03.観ることに成り切って
ウィンとドニーの模擬戦は試合形式で行われることになった。
勝敗が決したと判断されるまで戦いを続けることを互いに確認し、ドルフが模擬戦を行うエリアの説明を二人に行う。
いつものようにエリアの四隅に高等部の武術研究会の生徒たちが移動する。
彼らはウィンやドニーが重傷になった場合に、いつでも【回復】を発動できるように待機する。
そしてドルフを含めた三人の部員が防具と盾を装備した状態で待機する。
準備が出来たと判断したドルフは、その場にいる者たちに大声で告げた。
「それではウィンとドニー殿の試合形式の模擬戦を行う。興味深い対戦となるだろう、観戦する者は可能なら身体強化を始めてくれ。高速戦闘になるだろうから、試合内容を把握できる方がいいだろう」
『はい』
そしてウィンとドニーはドルフに促されて、模擬戦の開始位置に移動した。
二人に気負いは無いし、共に油断は無かった。
その様子をウィンとドニーは互いに観察し、この一度で何らかの理解に及ぶだろうとそれぞれに確信した。
「これより、試合形式の模擬戦を執り行う。互いに即死するような攻撃は控えて欲しい。二人とも用意!」
ウィンはいつものように左手に木製の手斧を、右手に木製の短剣を持って自然体で立つ。
対するドニーは柄が長めの木製の片手剣を両手で持ち、右半身に構えている。
二人とも手にした武器には魔力を纏わせている。
加えて身体にもそれぞれの流派の方法で魔力を纏わせて身体強化を行う。
その二人を比べるに、ウィンの立ち姿は自然すぎた。
その“ムダな力み”の無さに自流派の高弟たちの立ち姿を思い出し、ドニーは舌を巻く。
ウィンの隠形はすでに目の当たりにしている。
最初にドニーがウィンを認識したとき、その場に突然現れたように感じた。
だがこの瞬間は気配を保ったまま立っている。
ただ両手に得物をもち、敵意も殺意も気負いも無く、ドニーを観ている。
観ることに成り切っているその姿は、気配を保ちながら動き出しを隠しているかのようだった。
その非凡さはエイミーの助言もあって気づいたものだが、果たしてドニーは自身が勝てるかどうかを考えてしまう。
だが同時に、勝算の有無によらずに依頼のために戦った、冒険者としての記憶を思い出す。
一方ウィンはドニーの気配を読み、彼が迷いつつも戦いのために練り上げていく意志を感じる。
ドニーの油断ない態度に安心しつつ、ウィンは彼を観察しながら号令を待った。
「始め!」
ドルフが叫んだが、二人は開始位置から動かなかった。
互いに初めの一太刀で模擬戦を決める隙を探しているのかと、模擬戦の観戦者たちは判断する。
ゆえに動作の起こりを見逃さないように、その場の全ての観戦者たちが息をひそめ、模擬戦の場には異様な雰囲気が満ちた。
だがその状況は長く続かなかった。
観戦者たちの予想に反して、ウィンが動き出す。
彼女は無造作に、自然な所作で歩き始めたのだ。
自身の方へと歩いてくるウィンを見て、ドニーはエイミーからの助言を守っている。
油断は無い。
何より目の前の彼女の気配が、ただ者ではないことを示している。
冒険者としてのドニーの勘が、自然体を纏った圧倒的な凶暴さの記憶を呼び起こす。
その記憶は猛禽だったか、あるいは虎か。
鮮烈な記憶としては、ドニーは虎の魔獣に遭遇したことがある。
護衛のパーティーで対処した難敵で、直前まで気配を察知できなかった。
今回ウィンは隠形を使っていないのは、まずは武術の腕で斬り結ぶつもりなのか。
「君に感謝を」
思わずドニーはそう呟いて、一足で間合いを詰めてウィンへと突きを繰り出した。
ウィンはそれに慌てることも無く、短剣で往なしつつ最小限の動きで向かって左へと避ける。
彼女はその挙動のままドニーの背面へと踏み込む。
そこはもう手斧の間合いだったが、ドニーは突きから引く動きでそのまま逆手に斬り付ける。
だがそれもウィンは間合いを保ったまま下をくぐって除け、手斧でドニーの右足を斬っていく。
魔力を反射的に集中させたためダメージとはならなかったが、ドニーはそのまま左半身の構えを取りつつウィンへと突きを繰り出す。
彼はそのうちの数撃の刀身を魔力の刃で広くするが、ウィンは避けるなり往なすなりして対処してしまう。
二人は格闘の間合いで攻防を続けた。
ドニーが横方向の切断を繰り出せば、くぐったり飛び越えてウィンが回避する。
多少の間合いが出来れば突きを繰り出すも、ウィンは円の動きで回避する。
ウィンの回避には全て、斬撃が律儀に添えられていた。
彼女の両手の武器に加えて、魔力の刃による斬撃も加わっている。
その全てを、魔力の集中で無理やりドニーは防御する。
ドニーとしても、ウィンのリズムを崩そうと工夫は行った。
