05.活動が過激化したんだ
一夜明けて今週の五日目の光曜日になった。
事前に新聞などで報道されている情報では、今日から『王都ディンルーク健康スライム祭り』が始まるようだ。
今日に関しては学院を始め、王都にある学校はいつも通り授業がある。
それでも王都では祭りということで、衛兵の詰め所で小麦や酒やシチューの配布があるそうだ。
シチューというのはどうやら光竜騎士団の野戦食のレシピで作ったものらしいけれど、無料で振舞われるみたいだ。
冬のこの時期にはありがたいんじゃないだろうか。
午前の授業が終わって実習班のいつものメンバーで昼食を食べながら、そんな話をしている。
「料理研とか食品研の先輩らの話やと、『スライム祭り』って名前が発表されてゼラチンが一気に市場から売り切れたらしいで」
サラはそう言いながらトマトソースのペンネを食べている。
ペンネにソースが絡んでいて美味しそうだ。
「そうみたいですね。たぶんゼリーの質感とスライムの見た目のイメージが似ているからなんでしょう」
ジューンは今日はビュッフェで取ってきたマトンのサイコロステーキを食べている。
食堂で出るやつはデミグラスソースで徹底的に味付けされていて、臭みが無いんだよな。
「確かに気持ちは分かるのじゃ。スライム祭りと言われて、お祝いらしい食べ物ということでデザートのゼリーをイメージしたんじゃろう」
ニナはそう言いながらミートパイを食べている。
バターのフレーバーが少し強めだけれど、スパイスと共に鶏と豚の合い挽き肉を引き立てているとおもう。
「そこまで買い占めても、祭りが終わるまでに売り切ることはできるのでしょうか?」
キャリルはビュッフェで取ってきたチキンソテーを食べながら首を傾げる。
チキンソテーはけっこう定番だけれど、日によって微妙にスパイスを変えている気がする。
「どうなのかしら。今回の祭りは三日間よね? 普通に考えたら売り抜けられるとも思わないけど、売れ残ったら大変と思うんだけれど」
あたしはニナとおなじくミートパイを選んだ。
今日の学院の食堂はお昼限定でシチューが無料配布されている。
どうやら衛兵がシチューを配るのを知って、食堂でも同じように配ることにしたらしい。
けっこう濃厚なクリームチーズシチューだけれど、これがまたミートパイと合うんですよ。
みんなと話したけれど、シチューのトロッとした食感がスライムのイメージに多少は重なるから選ばれたんじゃないかという説が浮上した。
あたしとしては、美味しかったからそれで満足なんだけれども。
午後の授業が終わってあたしとキャリルは風紀員会室に向かった。
今週の週次の打合せのためだったけれど、ニッキーとアイリスはすでに室内にいた。
二人に挨拶をしつつ他のメンバーを待つ。
「アイリス先輩。そういえば論文ってどうなってます?」
「聞いてよウィンちゃん! スキッターやニナちゃんのお陰で凄く順調なの!」
アイリスとジェイクは、使い魔の性質の確認や文献調査で協力しているそうだ。
使い魔にできることについては、アイリスの白いテンの使い魔であるスキッターがかなり丁寧に説明してくれるらしい。
文献調査に関してもニナが必要なものを予め当たりをつけるので、ジェイクとアイリスは探している記述の要約をスムーズにこなしているという。
「どうなるかと思ったけれど、今回経験して論文化って少し楽しいかもって思えたわ」
「おお、凄いじゃないですか」
「えへへ、そう思う?」
アイリスは得意げにそう言って胸を張った。
論文については現在のペースでは、来月中に形になるだろうとのことだった。
それが発表されれば、学院でも使い魔の利用が一般的になるんじゃないだろうか。
アイリスと話していると、ほかのみんなも次第にやってきた。
そして風紀委員会のみんなとリー先生が揃ったところで、週次の打合せが始まった。
「それでは皆さんが揃いましたので、週次の打合せを始めます。皆さん、こんにちは」
『こんにちは(ですの)(にゃー)』
「さて、王国の暦では本日から『王都ディンルーク健康スライム祭り』が始まっていますが、その件に関連して我が校では『クッキー焼き大会』を実施します――」
リー先生からは、あたしやキャリルがディナ先生から聞いたのと同じ内容が説明された。
「その上でこの行事に関連して、先日ウィンさんが生徒から相談を受けました。相談の内容はニッキーさんを経由してわたしに伝わり、その回答をウィンさんに伝えて頂きました」
