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11.気付いてしまったのだ


 キャリルとヘレンのスパーリングが終わって、彼女たちはあたし達のところに歩いてきた。


 ヘレンがあたし達に自分の立ち回りについて感想を聞きたがっていたので、あたしは微妙にちぐはぐなのは伝えておいた。


 それでもライナスが問題点を上手くまとめて指摘していたので、ヘレンとしては安心したような顔をしていた。


「それじゃあ、そこまで大きな問題は無いってことですか?」


「ああ。ルナから聞いたが竜征流(ドラゴンビート)の方が得意って話じゃないか。でも片手剣と盾に持ち替えたばかりというのを考えれば、十分動けていると思う」


「あたしもライナス先輩に同感ね。あとは片手剣と盾に慣れて行けばいいとおもうから、ドルフ部長みたいなしっかりした腕を持った先輩に習うのはおススメかしら」


「ウィン先輩もそう思いますか?! やっぱりウィン先輩はいい人ですね!」


 あたしは間違ったことは言っていないと確信するけれど、何やらヘレンは部長の名前が出た段階でそわそわし始めた気がする。


 べつにジャマするつもりは無いけれど、クギは刺しておこうかな。


「ちなみに部長に教えてもらうなら、ヘンにご機嫌を取ったりせずに、素直に剣に集中するほど印象が良くなるとおもうわよ」


「本当ですか?!」


『本当 ((だな)) (ですわ)』


 あたしの言葉にヘレンが笑顔を浮かべるけれど、ライナスやキャリルやカリオも肯定するように頷いている。


「ちょっとボク、ドルフ先輩に教わりに行ってきます!」


 あたし達がヘレンの言葉に応えようとしたところで妙な気配がした。


 部活用の屋内訓練場入り口の一つに、ふだん感じない気配が三つ。


 敵意も殺気も底意も無さそうなのだけれど、そのうちの一つがなにやら悩んでいる人の気配がする。


 そこまで考えて視線を向けると、一人が大きな声を出した。


「たのもーーー!!」


 その言葉で武術研のみんなは動きを止めて、一斉に視線を向けた。


 訓練場の喧騒は一気に鎮まり、その場には独特の空気が漂い始める。


 あたしとしては微妙にイヤな予感というか、面倒ごとの予感を感じてしまった。


 周囲にあたしの表情を悟られる前に、こっそり内在魔力を循環させてチャクラを開き、場に化すレベルで気配を消してから歩いて少し場所を移動した。


 そもそも「たのもう!」なんて叫びながら武術研が活動中の場所に現れる時点で、道場やぶりとは言わないけれど挑戦者の類いなんじゃないだろうか。


 もしそうなら基本的には部長が対処してくれると思う。


 でもそうでなかった場合に、ライナスに挑戦者への対処を任せようとして、なぜかあたしの方に話をパスされる可能性が頭に過ぎってしまった。


 ちなみに叫んだ本人は、冒険者のような格好をしていて成人してそうな青年だ。


 顔つきはゆがんだりはしておらず、むしろ育ちが良さそうな印象がする。


 残りの二人は衛兵の装備をして赤い腕章をつけているから、構内を巡回している衛兵さんなんだろう。


 衛兵さんたちは特に何も緊張した様子は無さそうなので、念のため青年に付き添ってきた感じなんじゃないだろうか。


 そこまで考えたところで、部長と副部長が青年のところに歩いて行った。


 青年は礼儀正しく一礼してから部長たちと話し込んでいる。


「なんだあれ、道場やぶりか?」


「そう思わせるような声掛けでしたわね。ただ纏っている雰囲気ですとかドルフ部長たちへの礼の所作が、貴族家の方を思わせますわ」


 カリオが首を傾げているところにキャリルが説明した。


 それに対してルナが興味深そうに訊く。


「キャリルせんぱい、そういうのって見ただけでわかるの?」


「無論ですわ。もっとも所作だけでは、使用人として教育を受けた方という可能性もありますの」


「ふーん」


「でもボクもなんとなくあのお兄さんは、貴族の人だとおもうかな」


 ヘレンもキャリルに同意するようにそう告げた。


「いま気づいたんだが、ウィンが消えているな」


「あ、ほんとだ?! それってもしかして、あのお兄さんはウィンの客なのか?」


 カリオよ、なぜそうなる。


 あとライナスよ、そのまま気付かないでいて欲しかったです。


「ふむ、ウィンからは特にそういう話は聞いていませんでしたが、何か月輪旅団から連絡でもあるのでしょうか」


 キャリルはそう言うけれど、急ぎの連絡があるならデイブかジャニスあたりから魔法でひと声ある気がする。