斬撃の軌道やタイミングを変えるのは当たり前で、肘や足払いなどの格闘術も織り交ぜるが、それにも斬撃が返って来る。
小柄すぎるし格闘の間合いだ。
ドニーとしては自身の蜂道流を有効に使えていない認識はある。
それでも模擬戦をあきらめたりはせず、ウィンへと対処し続ける。
一方ウィンは戦いながら、相変わらずドニーを観察し続けていた。
彼女にとっては間合いの管理を丁寧に行えば、速度を活かして対処できる相手だ。
だから探す。
ドニーにとっての命脈がどこにあるのかを。
この戦いを決定づける一撃を。
その視線にドニーは恐怖を感じ始めた。
これは肉食獣の戦い方では無いのかと。
遊ばれているのかと頭に過ぎるが、直ぐにウィンの目の真剣さに気づく。
見極められているのだ、最初から今まで。
「出し惜しみはしないッ」
叫びながら歯を食いしばって、ドニーはバックステップで無理やり距離を取りつつ斬撃を繰り出す。
その一撃は、魔力の刃で刀身を伸ばして繰り出された、横方向の斬撃だった。
ウィンは無理をせずにドニーから離れる。
そしてそんな彼女に相対して構えを取り直してから、ドニーは突きの連撃を繰り出した。
蜂道流の技で蜂道突というが、剣に纏わせた魔力の刃を伸ばし、槍のように刺突を繰り出す技だ。
だがウィンにとってはイメージしやすい攻撃だった。
レノックスが使う朱櫟流の神突が、ドニーの技に似ていたからだ。
「突きながら斬撃を意識していたら、厄介だったかしら」
そう呟きながらウィンは自身の身体に循環させる内在魔力を増やし、身体強化を強める。
そしてその状態で両手の武器を高速で振るい、さらに魔力の刃を二本伸ばしてドニーの連撃を往なしていく。
そのまま彼女はドニーの剣の間合いに入ると、敢えて彼の剣を魔力を纏わせた両手の手斧と短剣で押しのけて制しつつ間合いを詰める。
ウィンはそうして格闘の間合いに入り、魔力の刃二本でドニーの首を撫でた。
彼女の魔力の刃は切断力よりは強度を増したものだったが、実戦でどう使われるかは明らかだ。
それを認識し、ドニーは動きを止める。
「魔力で剣の形は変えられても、大元の剣に対処されたら、この間合いでは難しいな」
「でもあたしは、魔獣とか護衛で対処する賊相手には、ドニーさんの剣術は有効だと思います」
ドニーとウィンはそう言葉を交わして互いに微笑む。
「どうやら僕の負けです!」
最後にドニーがそう叫ぶと、ドルフが模擬戦の終了を大声で告げた。
「ウィンさんのパーティーメンバーに、朱櫟流の使い手がいるのかい?!」
「ええ。なので剣による突きへの対処はイメージしやすいんです」
「それを最初に知っていれば……。いや、言い訳だ」
試合形式の模擬戦を終えたあたし達は、ドルフ部長達のところに集まっていた。
ダメージチェックをしてもらって、必要なら魔法で回復してもらうつもりだったけれど、あたしもドニーも問題無いようだった。
その後、部長が模擬戦の講評をしようと言い出して、話合いが始まった。
あるいはドニーがあたしを訪ねてきた経緯を知ったから、彼をフォローしたいという思いがあったのかも知れないけれど。
そうして話していると、あたしが突きへ対処したときの話になった。
あたしはレノックス様の流派の突きを知っているから対処しやすかったのだけれど、そのことでドニーは何やら反省をしている。
戦術の選択肢を間違えたとでも考えているのだろうか。
その後も話を重ね、『格闘に近い間合いで自分よりも小柄なあたし相手に丁寧に対応した(意訳)』とドルフ部長やらライナスはドニーをべた褒めしていた。
だが彼らの言葉にドニーは恐縮したような表情を浮かべている。
「――それでウィンさん、模擬戦を経た僕の評価について、そろそろ伺ってもいいだろうか」
「そうですね、その話もしなければなりませんね」
あたしがそう告げると、ドルフ部長やドニーとスパーリングをやった相手やライナスなどが、立ち位置をさり気なく移動する。
彼らはドニーの背後に回り、彼の視界から消えたうえであたしにじっとりした視線を向けていた。
そのすべてが「空気読めよ?」とか「当然分かってるだろうな?」とか、ドニーを擁護するのを期待でもするかのような気配を含んでいた。
「なんせ、エイミーの都合とかも関わってきますしね」
あたしがにこやかにそう告げると、あたしに圧を込めた視線を向けていた連中は気まずそうに視線を逸らしたけれども。
ライナス イメージ画 (aipictors使用)
お読みいただきありがとうございます。
おもしろいと感じてくださいましたら、ブックマークと、
下の評価をおねがいいたします。
読者の皆様の応援が、筆者の力になります。




