルな塩味がする。


 だが口に入れた瞬間にチーズのフレーバーが口の中に広がり、スップリの味に深みを与えていた。


 黙々と食べる少女を前にルーチョは頷いて声をかける。


「いかがでしょうか?」


「料理とか分からないんだし……。でもわたしでも作れるか知りたいんだし……」


 少女の言葉にルーチョは表情を明るくする。


「ええ、ええ。必要なことはすべてお教えしますとも! ――私たちは何れ死する存在ですが、その最後の瞬間まで困難の中でも生きてこそ、死の瞬間に輝くのです」


 少女に言葉を掛けるルーチョの目にはその時だけ、ある種の偏執的な優しさのようなものが宿った。


 あるいはそれを、狂気と断ずる者も居るかも知れないが。


「生きるとか死ぬとか難しいんだし……」


「ええ、ええ、やっぱり難しいですよね。でも、あなたには才能があります」


「分かったんだし……。お兄さんに付いていくんだし……」


 少女は気負う様子も見せずにそう告げる。


 そしてルーチョは少女の言葉に嬉しそうに頷いた。


「魔法で調べたので年齢と名前は分かっていますが、お嬢さん、あなたの名前を教えてくれますか?」


「わたしはクレールだし……。お兄さんは何て名前なんだし……?」


「私はルーチョ・ヴィットーリオ・サングイーニといいます」


「ルー、よろしくなんだし……」


「こちらこそよろしくです、クレール」


 そうしてルーチョとクレールは貧民街の路地裏で握手をした。




 クレールは商業地区南端の拠点に案内され、そこで暮らすようになった。


 先ずは最初ということで、パスタの作り方をルーチョが幾つか手ほどきした。


 それをゼヴェロやセラフィーナに披露することになり、現在に至る。


 クレールが用意したのは、ゼヴェロがリクエストしたカルボナーラだった。


 テーブルの上には三塔のそれぞれの前にパスタが用意された。


 やや太めの麺にチーズの色を思わせるクリーム色のソースが絡み、見た目からしてカリッと火が通ったしっかりしたサイズのベーコンが埋まっている。


「見た目は……悪くないわね」


 セラフィーナが珍しく短く感想を述べ、さっそく食べ始めた。


 それに頷き、ゼヴェロが告げる。


「先ずは食べてみよう」


「大丈夫です、頂きましょう」


 ルーチョもそう言ってパスタを食べ始めた。


 クレールは特に何の感慨も無く三人の様子を眺めていた。


 そして彼らは食べ終わると、満足げな表情を浮かべていた。


「お前が教え込んだのか」


「ええ。最初ですし私が教えました」


「陽の光が黄金色の小麦畑を照らすのが尊いのと同じくらい、共和国の普通の味が保たれるのは価値があることね。ルーチョ、良い判断だったわ」


「無論です。クレールにはやっぱり才能がありますから」


 ルーチョの言葉に、セラフィーナとゼヴェロはクレールに視線を向ける。


 そして無詠唱で彼女のステータスを鑑定したあとに口を開く。


「十三歳か。意外と体力はありそうだな」


「水属性魔法の才能が有りそうね」


 二人の言葉にルーチョは頷く。


「秘神さまたちから祝福は得られるでしょうし、クレールは伸びると思いますよ」


「それはいいのだけれど、この子は名字が無いようね。ルーチョが見出した以上、才能の形を象るように、あなたが付けてあげなさい」


「私が付けるのは構いませんが……。クレール、何か希望はありますか?」


 ルーチョに問われたものの、物心ついたときには貧民街で暮らしていたクレールには名字が無い。


 年上の者からは『家が無いから名字が無いのだ』という話を、彼女は聞いたことがあった。


「わたしは家が無いんだし……。名字とかよく分からないんだし……」


「なら、こう考えましょうクレール。あなたはあなたの家の最初の一人になるのです」


「最初の一人……?」


「私、ルーチョ・ヴィットーリオ・サングイーニが名付けます。あなたは今日からクレール・タヴォリーニを名乗りなさい」


「タヴォリーニ……?」


「共和国では食卓をタヴォラとも言います。食卓を囲む者という意味です」


「うん、分かったんだし……」


「あなたは死の瞬間まで、食卓を大切にしなさい。そうすればあなたの生もやがて訪れる死も輝くのです!」


「やっぱり難しいんだし……」


 そうして三塔は、王都ディンルークの拠点における料理番候補を手に入れた。



挿絵(By みてみん)

ゼヴェロ イメージ画 (aipictors使用)




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