そう言って先生はあたしに視線を向ける。
「はい。相談をしてきた生徒は、非公認サークルの『美少年を愛でる会』にも所属する美術部の人たちでした――」
相談の内容は『クッキーを他の生徒に贈るのが大丈夫か』ということを説明し、その内容をニッキーに相談してリー先生に確認してもらった話をした。
それに対して『常識的な範囲で贈り物をやり取りする分には、学院としては問題としない』という回答をした事をリー先生が説明する。
そして、伝えられた回答をあたしがどうしたのかという話になった。
「結論をいえばまずそのまま伝えましたが、ニッキー先輩に『いざってときは後出しジャンケンで取り締まるから、調子に乗っちゃダメですよ?』という意味だと確認したので、それも伝えました」
あたしが苦笑いをしつつそう話すと、みんなは微笑んでいた。
「その後は相談をしてきた人たちは、礼法部のパメラ先輩のところに『常識的な範囲』というのを相談しに行きました――」
あたしはさらにその後、武術研究会でウィクトルに会ったときに聞いた話をした。
「ウィンさん、対応ありがとうございました。『周囲に迷惑を掛けない』、『学業を疎かにしない』、『贈る気持ちを大事にする』の三つは妥当な内容だと思います」
リー先生はそう言って微笑むので、あたしは頷いた。
その後先生は風紀委員会のみんなにも、あたしの対応を参考にするよう話をした。
リー先生からみんなへの連絡が終わったので、個別の連絡が始まった。
「それでは僕からだが、大道芸研究会が今回の『王都ディンルーク健康スライム祭り』に合わせて活動を活発化させているらしい」
『うわぁ……』
あたしとキャリル以外の先輩たちが何やら呻き声を上げる。
「知っての通り、彼らは過去に『品が無い』ということで非公認にされた」
品が無い非公認サークル活動とはどんな活動なんだろう。
あたしが挙手して確認すると、エルヴィスが教えてくれた。
「元々彼らはペンキなどを使って、王都の路上に即興でアート作品を描き出す大道芸を行っていたんだ」
「それだけなら、キチンと片付けさえすれば問題なさそうですわ」
キャリルが横から告げるけれど、あたしも同感だな。
「確かにそうなんだけれど、『片付ければ何でも大道芸として行けるんじゃないか』と思ったらしくてね、活動が過激化したんだ」
「過激化、ですか?」
あたしは思わず眉をひそめた。
地球の記憶では、パフォーマンスは時にアートの一分野だ。
アートは社会思想と結びつくことがある。
その場合、政治権力への批判などで過激な表現に走ったりする。
だけどここは王政の国だ。
過激な王国批判などしたら、不敬罪が適用されかねない。
そうなれば学生と言えど、重い罰が科されても不思議ではない。
「どんな活動だったんですの?」
「うん。……カンタンに言うと、路上でペンキを大量に被ってから、集団であやしい踊りを踊ったんだ」
あたしはそれを聞いた瞬間に脱力した。
さすがのキャリルも眉をひそめている。
「その結果通報されて衛兵につかまって、お説教を食らった挙句に学院に苦情が来たのさ」
「あのときは大変でした……」
エルヴィスの言葉で当時のことを思いだしたのか、珍しくリー先生がこめかみを押さえていた。
「あくまでも今回の話は噂の段階だ。リー先生には連絡済みだし、所属するメンバーもおおよそ把握できている。僕らが直接対応することは無いだろうが、噂を聞いたり活動を見かけたらすぐに連絡してほしい」
『はい(ですの)(にゃ)』
その後は他のみんなからの連絡になったけれど、カールのほかには連絡は無かった。
キャリルの後にあたしからの連絡の番になる。
「さきほどリー先生から話があった相談ごとの件とは別に、話しておきたいことがあります。直接的には学院生徒には関係無いのですが、今後影響が出る可能性を指摘されています」
そう言ってみんなを見渡すと、興味深そうな視線を向けてくる。
「あたしが身につけている武術の同門の人に、情報をもらいました。それによると最近、商業地区などでストリートチルドレンが、ひどい暴力を受ける例が増えているそうです」
「詳しく教えてくれますか?」
「はい」
リー先生の真剣な表情にあたしは頷いた。
ジューン イメージ画 (aipictors使用)
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