「おーい、ウィンはいるだろうか?!」


「「ほらな」」


 部長があたし達の方に呼びかけ、ライナスとカリオが何やら頷き、あたしはひとりで気配を隠して眉間を押さえていた。




 あたしが身を隠したままでいると、キャリルが代わりに応えようとしてくれた。


「ちょっとわたくしが話をしてきますわ」


「あ、そういうことなら俺も行くぞ」


 カリオもキャリルに同行してくれるか。


「こういうときウィンを探し出せればいいんだが、まだまだ俺も未熟だよな」


 そう言って息を吐きつつ、ライナスも二人の後をついてくる。


 あたしとしては気配を消した状態で、キャリルの傍らを歩いていたのだけれど。


 声を上げた青年の感じでは面倒ごとの予感はしたけれど、誰かを害するような感じはしなかった。


 それでもキャリルに何かあったらあたしは後悔するし、いつでも動き出せるように備えている。


 直ぐに青年と部長たちのところに辿り着くと、キャリルが口を開いた。


「ドルフ部長、一体どうされたんですの? ウィンはいま席を外しておりますわ」


「そうか。じつはこの冒険者が、ウィンへの模擬戦を所望しているらしくてな」


 やりたくないです。


 にげていいですか。


「模擬戦、ですか。それはどのような経緯なのでしょうか? そもそもこちらの方はどういった方でしょう」


 キャリルがそこまで話をする頃には、野次馬よろしく武術研の他の部員たちやルナやヘレンまで近くにやってきていた。


「こちらはグレンベイス男爵のお孫様で、冒険者をしているそうだ」


 部長の言葉に青年は頷き、口を開く。


「突然の訪問となってしまい失礼する。僕はドニー・マシュー・クレメンスという。貴族とはいえ家長の二男の二男だし、冒険者として独立している。どうか普通に接してほしい」


「だそうだ。補足すればクレメンス殿のご実家は南部に領地をお持ちだが、領地経営は順調で陞爵(しょうしゃく)――爵位の格上げも近いのではと噂になっている」


「よしてくれドルフ殿。家のことは父や伯父たちが頑張っているだけだ。それに僕のことは冒険者だしドニーと呼んでくれればいい。敬称も不要だ」


「承知したドニー殿。それで、模擬戦を希望される理由をうかがって宜しいか?」


「ああ。そもそものきっかけは、僕がエイミーという女性に交際を申し込んだのが切っ掛けなのだ」


 そう言ってドニーは目を輝かせた。


 あたしはそれを聞いた瞬間に脱力したけれど、気配の遮断を切らすことは無かった。




 ドニーはブライアーズ学園に通っていたそうで、イエナ姉さんたちの先輩にあたるらしい。


 卒業後に実家の領地経営を手伝おうと商業科に進んだが、幸か不幸か剣の才能が開花してしまった。


 そのため商業科を卒業したあとは、冒険者として身を立てることにして商家の護衛任務などを中心に引き受けていたそうだ。


 地道に実績を積み、賊などにも安定的に対処し、ランクもBまで上げたところで将来のことを考えてしまったらしい。


 いつまで冒険者を続けられるだろうかと。


 そんな折に商業地区で食品を買っていたところ、エイミーに出会ったのだそうだ。


 客として訪ねた彼女の実家の仕出し屋で、常連らしきお年寄りとのやり取りを見ていて癒されてしまった。


「ああこんな穏やかで気遣いができる女性と、いつか一緒になれたら、などと考えてしまってね。だが気付いてしまったのだ、いつかではなく『いま』であろうとッ!」


 そう言いながらドニーは右こぶしを握り込む。


 この段階で武術研のみんなの反応は二分された。


 女子部員を中心にやや食い気味に話に聞き入る人たちと、とりあえず発言内容を冷静に頭に入れていく人たちだった。


 あたしがどちらだったかはご想像の通りですよ、うん。


 ドニーは結局エイミーに交際を申し込んだのだが、秒でやんわりと断られたそうだ。


 だがそれでも日を改めて二度三度とあきらめずに申し込んだところ、店主のエイミーの父に店先で半殺しにされたそうだ。


 見かねたエイミーが【治癒(キュア)】で回復させてから、ひとつ条件を出したという。


「――その条件が、ウィン・ヒースアイル殿と模擬戦をして、交際の可否を問うことだったのです」


 そう言ってからドニーはその場のみんなを見渡していた。


 あたしはというとその段階で、気配を消したまま頭を抱えていた。



挿絵(By みてみん)

ヘレン イメージ画 (aipictors使用)




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