06.ダンジョンの情報は
「『学院裏闘技場』ですか? けっこう血なまぐさい集団なんですか?」
そもそも名前に『裏』とか入れてある辺りで色々とツッコミがいがありそうな集団である。
「学院内で生徒教師を含めて賭け試合を行う集団というか、その運営を行う連中だ」
カールが言葉を選ぶようにして話す。
「運営、ですの?」
「元々は年に何回か学生主体で学院最強を決める武闘会をやっていたらしい。だが、賭け試合であるとか戦いの内容を学院側が問題視して、一度は完全に禁止した」
「ところがここでイレギュラーが起こるにゃ。卒業生の中で武闘会に参加していた人が居たにゃ。その人は腕が立つから王宮で近衛兵になったらしいにゃ。そしてその人が武闘会を禁止した件について学院に働きかけたにゃ!」
「……何をどうしたんです?」
戦闘狂は面倒なことをしそうだよな。
「武闘会で起きた心身のダメージは、一切学院が責任を負わないという取り決めで王国から黙認されることになった」
そう言ってカールがため息をつく。
「つまり、場所は貸すけどバトルは自己責任でやってね、ということになったんですか?」
「そうにゃ!」
あたしが訊くと、エリーが直ぐに応えた。
「ええと……でもそれやったら、学院にも生徒にも、関係者以外は問題無いような気もするんですけど?」
「そうですよね。冷たい言い方かも知れませんが、バトルが好きな人は勝手にこちらを巻き込まずにお好きにどうぞということですよね」
サラとジューンが訝し気に告げる。
「ひとつだけ、黙認が決まるときに裏ルールが学院から示されたんだ」
「裏ルール?」
カールの言葉に、思わずあたしの口から単語が漏れた。
「本戦開始直後に学院選任メンバーが介入した場合、その段階で残っていた本戦参加者全員と集団戦をするにゃ。それで学院側が勝ったらその時点で武闘会は終了、掛け金を全て国教会に寄進することになってるにゃ」
「なるほど……学院からの嫌がらせかつ、警告ですわね。王国の取り決めには従いますが、納得はしませんという意思表示ですわ」
「そんなところでしょうね。それで、例年の学院の選抜メンバーは風紀委員会から選ばれることが多いわ。集団戦の参加者は双方同じ人数って決まってるから、それなりに腕が立つ生徒が選ばれるの」
「でもそんなん、面倒やったら断ったらええんのとちゃいます?」
「その辺が過去の学院関係者が嫌らしいことを決めていてね、内申に付記されるみたいなんだ。『学院選任辞退より非公認武闘会参加者の可能性があるが、本戦には至らず』とかそういう感じの内容をわざわざ書くらしいよ」
ジェイクが淡々と語るが、表情からは面倒そうだと考えている感じがした。
「リー先生が教えてくれたにゃー」
終始エリー先輩はご機嫌で話しているが、戦うのが楽しみなんだろうか。
めんどくさいだろそれ。
ここまでの話を聞いたとき反射的に、病気の長期療養を理由に逃げられないかと考えてしまった。
あたしの場合、予備風紀委員から抜けても国が学校に情報を流してる時点で逃げられない気がする。
あたしは思わず眉間をおさえた。
その後あたしたちは適当なところで寮に戻り、いつものように姉さんたちと夕食を済ませ、宿題とトレーニングを済ませた。
ダンジョンに関する本は入門書の分量だったので、いちおう一通りは読み終えている。
明日はキャリルと王都南ダンジョンに行くことにしているから、シャワーで温まって早めに寝た。
翌日早めに目覚め、ソーン商会で買った黒ずくめじゃない方の戦闘服を着て寮を出発した。
キャリルとはダンジョンの地上の出入り口で合流することにしていた。
昨日キャリルは王都のティルグレース伯爵邸で装備を確認しながら一泊し、直接ダンジョンに向かうことになっていた。
「けっこう人が居るなぁ」
王都内の乗合い馬車で南門まで向かうと、朝も早い時間帯なのに乗合い馬車の停留所にはそれなりの行列ができていた。
ギルドで貰った冊子によるとダンジョン内の牧場からの物流の関係で、王都発の乗合い馬車は頻繁に出ているらしい。
行列に加わるかと思っていると一瞬知った気配がしたので視線を向ける。
そこにはコウが居た。
ソーン商会で買っていたロングコートと、兄に打ってもらったという刀を装備している。
「おはようウィン、そろそろ来る頃だと思っていたんだ」
「おはようコウ。なに、あなたもダンジョンに行くの?」
「あはは、食堂で話しているのが聞こえたんだ。ボクも王都南ダンジョンには行ったことが無いから、せっかくだし一緒に行こうかと思ったんだよ」
「そうなんだ。んー……まあいいか。一緒に行きましょ」
コウなら戦闘などで足手まといになることもないかと思って、一緒に行くことにする。
二人で行列に並んで少ししたところで、キャリルから魔法通信が入った。
「おはようございますウィン、いまあなたはどのあたりに居ますの?」
「おはようキャリル。いま南門のダンジョン行き乗合い馬車の停留所で並んでるわよ。あと、コウもダンジョンに行くことになったわ」
「分かりましたの。そこから王城の方に視線を向けて下さいます? 黒塗りの箱馬車を停めて、その前で銀色の鎧を着けて立っているのが見えまして?」
言われた通りに視線を動かすと、停留所から多少離れた位置に鎧に身を包んだキャリルが立っていた。
「乗合い馬車もいいですが、今日は我が家の馬車で行きませんこと?」
「そりゃ助かるけど、いいの?」
「大丈夫ですわ。コウも一緒に参りましょう」
「分かった、すぐ行くわ……コウ、ちょっと予定変更よ。ついてきて」
「え、……了解だよ」
コウもあたしの視線の方を見て、キャリルに気が付いたようだ。
二人で歩いて行くとキャリルの装備が確認できたが、新品のスケイルアーマーに濃い色のマントを羽織っている。
スケイルアーマーの金属部分は銀色で下地の皮は黒いものを使っていて、堅牢さと機能美を感じさせた。
「おはようございます、二人とも」
「「おはよう」」
「キャリル、その鎧似合ってるじゃない!」
「ありがとうございます。ソーン商会のブリタニー様のお話を参考にしましたの。鎧は我が家で仕立てたものですが、マントはソーン商会に注文しましたわ」
その後、促されて馬車に乗ると中にはレノックス様が居た。
「よう、おはよう」
「おはようレノ。キャリルと合流してきたんだね」
「おはよう、レノも行くの?」
「ああ、コウがお前らに同行するつもりだったみたいだから、キャリルに訊いたら馬車に乗せてくれてな」
レノックス様は濃紺というか藍色の皮鎧と、濃い色のマントを装備している。
武器は手にしていないが、魔法で仕舞ってあるのかも知れない。
その後、キャリルの合図で馬車は王都から出発した。
王都の南にあるディンアクア市までは徒歩で約半日かかる。
王都南ダンジョンは、王都とディンアクアのおおよそ中間にある。
馬車を使ってダンジョンまで行くなら、王都からおよそ一時間から二時間で着く。
秋らしい黄色い草原に伸びる街道を馬車は走る。
空は青く、時おり風が草原の草を波のように揺らしている。
「それで、ダンジョンの情報は集めてあるのかい?」
「そうですわね。到着するまでに情報のすり合わせをしましょうか」
「うん。まず、ダンジョンは地下五十階層まであって、各フロアの入り口に冒険者ギルドが設置した転移の魔道具があるのよね」
「そうだ。転移の魔道具は一度魔力を通しておけば、地上と魔力を通した階層を好きに行き来できる」
「帰りの心配をしなくていいのは大きいわね」
「ボクが読んだ資料では、商業ギルドと王都内の教育機関や研究機関が冒険者ギルドに圧力をかけて転移の魔道具を設置させたらしいよ」
「現在の状態まで整備されるまで、長い年月がかかっているようですわ。逆に、誰も見つけていないダンジョンに挑んだ場合は、自分の足で出てくる必要があるわけですの」
「そうだな。王国が鉱山のように扱っているから、冒険者ギルドと協力してここまで整備されている」
「あとは一階層の広さね。平均で王都より少し狭いくらいだったと思うわ」
「適性ランクの人が挑んで約四時間くらいだったかな。半分が戦闘や散策としても、移動に二時間かかるわけだね」
広さについてのあたしの説明にコウが補足した。
地球の換算なら、大人の歩行速度が時速約五キロと仮定したら総歩行距離が約十キロか。
直線を移動しているのではなく二割ほど余分に移動していると仮定して直線の総移動距離が八キロ。
一辺が八キロの正方形の土地は六十四平方キロだけど、これって日本の山手線の内側くらいの面積じゃ無かっただろうか。
「あとは各階層の特徴と適性ランクだな。ダンジョン内は洞窟ではなく、独自の自然環境が再現されている。十フロアごとに自然環境の特徴が切り替わる。ここまではいいか?」
レノの言葉にあたしたちは頷く。
「今日は初回だし、初めの十フロアの話でいいだろう。ここは草原と林からなる。年間通して春ころの気候が保たれていて、各所で王都の人間などが運営する牧場が多くある」
牧場に寄ったら乳製品とか売ってるんだろうか。
ちょっと気になる。
「それを脅かす魔獣がうろついてるんだよね?」
コウがレノックス様に問う。
「そうだ。分類上は動物系、スライム、亜人、鳥の魔獣が居るな。脅威度は上位か下位かでいえば全て下位の魔獣だ」
「最初の十フロアは冒険者の適性ランクでいえばC以下だけど、Cって狩人を生業にしてる人が単独で狩れる程度の強さよね?」
「そうですわね。ただ、魔獣は群れると上のランクに届きますから、油断はしないようにしましょう」
キャリルの言葉にあたしたちは頷いた。
「砕けた話をすれば、ここにいるオレたちは単純な打撃力というか攻撃力だけはそれぞれ単独でAランク冒険者に届くだろう。ただ、集団戦であるとか、山野の中での実戦経験はウィンを除けば多くはない」
「レノ、あたしにしても狩人のノウハウが通じる獣を狩ってきただけよ。魔獣はまた違うし、群れる獣は手が掛かるわ。継戦能力なんかにも課題はあるし」
「かも知れん。いずれにせよ、オレたちがダンジョンに通って少しずつ行ける階層を増やしていくことは意味があるのだ」
「修行あるのみですわ」
「ボクも腕が鈍らないようにしないと、実家に戻ったとき兄さんから怒られそうだし、少しずつ頑張るよ」
「お小遣い稼ぎにもなるしね」
「小遣いを稼いだらまた屋台巡りに行くぞ」
「「「おー!」」」
そうして、あたしたちを乗せた馬車は王都南ダンジョンへと走って行った。
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